Chapter02-4 ギルドカードとフュゼの事情
前半リディア視点、後半にヘリオス視点(♢♢♢以降)があります
「ほい。おめでとうさん、だ」
ギルドのロビーに降りてきて。イーノックの手から赤銅色のギルドカードをもらった。
「これ……!」
思わず目を瞠るリディアに、イーノックは言った。
「冒険者に何より必要なのは、的確な判断力だ。圧倒的に強い敵に対して、兄ちゃんはちゃんと逃げる判断をした。ちょっと遅かったけどな。あと、明らかに場数を踏んでねぇのと、魔法攻撃からの逃げが危うかったから、ギリギリ合格ってところだ」
リディアが受け取ったのは、金属カードが二枚。大きいカードと小さいカード。それぞれに、自分の名前――といっても偽名の『ディオ』だが――と、いくつかの文様が彫り込まれており、小さい方には紐を通せる穴が空いている。
「大きい方が身分証、小さい方が墓標だ。冒険者ってのは、どこで死ぬかわからねぇ稼業だからな。肌身離さず持っておけよ」
だから紐を通す穴が空いているのだと、イーノックは説明した。
「兄ちゃんの冒険者ランクはブロンズ。都市部のギルドでばら撒かれてる木札のヤツらよりは上だ。そこだけは誇っていいが、無茶無謀は死を招く。肝に銘じておけよ」
と、イーノックはリディアに釘を刺した。
◆◆◆
一口に冒険者ギルドといっても、都市部と地方では、抱える事情も冒険者に求める役割もちがう。
都市部での冒険者は、いわゆる『何でも屋』。仕事内容は、側溝の掃除やゴミ拾い、ネズミ捕りのような戦闘と無縁のもの――政府の手では賄いきれない細々した雑務を引き受けているのだ。兵士の手伝いや貴族の護衛、犯罪者の捕縛依頼は、ごく一部の腕っぷしのある者だけが引き受けている。
一方、地方の冒険者の仕事は戦闘メイン。魔物や賊などを相手にする機会も、安全な都市部とは比べものにならないほど多い。
が、ゆえに。
都市部では冒険者登録に試験などなく、紙切れ一枚書くだけ。もらえるのは、最低ランクの木札のギルドカードだ。ただし、木札のギルドカードは、通行許可証としては弱い。関所では止められるし、王都などの貴族街へ通じる城門も通してもらえない。地方都市によっては、木札のギルドカード=浮浪者と見なされることさえある。
地方では、冒険者登録に試験は必須。適性を見きわめ、無駄な死を減らすため、そして犯罪者を生まないためだ。金属製のギルドカードは、関所で止められることはほぼない。ある程度のランクになれば、貴族街へ通じる城門も通れる。信頼の証だ。
◆◆◆
『リディア、早速だけど受けられそうな依頼を探そう』
ヘリオスに言われて、リディアは依頼書が貼りだされた掲示板へ歩み寄った。
さまざまな依頼がある――魔物討伐依頼に護衛依頼、それから……?
(採集、採集……)
戦うのは向いていない。『採集依頼』の文字を探していると……あった!
(ゴールデンロッドの採集依頼!)
ついさっき見たグロテスク外来種を採ってくる依頼だ。報酬は一株あたり20ソルド――大銀貨二枚。二株採れば、ポーションの売却額を上回る。割が良い。
『いいね。身分証は作れたし、あとは食費と宿代さえ稼げれば、次の街に移動できるよ!』
と、ヘリオス。それぞれ抱える事情はちがうが、王都から離れたい気持ちは同じだ。
『これに決定よ。あのくらいなら、ウィルに抱えさせてこの〈空間〉と往復させれば、いっぱい採れるわよ』
メリルも言った。
そう――。リディアは収納魔法こそ使えないが、〈隠す対象〉にブツを持たせることで、生き物でない『物』もこの〈空間〉に 〈隠す〉 ことができるのだ。実際、メリルはその方法で身の回り品を〈空間〉内に持ち込んでいるのだから。
『じゃあ、これにするわね』
リディアが依頼書を剥がそうとしたときだ。
「その依頼はダーメッ!」
パシッとその手を誰かに押さえられてしまった。
◆◆◆
「襲撃者?」
問い返したリディアに、その人――ノーラという女性冒険者はうなずいた。深い藍色の髪が美しい彼女の胸元には、銀色の光が揺れている――シルバーランクだ。
「ゴールデンロッドの駆除が捗らないのは、あの大きさと何者かによる妨害があるからなの。だから、ブロンズ……それも蔦の貴方が手を出したらいけないわ」
ブロンズ冒険者にもランクがある。ギルドカードの右下に彫り込まれた文様――リディアのは絡まる蔦――がそれを示す。蔦の文様はブロンズの中でも最低ランクで、受けられる依頼は、危険度の少ない採集依頼のみだそうだ。
「貴方が受けられるのは薬草採集ね。ああ、でもポーションが作れるのかしら。だったら、依頼書はないけどギルドに納品してくれたら助かるわ。近々大掛かりな駆除作戦があるの」
ノーラ曰く、フュゼの領兵と冒険者を動員し、森にできたゴールデンロッドの大群落を破壊するらしい。逃げもしない植物相手にいささか大掛かり過ぎる気がする。
襲撃者がいると、そこまでしなければならないのだろうか?
