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高鳴る鼓動 〜side 雪


 玲奈さんが代役を連れてくると言ってから丁度1時間が経とうとしていた。

 やっぱり、こんな急にじゃ無理だったんじゃ……


 撮影現場の誰もがそんなことを思い始めた時、彼女はやってきた。


「雪ちゃんお待たせ、彼が真堕君の代役の葵君です!」


「えっ?……」


 そう言って玲奈さんに背中を押されて前に出てきた彼を見て私は唖然とした。

 いや、私だけでなくこの場にいる殆どの人がそうだと思う。


「皆さん初めまして葵です。モデルの撮影自体が初めてでご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、今日はよろしくお願いします」


「あ、葵君、君って今ネットで噂になってる、あのRoeleの……」


「はい、知って貰えていて恐縮です」


「「おぉ、!」」


 彼がそう答えると、現場が少しドヨめいた。


 それにしても動画の時にも思ったけど、本当に綺麗な顔立ちをしてるわ。

 実際に彼の姿を見て、心からそう感じた。

 

 動画で見るよりも凄い……きっと一目惚れしてしまう女性なんて数多くいることだろう。

 今でも、撮影関係者の女性陣達が熱い視線を送っている。


 かくいう私も、別に好きになったという訳じゃなかったが、自然に視線が吸い取られているのを感じていた。


「安藤さん、彼が代役でいいですよね?」


 玲奈さんは挑戦するように安藤さんに問いかけた。

 すると、安藤さんは何度も深く頷いた。


「あ、はい、もちろんです!それにしても玲奈さん、彼とは何処で知り合ったんですか?」


「秘密です!それと連絡先の交換とかもナシでお願いしますよ。彼、ああ見えてもシャイなところがあって、急に距離を詰められるのは苦手なんです」


「そうですか……」


 ガックリと肩を落とした安藤さん。

 恐らくだけどスカウトを考えていたのだろう。


 本人の意思は?

 とは思わないこともなかったが、彼が玲奈さんが言ってる内容を否定することなく、見ていたので多分事実なのだろう。

 そもそも玲奈さんが嘘をつくとは思えないんだけどね。


 暫くの間、玲奈さんと安藤さんが話していると、そのタイミングで葵と名乗った男性がコチラを見ていたことに気づく。


 うわ、コッチ見てるんだけど……

 そして、何故だか見られてるだけなのに緊張してしまっている私がいた。

 イケメンってやっぱりズルくない?


 阿契君や小藤君の比じゃないんだって……


「あ、あの、何か用ですか?」


 私は恐る恐る聞いてみた。

 すると、彼は声を掛けられると思っていなかったのか、少し慌ててから頭を下げた。


「えっ、あっ、いえ、特には何もないんですが、あま……ユキさん今日は宜しくお願いします」


 あま……?

 それより、なんで私の名前知ってるのよ?、とも思ったのだが、恐らく事前に玲奈さんに伝えられていたのだろう。

 流石になんの連絡もなしに連れてきたりはしないはずだ。


「その、こちらこそ宜しくお願いします。葵さんて呼んで良いですか?」


「えっ、はい、構いませんよ」


 なんだか会話が少しぎこちない気がした。

 お互いになかなか言葉が出てこないというか、なんというか変に堅苦しいのだ。


 それを葵さんの方も感じとっていたのか、苦笑いしている。


 それにしても意外だな……

 あそこまで容姿が整っていたらもっと自信を持っていそうなものだが、葵さんは何処か自信がなさげだった。


 玲奈さんがシャイなところがあると言っていたのは恐らくこういうところなのだろう。


「よし、それじゃあ早速撮影の方に入ろうと思いますので、二人とも指定された服を着て下さい」


 それから私たちはお互いに着替えてカメラの前に来ていた。

 ちなみに今回は室内での撮影になる。

 

