Chapter02-3 冒険者認定試験
「どぉおりゃあぁぁぁ!!!!」
木刀を振りかぶり、鬼神も泣いて逃げそうな凶悪な顔と筋肉の塊が猛進してくる。
「ひぃッ!!」
『ひぎゃあぁぁぁーーー!! 走れッ! 走るのよバカァーー!!』
メリルが絶叫するも、リディアは凍りついたように動けない。生粋のお嬢様に俊敏な行動など無茶振りもいいところ。できるわけがない。
「堅牢なるカルキノスよ!
我らを守り給え!
【鎧】!」
ヘリオスが魔法の壁で辛くも木刀の一撃を凌ぐ。しかし、
メギィ!!!
『へ……ヘリオス様! ひ、ひ、皹が入ってますぅ~~』
なんとワームの体当たりすら防いだ青銀の壁に、ピキピキと皹が入っているではないか!
代わりにイーノックの木刀も折れてしまったようだが、彼はニヤリと笑うと折れた木刀を捨てて拳を握り締めた。ちなみに素手ではない。
(アレで殴る気ィーーー?!)
握り締めた拳にはトゲトゲした拳鍔。当たったら絶対痛いヤツだ。リディアの身が竦む。
(……そうだわ!)
思い出したのは、ゴブリン戦のときのジーンの魔法。彼が自分をコントロールしてくれれば……
『リディア、俺の助けなしで冒険者試験を突破しよう』
(ええっ?!)
いや、絶体絶命なんだけど!
恐ろしいゴリマッチョが相手なんだけど!!
『大丈夫だ。俺も通った道だ。やってみよう!』
『そんな……!』
まさかの「助けなし」宣言に呆然とするリディアの目に、皹めがけて振りおろされる拳が
「【隠せ】! 【放て】ーー!!」
咄嗟の判断!
オレンジ色の帯がイーノックを取り巻き、訓練場の端に転送する。
『ナイス! リディア』
〈空間〉からジーンの声が褒めてくれるが、それだけだ。助けてはくれない。
一方、イーノックは驚愕の表情を浮かべたものの、かえってヤル気を煽ってしまったらしい。凶悪な笑みはそのままにリディア目がけて突進してきた!
『なんで?! なんで屋根の上に転送しないのよバカァーー!』
「ごめんなさいぃーーー!!」
メリルが喚き散らし、リディアが泣きながら喚き返す。でも、大声を出した反動か、恐怖で動かなかった足が動いた!
『よし、走って!』
ジーンが指示し、
『神速なるカルキノスよ
我が窮地を救い給え!
【駿足】!』
ヘリオスの魔法が発動する。イーノックとの距離があと数メトルのところで、リディアの脚が青銀の輝きを纏い、走る速度がグンと上がる。
「んぉ?!」
景色が溶ける。
砂埃がもうもうと舞い上がる。
すごいスピードで走っている?!
前からは凄まじい勢いで景色が迫ってきて、後ろを見る余裕もない。
『よしっ! そのまままっすぐ走ってリディア!』
ジーンが励ます。が……。
「【アイス スピア】」
ヒュン! ヒュン! と、風切り音がリディアの顔の真横をかすめ、何かがズドンと地面に突き刺さった。もうもうと砂煙があがったそこには……
『やァりィ~~~?!』
飛んできたのは、長さが一メトルもありそうな氷の槍。イーノック、ついに魔法を撃ってきた。
『あンのクソ筋肉!! アタシたちを殺す気よーー!!』
『リディア! できるだけトリッキーに走るんだ!』
「無理ィ~~~~~!!」
またビュウンと氷の槍が脇をかすめ、リディアの脚は急カーブ。その先には訓練場を囲む高い壁!
「?!」
『避けてぇーーー!!』
メリルの制止にもリディアの脚は止まらない。そのまま壁に
靴底が硬い壁面を蹴り、ぐるんと視界が回る。見えたのは、白一色の世界――。
空だ!
『秘儀! 駿足立体機動ーー!! リディア! 壁づたいにギルドの屋上へ!』
ヘリオスが叫ぶ。
壁だろうが遠慮なく撃ちこまれる氷の槍を、でたらめに走りながらやり過ごし、ギルドの建物を駆け登る。
「~~~~!!!」
必死のリディアは、魔法攻撃が飛んでこないことに気づいていなかった。
「ッ!……ハァッ、ハァッ」
屋上に到達すると同時に、脚から青銀の光が消え、力尽きたリディアは屋上の床に大の字になり、ゼイゼイと肩を揺らした。
ドクドクと心臓が暴れて胸が痛い。空にかざした手は傷だらけで、自覚した途端、鈍い痛みを訴える。
昨日の芋掘りで泥だらけになり、ポーション作りで豆ができ、さっきの一戦で小石でも跳ねたのか、細い傷がいくつもある。
――でも。
「い、生きてる……」
お嬢様だった頃は、これよりずっと軽い怪我でも一大事で。たくさんの使用人やミークたちが寄ってきて、包帯でグルグル巻きにして、有無を言わさず「寝ていろ」と諭された。
あのときは、ほんの小さな擦り傷でもショックで。怖くて。
なぜ、あんなに悲壮感いっぱいになっていたのか。
こんな傷程度では死にやしないのだ。たくさん歩いて、さっきは走り回って。それでも――。
「おおい、兄ちゃん。生きてるか?」
あれほど心臓が暴れ狂ったのに。もう胸も痛くない。動悸もおさまっている。
この身体は、思ったよりずっと逞しい。
「ほら、つかまれ」と差し出された手を、わずかなためらいの後に思いきってぎゅっと握って、身体を起こす。
「毛色の変わった魔法だな。〈黒魔法使い〉か」
「ええ」
この大男から逃げきった。生きのびた。
〈黒魔法使い〉と問われても、以前よりも後ろめたさは感じない。これが自分だとさえ、今なら言えるかもしれない。身体がぽかぽかする。知らず自信みなぎる笑みを浮かべるリディアの後ろの空は、彼女を祝福するかのように晴れわたっていた。
前話クイズの正解は、セイタカアワダチソウです。
※すみません。調べたらgoldenrodはアキノキリンソウ属の総称でもあるのですね。セイタカアワダチソウはtall~とかlate~とかcommon~と呼ばれるようです。
私たちが知るセイタカアワダチソウは、大人の身長よりもデカくなり、川岸や空き地で大繁殖する厄介者です。が、原産地の北アメリカでは州花にされるほどポピュラーで、また愛されている植物だとか。草丈も短く、大繁殖するようなものではないそうです。※参考『怖くて眠れなくなる植物学』稲垣栄洋著、PHPエディターズ・グループ
環境の違いだけで、植物はこうも変わるって話を書きたかったのです。あ、繰り返しますが、本作に出てくる『外来種ゴールデンロッド』はセイタカアワダチソウとはまっったくの別物です(重要)




