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斗真と東雲の仲直りが成立してから一月ほどの時間が流れる。
あの日から斗真は東雲に少しずつ喋りかけるようになっていた。そして、その努力もあったからこそ、二人は今ではそれなりの会話が出来るまでになっていた。
もともと仲が良かったこともあって、修復するのもなかなか早そうで何よりだ。
俺はそんなことに少しだけ寂しさを覚えながらも遠くから見守っていた。
それに最近は二人の間に入るのもどうかとも考えていて、昼休み以外は東雲とは微妙に距離を置いている。
もし、このまま順調にいくとするなら、昼休みも一緒に食べる機会がなくなってしまうことだろう。
東雲はいい笑顔で斗真と盛り上がっている。
そして対する斗真の方も、大きな悩みの種がある程度なくなったが為に、顔色がかなり良くなっていた。
あの時のことは、今でもよく感謝されている。
そんな順調かと思える東雲の人間関係だったが、まだ完全に元通りとまではいかなかった。
斗真とは楽しく話す反面、他の生徒達はまだ少し抵抗があるようで、彼女とははずんだ会話をしている姿を殆ど見かけていない。
しかし、東雲は今出来ることはちゃんとやっていると俺は思っている。
既に迷惑をかけたクラスメイト達にも頭を下げて、謝り終えているのだ。
それでも、米谷さんを含めた一部の生徒達は東雲と仲良さげに話す斗真を見て複雑な表情をしていたり、怒りがまだ収まらない様子のクラスメイトの姿がよく見られた。
そこには東雲と良く一緒にいた赤井 志保も居て、まだまだ修復までの道のりは長いものだと感じさせられる。
信頼は積み上げるのには時間が掛かるが、壊れるのは一瞬であると誰かが言っていたが、まさしくその通りだと思った。
ああ、それにしても今日はやけにクラスメイト達の会話が気になる……
そして、その理由は明白だった。
「ねぇねぇ、見たでしょ!」
「うん、見た見た。今までのもサイコーに好きだったけど今回のはマジでヤバいわ」
「だよね!、私今までのRoeleの曲の中で一番好きかも!」
クラスの女子達がキャッキャと騒いでいる。
そう、実は昨日の夕方に俺がMVに出演した音葉の新曲『start Line』が公表されたのだった。
若者に人気のRoeleが新曲を出して話題にならないはずがないとは思っていたのだが、早速そんな会話が聞こえてくる。
うんうん、分かるぞ。
今回の音葉の曲、マジで良いもんな。
俺はミュージックビデオは怖くて殆ど見てないけど、歌は配信から何度も聴いていた。
既に10回ぐらいはリピートしたものだ。
やっぱり音葉の透き通るような声が堪んないだよなぁ、それに今回の曲はなんていうか、彼女の想いが強く込められているように感じる。
実際に音葉本人にも、またここから一から始める、そんな強い気持ちがあったのだと思う。
そして、そんな音葉の人気は男女関係なくあった。
「てか、マジでRoele可愛くね?
こんな美女が世の中にいるもんなのか?」
「いやいや、どうせ肌の加工とか多少なりとも入ってんだろ」
そう言う目の腐った男子達には是非とも実物を見て頂きたい。
音葉は加工なんてする必要がないことぐらい、すぐに分かることだろう。
それから、コンマ1秒の早さで骨抜きにされると思うぞ。
そんなことを考えていると今度は思わぬ方向へと話題が転がり始めた。
「それにしても、このMVの男なんかイケすかねぇよな」
イケすかなくて、すみません、俺なんです……
心の中ですぐに謝った。
「ああ、ホントだぜ。ちょっとカッコいいからって調子に乗ってる気がする。これなら俺たちだって出れるよな?」
散々な言われようだな……でも、皮肉とはいえカッコいいと言われたのは素直に嬉しいもんだ。
人生で嬉しかったことトップ10には食い込んでくるだろう。
「余裕余裕、んでそれでRoeleと仲良くなって連絡先交換してもらうってわけだ」
「はぁ!?、アンタ達みたいのが出れる訳ないでしょ。鏡見て出直してきなよ」
しかし、ケタケタと笑いながらキモい妄想をしている野郎どもに突っかかったのは、クラスでいつも小藤のグループにいる、陽キャラな女子達だった。
「ホントにそう、お前らみたいなブサイクが20人集まっても勝てないっての。
にしてもこの俳優?知らない人だけどちょータイプだわ。今の彼氏と別れて付き合ってみたいかも」
ふぁっ!?
いや、落ち着け……思い上がるなよ俺。分かってるとは思うけど、これは町丘さんのメイク技術のおかげだから。
でも、俺が自分で見てもそれなりにカッコいいと思えたんだ。
なら、そう思ってくれる人が数人いても可笑しくはないはず……
俺はそんなことを自分に言い聞かせながらもドキドキしていた。
男たるものメイクの力とはいえ、女子からタイプだなんて言われると、嬉しくないわけがない。
それにしても、かなりキツイ言葉を使うもんだよな。
「クソっ、誰がブサイクだって!?
お前らだって、Roeleと見比べたらゴキブリ以下じゃねーか」
「あのね、さっき自分達で加工がどうだのこうだのと言っておきながら、流石にその返しはないんじゃない?
まぁ、確かに私たちよりも可愛いのは認めるけど……」
こんなの反則だし……と彼女達は口を揃えたのだった。
それからも、俺はいつもより耳を澄ませてクラスメイトたちの会話を聞いていたのだが、今回の新曲はかなり好評価を得ているようだった。
歌だけでなく音葉の容姿、ミュージックビデオが良かったなど、それぞれが様々な想いを口にしていた。
いや、ホントに良かった……
俺のせいで音葉の歌が売れなかったなんてことになったら笑えないからな。
そして、そんな中、意外にも女子たちを中心に大きな話題となったのは俺のことでだった。
「ねぇ、このミュージックビデオの男性って誰か知ってる?」
「いや、分かんない。でも、ここまでイケメンなら一度見るだけでも忘れることはないと思うんだけどなぁ。
テレビとかでも見たことないはず……」
「確かに沙耶のイケメン記憶能力はずば抜けてるしね。それだけだけど」
「ちょっとネットで調べて見たんだけど情報が全く出回ってないんだって。
私たちと同じように調べてみたって人は結構いたみたいなんだけど、誰一人有力な情報が手に入らないって嘆いてる」
「えっ、そうなんだ。久しぶりに追っかけとかしたいって思えるレベルだったんだけど……残念」
そんな有難い言葉ばかり聞こえてくるので、本気で思わず調子に乗せられそうになってしまう。
皆んなその人物が俺だって知ったらどうするんだろ……
俺は嬉しい気持ちの反面、そんなことに大きな恐怖も抱いていた。