「それじゃあポーズお願いします。そうだなぁ……最初はユキさんが可愛い感じで葵君はカッコいい感じで」


 私は何度も鏡の前で練習してきたポーズをとった。それに対して葵さんはというと……

「へっ、カッコいい感じで? いや、そんなの分かんないって」


 かなりパニクっていた。

 初めてとは聞いてたけど、本当に経験なかったんだ。


 見た目からして街で歩いているとスカウトされるやつだからね。

 寧ろ今までよくこの業界に出てこなかったもんだ。


「おーい、葵君、真面目にやってね」

 あたふたとし続けていた葵さんはカメラマンに指摘を受けていた。


「いや、真面目なんだけど……」


 それでも未だにどうすれば良いのか分かっていない葵さんに対して私からも声を掛けた。


「葵さん、一度落ち着いて下さい」


「は、はい!」


 流石に初めてじゃ厳しいか、とそんな空気が流れ始め、ついにこのままじゃ撮影出来ないと判断した現場監督が中断しようと前に出てくる。


 しかしそんな時、玲奈さんが「MV撮った時のこと思い出して!」と一言告げた。

 すると、不思議なことに葵さんはその言葉で驚くほどに落ち着きを取り戻す。


「おっ、いい表情になってきたね」


 現場監督が足を止めて、カメラマンが再びレンズを覗き込み始める。

 どうやら撮影を再開するようだ。


 私は再びチラリと葵さんの方を見た。

 そして感嘆させられる。


 嘘、さっきまでとは完全に別人だ……

 あたふたしていたそんな面影などを感じさせず、あのミュージックビデオで見たまんまの彼の姿がそこにはあった。


 カッコいい……じゃなくて私も集中しないと。


 その数秒後にパシャパシャと何枚か撮られていくと、次は違ったポーズを要求される。

 すると、今度は慌てることなくポーズを決めていく葵さん。えっ、ちょっと適応能力が高過ぎない?


 それから15分ほど撮影した後、一度休憩を取ることになる。


 ふぅ、疲れたわ。


 私は部屋の端っこの方で壁にもたれ掛かっていた。

 表紙を飾るとなっていることもあっていつもよりも何倍も疲労感が押し寄せてくる。


「雪さん、さっきはありがとうございました」


 すると、いつの間にかこちらへと近づいてきていた葵さんが声を掛けてきた。

 多分、私が落ち着いて、と言った時のことだろう。


「いえ、実は私も結構緊張してましたから、ある意味自分にも言い聞かせた言葉でもあるんです」


「そうだったんですか……

 それで、お礼というわけじゃないんですが、良かったらコレどうぞ」


 そう言って、彼が渡して来たのは500mlのお茶の入ったペットボトルだった。


「えっ、いいんですか?」


「はい、雪さんのあの言葉に本当に助けられましたから」


 どちらかというと玲奈さんの方だと思ったが、こう言ってくれるからには有り難く頂くことにした。

 実は待ち時間が結構あったこともあって、持って来ていたものは全て飲み干してしまっていたのだ。


 無駄に緊張してたしね……


 丁度買いに行こうかと悩んでたタイミングに貰えてラッキーだった。

 

「ありがとうございます」

 

「でも、やっぱり雪さんは流石ですよね。あんな堂々とした振る舞いが出来るなんて、まさにプロって感じでした」


「実は私はまだプロじゃないんです。バイトって形で何度か撮影に参加させてもらったとはあるんですけど、今回見たいなちゃんとしているものは初めてです。

 それに今日取ったポーズだって、家の鏡で何度も練習してきたことなのに、少し固くなってしまいましたし、まだまだというのが本音ですかね」


 それに比べて初めてなのにあそこまで対応出来てる葵さんの方が凄いと思うんだけど。

「私にはやっぱり才能がないのかな……」


 私が独り言で小さく呟くと、どうやら葵さんには聴こえていたようで少し驚いた表情をして固まっていた。


「いやいや、そんなことありませんって!

 ポーズ一つに対して、そこまで努力を重ねられる雪さんが才能ないわけないです!

 俺、ホント今日の雪さんには感動したんですからね。ポーズが変わる度に雰囲気が変わる雪さん、ホント凄いなぁって思って……それを見て自分のポーズのヒント貰ってましたよ。

 雪さんは絶対に成功しますから、もっと自分に自信を持って下さい」


「えっ?」

 マシンガンのような早口でそんなことを言われてしまった私の思考は少しの間、フリーズしていた。


「あっ、なんかすみません。説教じみたこと言ってしまって、でもこれは、俺が今日心の底から感じたことです」


 他人からここまで言われたのは初めてだった。

 玲奈さんも良く私を褒めてくれるのだが、具体的に何かを言ってくれたことはなかった。


「ありがとうございます、そう言ってもらえてホントに嬉しいです」


 だから、誰かから貰った言葉の中で今までで一番嬉しいかもしれない。ほんのちょっとだけ泣きそうになってしまった。

 そんな言葉を今日会ったばかりの私に掛けてくれる葵さんはとても優しい人なのだと思う。

 こうやって飲み物を買ってくれたこともそうだし、勘違いかもしれないけど、なんか良く見てくれてるような気がする。


 周りを気づかう、そういう部分が少し玲奈さんに似ていると思った。


 外見だけじゃなくて性格までイケメンなんてズルいわ……


 私は激しくなった胸の動悸を落ち着かせる為に自分の胸に手を当てた。


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