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碧と葵


「今回はそんな理由で貴方を呼んだのよ」


 俺は姉さんはから一通り事の成り行きを聞き終えた。

 

「……」


 いや、ツッコミどころ多すぎじゃね!?

 そもそも定食屋で働いてなかった!?、バイトじゃなくてモデルとしてちゃんと事務所と契約してる!?そして、今日の撮影を天音さんと一緒にだと……

 何もかもが初耳だった。


 ホント訳がわからん。


 そして、古都さんから姉さんが表紙になっているファッション雑誌を渡されて実感した。

 姉さんホントにモデル業してたんだな……


 まぁ姉さんも天音さんも美人だからある意味、納得っちゃ納得なんだけど、心の整理は簡単にはつかなかった。


「そんな感じなんだけど、大丈夫そう?」


 姉さんが少し不安気な表情で顔を覗き込むように聞いてくる。


「うん、全然大丈夫じゃないけど、姉さんが困ってた理由は分かったよ」


 それも天音さんの為に、困ってたんだな。

 そういうところはやっぱり姉さんだなと感じた。


 もちろん、そんな姉さんの頼みなのだから協力はしたいとは思っている。


「でも、俺なんかが真堕君ていう人の代わりに慣れるのか?」


「なれると思ってないと呼んでないわ。それに最近の碧は有名人だから、話題性もあるし……」


 俺は姉さんにそう言われて改めて有名になってるんだなと感じた。

 なんか学校で噂とかされてても、あまり実感とかなくて他人事であるように思っていた。


 でも、今回の古都さんに顔を覚えられていたこともあって、世間間ではそれなりなのだと認識させられた。


「分かったそこまで言ってくれるなら……出来る限りのことはやってみるけど、上手くいかなくても文句言わないでくれよ」


「その辺は大丈夫だって!

 ただ、これからも学校生活を平穏に過ごしたいなら雪ちゃんにはバレないようにね」


 そうか、その問題もあったか……


 俺は再び頭を抱えたい衝動に駆られた。

 どんな感じで接すれば良いんだよ……


「別にいつも通りでいいって、普段の碧からすると誰も繋がらないから」


「ああ……さいですか」


 だから、簡単に心読むの辞めてくれ。


「でも、名前くらいは考えた方がいいんじゃない?」


「もしかして芸名的なやつか?」


「そうそう、MVに出た時とかは使わなかった?」


「うん、その時は向こう側が気をつかってくれて俺のことは完全非公開扱いにしてくれた」


 これは音葉が、普段通りの生活をしたいと言った俺のことを気づかってのことだった。

 それで鈴菜さんからも許可が降りた為、俺の存在は関係者の中でも知ってるのはごく一部の人間だけなのだと音葉が教えてくれた。


 だからネット上には身長から体重、それに名前の情報すら載せてない何もかもが分からない幽霊的存在……

 完全に異例の事態だった。


「ほへぇ、そんなことも出来るんだ……

 でも、残念だけど今回は決めて貰うわ。名前ないといろいろと不便だから。それに別に実名じゃないんだから絶対に大丈夫よ」


 姉さんはそうキッパリと言った。


 まぁ、確かにその通りなんだけど……


「んー、でも急に芸名って言われてもなぁ」


「難しいなら私が決めるけど?」


「えっいいのか?、それじゃあ頼むわ」


「了解! だったら、そうね……

 ブルーマンとかどうかしら?」


 姉さんは少し考えたそぶりを見せた後、そんなことを言ってきた。


「ぷっ、」

 俺の隣に居た古都さんが吹いている。


「あの、姉さん?」


 碧だから青でブルーってか? にしてもそれはないだろ。

 俺の冷たい目を前に姉さんは直ぐに訂正した。


「冗談よ……」


 それから気を取り直して口を開く。


「それなら、(あおい)とかはどう?」


 葵か……確かに俺の名前はアオイとも読めるからな。それで漢字違いの葵ってことだと思う。


「うん、それで大丈夫。さっきのブルーマンよりかは数万倍は良い」


「だから、アレは冗談だから……

 よしっ、それじゃ準備も整ったことだし、そろそろ行くよ葵!」


 姉さんは椅子に座っていた俺の手を取ると力強く引っ張った。


「ちょっ、姉さん!?、引っ張らないでって」


「碧、今日は本当にありがとね」


 こちらを見ることなく、小さな声で姉さんは呟いた。

 改めてお礼を言われてなんだか照れ臭かった俺は素直に受け取ることなく「無事に終わってから感謝してくれ」というので精一杯だった。


 こうして俺は今日をもって葵と名乗ることとなった。

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