プロローグ
逃亡は逃亡ですが、冒険の始まりです。
パーティーメンバーとスキルは以下の通り。
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リディア(黒魔法使い):生き物を隠す魔法
メリル(黒魔法使い):分けっこの魔法
ジーン(勇者):飛翔スキル、操作魔法
パスカル(使い魔[戦斧使い])
ウィリアム(王族[モルドレッド]):全属性魔法、古代魔法
ヘリオス(聖女ヘレネ):カニ魔法←
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のっけからバトルシーン(*´▽`*)
その日、ラームス村の教会には村人全員が集まっていた。常駐の聖職者もいない、古いというよりオンボロ感増し増しなこの建物がすし詰めになることなど、今まであっただろうか。
「ハナサーキ ケーサワサーワ」
人々が一心に見つめるのは、古びた台座と崩れかけた女神像以外は何もない祭壇。
「ヤーシガザーミ カングレーホ」
そこに立つ、法衣を纏った人物――肩で切り揃えられた銀髪、男性にしては華奢だが、しゃきっと伸びた背筋は気高い修行僧を思わせる。今朝早く、村を訪れた旅の聖者様だ。
「それでは皆さん、我らが『おカニ様』に祈りを捧げましょう……ご唱和ください」
中央の聖職者に見向きもされない田舎のオンボロ教会に突如訪れた、神々しさ溢れる銀髪の聖者様。彼は村人の願いを聞き入れ、ありがたい聖句――古い言葉なので村人の誰一人として意味はわかっていない――を唱えてくださったのだ。
教会に集う村人は、厳かな雰囲気に気を引き締め、居住まいを正し。
「ズワイクラーブ タラバクラーブ」
「ズワイクラーブ タラバクラーブ」
謎めいた文言を唱和し、目に見えぬ神に頭を垂れた。
◆◆◆
「ヘレネ様、男性だったのですか?!」
夜明け前に、集落手前の森の中に降りて。魔法を解除してウィルと共に出てきたのは、銀髪の美少女ではなかった。
「うん。男だけど、僕が当代の〈聖女ヘレネ〉。女性じゃないから〈癒しの力〉は使えないけどね。王宮にいたときはカルキノス神のお力で女性に【擬態】していたんだ」
華奢な体つきは変わらない。が、胸の膨らみは消え、身長はリディアより頭一つ分くらい高くなり、背の半ばを過ぎる銀髪は肩に届くくらいに短くなった。顔立ちも、中性的よりほんのり男性寄り。
「〈聖女〉を欲したのはアグラヴェイン妃。あの人は〈癒しの力〉を欲しがっているし、国王様はそれに乗じて〈聖女〉を妾にしようと……。男とバレるのは時間の問題だった。改めて、逃げるチャンスをくれた貴女には感謝しているよ。……爆発はびっくりしたけど」
まさかの女性→男性への変わりっぷりに目をまん丸にするリディアに、〈聖女ヘレネ〉改め聖者ヘリオスを名乗る青年は、海のような深い青色の瞳を細め、大人びた笑みを浮かべた。
『私はとっくに気づいていたわ』
〈隠れた空間〉の中では、ヘリオスは男性の姿だったのだと、メリルが言う。
「そうなの……」
元が(?)美少女だっただけに、男性となったヘリオスも眩しい美貌の持ち主だ。色素が薄いせいか、儚さと危うげな色香が同居する……そんな『綺麗さ』。
彼がやや寸足らずな法衣を外套で誤魔化し、『旅の聖者』を全面に押しだして村を訪れたところ、素性を疑われるどころか『お付きの者』も含めて大歓迎を受けたのだった。
そこからの村人総出の礼拝。礼拝が終わった今は、村の重鎮の年寄りたちに囲まれ、ヘリオスはにこやかに彼らの相手をしている。
「聖者様の訪いに、村の者は皆救われた心地です。ここ数日、魔物の侵入が相次ぎましてな。不安がる者が増えておりましたゆえ」
モジャモジャの顎髭を撫でつけながら、村人の老爺が言った。
「……魔物の侵入、ですか?」
魔物――穏やかではない話だ。〈空間〉からメリルが『やだ……またぁ?』と声を震わせる。昨日のゴブリン戦は、メリルにとってもトラウマのようだ。
リディアも教会の窓から外を見やる。一見、魔物に脅かされているようには見えなかったが……。
ラームス村は森の縁に位置し、周囲をぐるりと堀と柵で囲み、森からの獣や魔物の侵入を防いでいる。柵の高さは大人の背丈の倍ほど。
それすら越えてくる魔物がいるというのだろうか?
