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油断


 食事を承諾した俺は天音さんに連れられて、とある定食屋に来ていた。


 まさか、ここが本当のバイト先か?

 

 ……冗談はここまでにして、その定食屋は何処か馴染み深い造りとなっていた。

 その為、殆ど緊張することなく自然体で居られる。


 最近の外食といえばお洒落すぎたり、高級店だったりとなかなか落ち着くことが出来なかったのだが、ここは違った。


 もちろん高級料理店にだって魅力がないわけじゃない。

 ただ、庶民暮らしの俺からするとお値段もお手頃で、アットホームな感じで溢れているこのお店の方が過ごしやすいのも紛れもない事実だ。


 少し天音さんがチョイスする店としては意外だったのだが、俺としては寧ろ有難かった。


 俺は先にメニューを選ばせて貰った後、少しの間店内を眺めていた。


「いいお店ですね」


 気がつくとそんな感想を口から漏らしていた。


「ですよね!、私も玲奈さんに教えて貰ってから気にいっちゃいまして、それなりに来るようになったんですよ」


 彼女は嬉しそうにそう答えた。


「えっ、ねえさ……ゴホン。玲奈さんにですか?」


「そうなんですよ。ところで葵さんは玲奈さんとどんな関係なんですか?

 もしかして彼氏……とか?」


「いやいや、それはないです。

 玲奈さんとは特になにもありませんよ。ただ偶然知り合っただけの関係です」


 おいおい、俺が姉さんと恋人なんだと勘違いしていたのかよ……

 家族でとか何かいろいろとアブナイぞ?


「そうなんですか?

 その割には結構親しげに会話されたように思います」


「ハハ、そう見えましたか……

 でも本当に恋人ではありませんよ」


「もしかして彼女さんは別に居る感じですか?」


 何故だか一瞬音葉の顔が浮かんできたが、俺はそれを振り払って首を横にふる。


「いませんよ、逆にいるように見えます?」


「見えますよ……ってホントに居ないんですか?」


 なんかやけににグイグイくるなぁ……

 普段、学校で話してる時とかはこんなに他人に興味を示すことはなかったと思う。

 だからかなり新鮮な感じだ。


 もちろん、こんな美女から声をかけられて嫌な人はいないだろう。

 まぁ、俺の正体を知った暁には一瞬で興味を失うと思うけどね……


「はい、寧ろ欲しいぐらいですよ」


 なんか自分で言ってて恥ずかしくなる。

 

 天音さんは少しニマニマとした表情で「そっか、そうなんだ……」と言っていた。


 おい、何でそんなに嬉しそうなんだ?

 酷いな、人の悩みを馬鹿にするなんて……


「それで改めてにはなってしまうんですけど、今日は本当にありがとうございました」


 天音さんは頭を深く下げてきた。


「いえいえ、俺の方もいろいろと初めての経験でしたので大変でしたが、かなり刺激的でしたよ」

 

「そう言って頂けるとありがたいです。今日は私の奢りですから思う存分食べて下さいね」


 優しく俺に笑いかけてくれる、天音さんの姿に少しドキリとさせられてしまった。

 それにしても学校の時と雰囲気違い過ぎんだろ。


 天音さんって、いつもツンツンしてるけど、こんな穏やかな表情も出来るのか……

 俺はこの時、クラスの奴らが天音さんを女神だとかなんだとかほざいている理由が初めて分かった気がした。


「……ありがとうございます」


「いえいえお礼ですから。

 あの、少し話が変わるんですけど、葵さんって普段どんなことされてるんですか?」


 俺がどんなことをって? と聞き返すと、趣味とか教えて下さいと言われてしまった。

 インドアな趣味とか言って、引かれないだろうか?


 ここは少し見栄を張って少し陽気な趣味を……なんて考えも浮かんできたが、結局こういうのは良くも悪くも滲み出てしまうものだ。

 嘘をつくだけ無駄だろう。


 というか、碧の俺なら普通に答えてたことだと思う。


「ゲームとか漫画とかかな」


「へぇ、そうなんですね、正直意外です」

 

「天音さんの方は何か趣味とかあるんですか?」


 俺がそう言った瞬間、時間が止まった気がした。


「えっ!?」


 天音さんが驚いた様子でこちらのことを見ていて俺はようやく自分の失言に気がついた。


「あの、葵さん、どうして私の名前しってるんですか?」

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