(森が痩せたら、みんな困るはずなのに。どうして妨害なんか……)
答の出ない問いは、くすぶる煙のようにリディアの心にしばらく漂っていた。
♢♢♢
「まいどありぃ~」
冒険者ギルドを出たリディアを、ヘリオスは魔法具店へと向かわせた。ポーション容器を仕入れるためである。
『容器と栓のセットで銅貨三枚。次に来るときの入門料が銀貨二枚だから……』
冒険者登録試験には銀貨五枚を支払ったため、持ち金は大銀貨二枚と銀貨一枚、銅貨が七枚。ちなみに、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で大銀貨一枚となる。
買ったポーション容器、しめて八十本。予算は七十二本分しかなかったけれど、店主のお爺さんに肩揉みと肩こりに効くツボを教えてあげたところ、八本もオマケしてくれたのだ。
『とりあえず、ひと目のないところに……イタタタッ?! 何するんだよメリル!』
大きな麻袋を抱えて店を出たリディアに声をかけようとして、なぜか唐突にメリルからキツツキよろしく頬を突っつかれて、ヘリオスは〈空間〉の硬い床に尻もちをついた。
『べ つ に! アンタの顔見たらむしゃくしゃしただけよ』
憤慨するヘリオスにメリルが寄越したのは、あんまりに理不尽な言い訳。ジーンが仲裁に入ろうとするが、メリルはフンッと鼻を鳴らすと、スタスタと二人から離れて頭からブランケットを被ってしまった。ふて寝である。
『別に変なこと考えてたわけじゃないよ。リディアが体力的にキツいから、荷物をここに入れようってだけだし……ブツブツ』
朝、ラームス村からフュゼまで歩き、さっきは冒険者登録試験で走りまわり。そのうえ、大荷物を抱えて移動。ついこの間まで貴族令嬢だったリディアには、体力的に無理がありそう。
どこかでヘリオスを〈出し〉て、荷物を〈空間〉に入れてしまった方がいい。その何が気に入らないというのか。
(こんな偏屈な妹がいるなんて……。リディアも大変だな)
素直で優しく、がんばり屋なリディアを見ていると、何をどう間違ったらこんな妹ができあがるのか、と、ヘリオスは心中で独り言ちた。
…………。
…………。
…………。
『このあたりでどうですか?』
重い荷物を抱え、小休止を挟みながら歩くこと一時間。ようやく、リディアは人気のない住宅地の一角にやってきた。
「【放て】」
近くに人がいないのを確認して、リディアはヘリオスを外に〈出し〉、抱えていたポーション容器の袋を手渡そうと、
『あ! 後ろにゴリマッチョ!』
「え?」
「え? ぐぎゃあ?!」
リディアから袋を受け取ろうとした、まさにそのタイミングで、双方後ろを振り返ったのだからたまらない。
リディアはうっかり袋から手を放してしまい、ヘリオスは不意打ちの重量負荷にものの見事に後ろにひっくり返った。
『……やっぱりね。普通に受け取ったら絶対落とすと思ったわ、このへなちょこ聖者』
引っかけてよかったわ、と〈空間〉からメリルが鼻を鳴らした。明らかな悪意だ。
『もう! メリル!』
『容器が無事ならいいじゃない』
それきり拗ねてしまったのか、リディアが何を言ってもメリルは返事をしない。
「へ、ヘリオス様、大丈夫ですか?!」
リディアがオロオロと腕を彷徨わせていると、
「くそぅ……。腹立つけど、これは落とす。リディア、よくこんな重いモノ持ちあげられたね」
たんこぶのできた頭をさすりながら、ヘリオスが半身を起こそうとする。チラと聞こえた情けないひと言は聞かなかったことにしよう。
しかし……。
ヘリオスは身を起こせなかったらしい。ポーション容器の袋をお腹に抱っこして、地べたに転がる聖者様は、情けない体勢のまま、ニヘラとリディアに笑いかけた。
「無理。重くて起きあがれない。このまま隠してリディア」




