Chapter02-4 恐怖の鹿オバケ、のち美少女?
ドオォォォン!!!
爆発音の後、ボワッと廊下の先で煙が広がった。その下――こんもりと盛り上がって見えるのはエミリアーヌのドレス、その隣に見える何やら地味な塊がマックスなのだろう。
(これが世に言う魔力の暴走なのね……)
けっこう派手な音がしたが、二人は大丈夫だろうか??
つい先ほど煮え湯を飲まされたばかりだが、リディアとて二人に怪我をして欲しいわけでも、ましてや死んで欲しいわけでもない。ごく普通に、必要なら医者を呼ばねばと思い、駆けつけた。
(よかった。気を失っているだけだわ)
まずは大した火傷もしていなさそうな二人にホッと息をつく。ドレスや夜会服が少々焦げて穴が開いているが、その程度だ。割れた窓ガラスも降りかかっていない。魔力の高い貴族令嬢の、それも火魔法の暴走にしては軽く済んだと言える。
そこはホッとしたのだ。
しかし。
「あ……う……」
リディアは目の前に立ち塞がるモノの恐怖に、身動きが取れなかった。
艶やかだったであろう茶色の毛皮は、ブスブスと燻る焦げ痕で見る影もなく。つぶらな眼は、熱にあてられたせいか片方が濁り、小ぶりな耳も左側が焼失。つき出した口許の毛皮が焼け落ちたせいで、黄ばんだ歯列が不気味にのぞく。
「お……ま、え……か……」
途切れ途切れの呟きには怨嗟がこもる。
(ひいぃ~~~!! 鹿ッ! 焦げた鹿のオバケ~~!!)
主に頭部が焼け焦げたソイツは、まさかの二足歩行。しかも聖職者様のような白無垢の法衣を着ている謎仕様だ。これをホラーと言わずして何という……!
「う、ら……め……しやぁ……」
かすれた声が恨み言を紡ぎ、フラリと鹿オバケの身体が傾ぐ。
「ぎゃぁああ?!」
倒れてきた鹿の頭部が肩に乗っかって、リディアは身も世もない悲鳴をあげ。
ドサッ!!
ボフッ!!
そのまま鹿オバケに押し倒される形で後ろに倒れ、何か柔らかいモノの上に尻もちをつき。
「……クェェ」
リディアのお尻を受けとめた柔らかいモノが、絞められた鶏のような鳴き声をあげた。
…………。
…………。
ややあって、リディアが確認したのは。
まずは、自分のお尻が床ではなく、エミリアーヌの豊満な胸の上に乗っかっていること。おかげでリディアは痛い思いをせずに済んだが、エミリアーヌにはけっこうな衝撃を与えたらしく、彼女は白目をむいて気絶していた。
ともかくも、このまま乗ったままでいるのは申し訳ない。リディアはそろそろと身を起こし、彼女の上から退こうとして。すぐ目の前にキラキラと光る銀糸――銀髪を認めて、目を見開いた。
リディアの上に、美しくて儚げな銀髪の美少女が倒れている。
(……え?)
うねる豊かな銀髪を背の半ばあたりでひとつに結い、華奢な身体には聖職者のまとう白無垢の法衣。そして、倒れたときに切れたのだろうか。銀髪を飾っていたラリエットから零れ落ちた水晶の粒が、乱れた髪の上でキラキラと光をはね返していた。
(……誰?)
この美少女がどこの誰なのかはさっぱりだ。突然現れたのも気になる。
(あれ? さっきの鹿オバケは??)
ふと思い当たって、キョロキョロと視線を彷徨わせたリディアは、すぐに見つけた。
美少女の横に『ソレ』が転がっているのを。
無造作に床に転がる、焼け焦げた鹿の頭部……。
(は……はははは、剥製?!)
よくよく見れば、壁飾りでド定番な鹿の剥製だ。
ん? ということは?
(鹿オバケって、もしかしてこの人?)
このような美少女――しかも見たところ教会関係者が、剥製をわざわざ壁から失敬して頭に装着。意味がわからない。念のため言っておくが、教会の教義に、鹿の剥製装着を奨める文面はない。そういう風習もない。
(???)
しかし改めて見ると、鹿の剥製の焦げつきよう――もしかしたら、彼女が爆発の一番近くにいたのかもしれない。偶然にもマックスたちは彼女に庇われて、結果ダメージがほとんどなかったのかも……?
とにかく、いかにもひ弱そうな銀髪の少女をこの場に放置するのは気が咎めたリディア。彼女が爆発に巻き込まれたのは、半分はリディアのせいなのだし。
幸い、大広間まではさほど遠くない。自分の腕力でも運べそうだ、と安易に考えたのだが。
「……フッ、……クッ、」
気を失った美少女は思った以上に重く、担ぎあげるなんて無理も無理。しかも、リディアが一人で頑張っているうちに、倒れているマックスがさっきからヒクヒクと動くのだ。目を覚まそうとしているのかもしれない。
けれど、さっきの今で彼とまともに話せるとは思えない。
かくなる上は……?
(ごめんなさい! 私が〈隠す〉と貴女はしばらくの間音も光もない空間だけど)
大広間まで戻って、医者を呼ぶまでのわずかな時間、それまで彼女が眠っていてくれることを願おう。
「【隠せ】」
マックスを刺激しないように小声で詠唱すると、オレンジ色の光の帯が銀髪の少女を取り巻く。そして、リディアは足音を立てないように気をつけながら、そそくさとその場から逃げ出した。