「そうなのです。わしらが若い頃にはちょくちょく出てた……」
老爺が答えかけた、そのとき!
バキバキドーーン!! と、彼の足許の床板が砕け弾け飛び、もうもうと土煙があがった。
「ワームだ!!」
誰かが叫んだ。
『でたぁーーー!!!!』
メリルの悲鳴と、
「堅牢なるカルキノスよ!
我らを守り給え!
【鎧】!」
ガキン!
視界をふさぐ土埃の合間に青銀の輝き――ヘリオスの魔法の盾だ。ワームの突撃は辛くも防げたようだが……。
「ァァアアア!!!」
土埃の中から現れた巨大な体躯の魔物――大蛇の何倍もある胴まわりと長さ。醜くたるんだ朽葉色の皮膚には点々と、禍々しい深紅の眼状紋。不気味に蠕動する、退化した脚の名残。長い体躯の先、ぱっくりと開いた口には数多の牙が並び、口腔の奥は虚無のような暗闇。
「建物の外へ出ろー!!」
誰かの叫び。そして、
『喰われたらお姉さまのこと末代まで呪ってやる!』
逃げようもないメリルが姉に八つ当たりを喚いた。バンバンと聞こえるのは、メリルが苛立ちに任せて〈空間〉の床を殴っているからだ。
「剛勇なるカルキノスよ!
我に力を与え給え!
【双剣】!」
前方で青銀の輝きが弾けた。
ズドオォォン!!!
「ギャン?!」
「ィアァァァーーー!!!!」
地響きに似た衝撃、その後にヘリオスの奇声とワームの喘鳴が重なる。
「ッ! 伏せろ!」
ウィルの鋭い声が耳もとで聞こえたかと思うと、強く腕を引かれて、リディアは硬い木の床に転がった。直後、真上をビュンと何かが行き過ぎ、うしろでドオォン! と鈍い破砕音、パラパラと木屑が落ちる音。
『もぉいやぁ~~』
メリルの泣き声が聞こえる。リディアも床に伏せ、恐怖で暴れ狂う心臓を必死で押さえていた。
『リディア、大丈夫』
いざとなったら、と〈空間〉から囁くのはジーン。同時に身体に微かな違和を覚えた。
(昨日の、ジーン様の魔法……?)
立ちこめる土埃の合間に、赤黒い目玉模様の浮く体躯が見え隠れする。すぐ近くにいる……!
「そこ、動かないで」
リディアの傍らで、ウィルが砕けた床板の破片を拾うと、それはみるみる凍りつき、たちまちナイフのように鋭い氷柱になった。
「ィアァァァーーー!!!」
ワームの太い胴がしなり、こちらにむかって落ちて
「うおぉぉー!!」
ウィルが気合いとともに跳び、ザシュッ! と肉を切り裂く音。リディアの身体が勝手に起き上がって、退避する――直後、メキメキドーーン! という破砕と衝撃の混じり合った音がして、もうもうと土煙が舞い上がる。
煙が晴れたあとには、胴を両断され紅い魔核を露出させたワームの巨軀と、壁や床板が砕けて惨憺たる有様になった礼拝堂、氷の刃を片手にワームの死骸を睨むウィルと……?
床に埋まった両腕……に顕現したと思しき青銀色の双剣(???)を必死に引き抜こうとしている聖者様だった。
「お、おおお、重……い……あ、アルタルフの兄上は、使えた、の……に……」
息も絶え絶えに聖者様が呟くと同時に、双剣(???)は光の粒子になって消え、力尽きた聖者様が白目をむいてドタリ、と後ろにひっくり返った。
「聖者様ァーーー?!」
リディアが黒魔法で生き物を隠す謎の空間を、以後〈空間〉と記します。




