Chapter03-1 メリルの企み
戻ってきた大広間は、今まさにダンスのクライマックスというところだった。最後の曲は、華やかでテンポの速いポルカ。弦楽にラッパ、そこに観衆の手拍子も加わり、大変な賑やかさ。誰も先ほどの爆発音には気づかなかったようだ。
(ジーン様は……?)
人垣の中を探すと、リディアのパートナーはあの体格のいい従者と何やら会話中。邪魔をしない方がよさそうだ。
(おば様はどちらにいらっしゃるのかしら……?)
懸命に背伸びをしてみるものの、その程度ではひしめく大勢の中から一人を見つけるなど至難の業だ。
「お姉さま? お一人で何をなさっているんですかぁ?」
と、そこへ。
「まあ! メリル」
ひょっこり妹のメリルが姿を現した。まとうのは、紗を幾重にも重ねた翡翠色のドレス。ハーフアップの髪には、白瑪瑙の蝶が羽を休めている。まさに『夜会の妖精』――。
「マックス様とご一緒するんじゃなかったんですかぁ?」
彼女はキョロキョロと辺りを見回して、至極当然の問いを姉に放った。
「そ、それは……」
メリルなら社交界のことにも詳しい。彼との経緯と婚約云々を、おばに話す前にひと言相談してみてもいいかもしれない。
「実はね」
コソコソと先ほどまでのことをメリルに耳打ちする。
「それで……お二人は服に焦げ痕がついたくらいで大して火傷もしていなかったから……」
最近のメリルは機嫌がよかった。相談したら実りあるアドバイスをくれると思ったのだ。だから、まさか次の言葉を返されるとは思ってもいなかった。
「バッカじゃないの?!」
♡♡♡
なんということだろう。
メリルは姉からのとんでもない報告に、眉をつりあげた。
マックスがフィリオリ侯爵家と縁続きになりたがっていることは知っていた。エミリアーヌに言い寄り、爛れた関係になっていたことも。
バカな姉がこの夜会で現実を思い知らされ、不幸のドン底に叩き落とされればいい――そう、メリルは考えていた。
メリルは『姉』が大きらいだ。
お茶会のあの日から、ずぅっと。
メリルがコンコーネ家に引き取られたのは、メリルの母が亡くなった直後。本妻にとって邪魔な人間がいなくなったからだと、子供心にメリルは察した。
コンコーネ家には、親がちがうのに自分と瓜二つな姉がいて。生まれたときから恵まれた環境にいた姉は、頭の中まで救いようのないほどのキラキラふわふわした『お姫様』だった。
貴族に引き取られ、衣食住の心配はなくなった。けれど、コンコーネ家に外からやってきたメリルを心から迎える気はなかったのだろう。
陽に当たれないのを理由に、他の家族の部屋から離れた小さな角部屋を宛がわれ。
馴染もうと努力しても『品がない』と生まれを蔑まれ。
影で悪口を言われても、メリルは全部感知していた。〈黒魔法〉――他人の感覚を借りる魔法が使えたから。
そんな環境下で、姉に向けられる甘さと温かさを目の当たりにしてきたから。
羨ましいと思った。
何も知らない姉が憎いとも思った。
同時に怖いとも。
お茶会の日、何も知らない姉の優しさに、どれほど恐ろしさと惨めさを覚えたか。
けれどそのとき、偶然にも姉の〈黒魔法〉を知り、子供心に『使える』と思った。
何も知らない……いや、知ろうとしない姉の性格につけいり、一人っきりになれる『安全な逃げ場』を提供させ。ニセモノの家族も、姉の前では汚い言葉を吐かなかったから。それをいいことに。
姉を慕う妹を演じ続けた。
メリルは姉の幸せなんてこれっぽっちも願っていない。現に、姉がマックスに嫁いでしまったら、『安全な逃げ場』を失うことになる。どうせ破綻するなら、手酷く傷つけばいいと、思っていた。この夜会で、マックスとエミリアーヌの仲睦まじい様子を見て、泣けばいいと。
姉が泣くのを見て溜飲をさげようと目論んでいた。
(話が違いすぎるじゃない!!)
偶然とはいえ、その愚鈍な姉があの二人をやっつけてくるとは、誰が予想できたか。
「よろしいですか? お姉さま、エミリアーヌは王家にも縁のあるお家のお姫様ですぅ」
イライラしながら、メリルはおバカな姉に説明した。
「そのお姫様にぃ、お姉さまはたいしたことはなくても火傷をさせたのですぅ。意味、わかりますぅ?」
これ以上ないほど丁寧に教えてやったのに、おバカな姉は不思議そうに目をぱちくりさせただけ。ムカつく。
「エミリアーヌはぜっったい、お姉さまに倍返し以上の仕返しをしますぅ!」
王家の縁戚とあり、プライドだけは山のように高いエミリアーヌだ。このまま引っ込むわけがない。不敬罪、もっと悪ければ叛逆罪だと言いだすに決まっている。
(そうなるとお姉さまだけじゃ済まないわ。男爵家だって……)
仮に姉を勘当して放り出したとしても、余波は免れない。慰謝料だと法外な額を要求してくるのは見えている。にっくき姉と瓜二つなメリルを、エミリアーヌが見逃してくれるとは思えない。
(にゃあ~~~~~~!!!!)
メリルは心中で絶叫した。
脳みそお花畑な姉を泣かせてやるはずが、自分の人生までお先真っ暗にしてどうする!
「お姉さま、私、お父様とお母様のところに帰りますわ」
やってしまったモノはどうにもならない。ならば、やられた二人が復活する前に、とっととここから逃げるに限る。
そうと決めるや、メリルは姉を放置してスタスタと歩き始めたのだが。
「泥棒猫、滅殺!! ニャンパァーーーンチッ!!!」
「?!」
突如、目の前を烈風が吹き抜け、弾き飛ばされたメリルは、モノクロの床に頭を強かに打ちつけた。




