Chapter01-3 バレた 後 変態
日が暮れる前にラームス村へ戻ったリディアたち。夕暮れの村は落ち着きを取り戻しており、家々からは夕飯の煙がたなびいていた。
聖者様たっての願いという体で、村長の家へ泊まるのを辞退し、リディアたちはワーム襲撃で半壊した教会へとやってきた。
「本当にこんなところでよろしいのですか? 昼間は危ないところを助けていただきましたし……」
ほこほこと甘い香りの湯気をたてるのは、豆を煮込んだスープ。パリッと焼けたキツネ色の皮が美味しそうなヤマドリの丸焼きに、籠いっぱいの木の実は蒸かしてあるのか、細かな水滴を纏っている。
それらを床に並べながら、村人の女たちが申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「旅の我々を温かくお迎えいただきましたし、我々は神にお仕えするのが本分。これから薬を調合しますから、臭いますしね」
愛想のいい笑顔で、ヘリオスは薬草で山盛りになった籠を指さす。
「調合に必要な道具まで揃えていただきましたし、これ以上いただくのはこの身に不相応というものです」
薬を調合するのはまちがいない。臭うのも事実。ただ、隠し事があるだけで。
「よし、行った。リディアちゃん」
ウィルの合図で、リディアは外からは見えない死角――部屋の隅に向かって、
「【放て】」
〈隠し〉ていたメリルとジーンを出した。
既に日は落ちており、薄闇の中ではよほど教会に近寄られない限り、旅人が増えたことはわからない。
「ま、作業は後回しだ。冷めないうちに食べよっか」
「うほぉ、美味そ~!」
「いい匂い……」
昼間薬草摘みをして疲れていた面々は、温かな食事に目を奪われた。なにせ、草摘みだけでなく芋掘り――ポーションの主原料はウィスという植物の肥大した根――までしたのだ。お腹はペコペコである。
「メリルちゃんとジーンさんも座って座って~」
ウィルが辺りを気にする二人を手招きし。
「だ、誰よ?! アンタたち?!」
突如聞こえた第三者の声にビシリと石化した。
◆◆◆
教会にやってきたのは、ニーナと名乗る十五歳くらいの少女だった。
珍しい白金色の髪に、赤みを帯びた灰色の瞳。細身だが、ヘリオスと違って貧弱ではなく、健康的に引き締まっていると表現すべき体躯。手にはタライを抱えている。
「雨漏りするの。そことあそこ」
彼女の指さした先を見上げると、天井のその部分だけ黒々とした染みが広がっている。
曰く、雲が広がってきたため、念のため持ってきたという。
なんというか、タイミングが悪かった。
「え……と、つ、使い魔さん、たち?」
ギギギッとぎこちなく首を回して、ニーナがジーンたちに目をやった。ニーナが立っているのは、ジーンたちがいるのとは反対側の部屋の隅。
『ちょっとぉぉ! めちゃくちゃ警戒してるじゃない!』
ジーンとメリルは、聖者様の咄嗟の嘘により、『使い魔』ということになっている。……不安しかない。
「あ……えと、その……食べ物は、人間と同じで……い、いいのかな? ま、ま、魔物……なんだよね?」
青い顔で二人を見るニーナ。
嘘のお粗末さもひどかったが、嘘をつくタイミングも悪すぎた。使い魔=魔物――ワームの襲撃で、ただでさえ村は『魔物』というワードに敏感になっているのに。
「だ、大丈夫だよニーナちゃん! メリルちゃんは今は人型だけど、実はめっちゃくちゃ可愛いモッフモフの魔物なんだ! 全っ然、怖くないんだからね!」
ウィルが必死にフォローするも。
「か……可愛いの? それにモフ……見たぃ……ちがっ、い、一応見せてくれないかな? 私、村長の孫娘だし、ほ、ほら! 村には狩人だっているし、間違って狩られないためにも……」
怯えながらも、隠しきれない好奇心に輝く灰色の瞳でチラチラとメリルたちを見ながら、サラッと恐ろしいことを言うニーナ。しかもまさかの村長の孫娘?!
「(ぬおぉぉぉ……!)」
自ら墓穴を掘ったウィルと、なれもしないのに『めっちゃくちゃ可愛いモッフモフの魔物』にされたメリルは声にならない悲鳴をあげ……あれ? ジーンは?
目をやったところに、既に彼の姿はなく。代わりに、一頭の紅い目をした大きな黒い狼がハタリと尻尾を振った。
(本当に変わったァーー?!)
――まさに、予想外。
顎を落とすメンバーをよそに。
「モフモフ……ふっさふさ……」
すっかり嘘を信じ込んだニーナは、頬を紅潮させ、期待に満ちた目を今度はメリルに向けた。
『どうしろっていうのよォーーー!!!』
――メリル、絶対絶命!
……どうするんだ、これ。
「……しかたない。僕が証明しよう」
そこへ、何やら思いついた様子のヘリオスがやってきた。
「特別に見せてあげるけど、君だけだよ? 村の人たちには黙っておいてくれるかな?」
聖者様オーラフルスロットルの神々しくもやや胡散臭い笑みを浮かべたヘリオスが、大げさに両腕を広げ……。
『ちょ……アンタ何する気?!』
「崇高なるカルキノスよ
彼の者に御姿を降ろし給え
【変態】!」
声だけは凛とした詠唱により、たじろぐメリルの足元に青銀に輝く魔法陣が現れ、光の粒子がメリルを取り巻く。
そして……。
「え……? 消えた……?」
光が収束したところにメリルの姿はなく。キョロキョロするニーナの横を走り抜けて、
「め、メリルぅ~~?!」
しゃがみこんだリディアが、地面から何やら拾いあげた。顔面蒼白な彼女の手のひらにいたのは……?
「モフモ……ふぇ?」
『きゃあ~~?! よ、よくもこんな姿にしてくれたわね?!』
大きさはほんの三シェンチくらい。暗くて色はわからないが、全身毛むくじゃらの小さなカニが両のハサミをふり上げていた。
「カルキノス神の従神、ケブカクラーブ神のお姿です。めちゃくちゃ可愛いモッフモフの」
「も……」
顎を落とすニーナを前に、ドヤ顔を決める聖者様だったが。
「今すぐ戻せ!」
二人と一匹から、声を揃えたツッコミをもらったのだった。
変態は「完全変態」の方の「変態」です。コートを着た全裸のオジサンではありません笑。ほら、カニって完全変態の生き物ですからヾ(*´∀`*)ノ
カニ聖女のカニ魔法、今のところ【鎧】【双剣】【擬態】【水泡】【呼び水】【変態】が出てきましたが、まだ種類があるのでしょうか( ´艸`)




