私の○○ 〜side 音葉
私はダメな人間なんだ……
「音ちゃん、それは違いますよ!」
「えっ?」
下を向きかけていた私に、歌織さんは確かな口調でそう言った。
「別に音ちゃんの性格が悪いなんてことはありません!至って普通の感情です」
歌織さんはそう言ってくれるけど、こればかりは納得がいかない。恐らくは私のことを気遣ってのことなんだと思う。
「歌織さん、ありがとうございます。でも、流石の私でもこれは最低な感情だったってことくらい分かりますから」
そんなこと小学生にだって分かる。
「だから、違うってば!」
下から急に手が伸びてきたかと思うと、中指でおでこを強く弾かれた。
「痛っ!?、歌織さん何するんですか?」
「あのね、音ちゃん。私は最初にアドバイスって言ったよね、聴いてたよね?、ちゃんと聞、い、て、た、よね?」
アドバイスだと言っておきながら、音ちゃんのこと責めるだけみたいなことあると思いますか?
歌織さんはそんなことを言ってきた。
「はい、だから聞いてたからこそ、反省してるんじゃないですか。これ以上は愚かなことはしないようにって!」
「いや、その考えがズレてるんですって……」
「私の考えがズレてる?」
「その通りです、だって音ちゃんの持つ感情は人として普通のものですから。
簡単に言うと嫉妬してるだけなんです。そうですね……今までの人生の中で、自分が欲しかったものを他人がもっていたりとかして、ズルいって思ったことないですか?」
私はそう言われて自分の過去の記憶の中を探った。
私の欲しかったもの……
そういえば碧と出会う前の私はどうだったけ?
ずっと自分のカラに籠もってしまっていたあの時、私は他人の姿を見てどう感じていた?
……ああ、見つけた。
確かあれは楽曲制作に悩んで気分転換に外に出かけていた時のことだったと思う。私と同年代くらいの子達が楽しそうに笑いながら公園でサッカーをしてるところに遭遇した。
私にはそんな彼らがうらやましかった。
だってあんな迷いも何一つ感じさせない顔で無邪気に走りまわれるなんて、そんなのズルいって思った。
私はこんなにも辛いのに……
そう、私は彼らのような自由が欲しかった。だから、どうして自分はあの立場にいられないのだろうって、そんなことばかりを考えていた。
「ありました……」
「何を思い浮かべたかは分からないですけど、音ちゃんが悩んでるのは、それと殆ど変わらないことなんです。
音ちゃんは、碧君に自分だけを見て欲しかった。それなのに碧君が他の人ばかり見てるから嫉妬してたんですよ。
ちなみにですけど、そんな嫉妬ぐらい私にだって日常茶飯時あります。
例えば、私は身長が150センチしかありません。ですが音ちゃんはどうですか?」
「160センチあります」
「……正直ズルいです、だから私はそんな音ちゃんを見て毎日こんな風に小さな嫉妬をしてるんです。後、8センチ有れば平均ぐらいにはなりますから、分けて欲しいって常々思ってます」
歌織さんは私の顔を見てニコリと笑った。
「それを聞いて、私が性格悪いって思いました?」
「……思わないです、でも少し違うくないですか?」
「何も違いません、些細なことから大きなことまで嫉妬は嫉妬ですから。
まぁ、確かに強すぎる嫉妬は時と場合によってトラブルを招きかねませんし、あまり良いことではないです。私もそれが原因で過去になんども友達と喧嘩したこともありますよ。
でも、私から言わせてみれば、それが人間なんです」
「私は碧と喋っていた東雲さん達に嫉妬していた。でもそれは人として当然のこと……なんですよね?」
私は自分の状況を理解する為に、言葉にしながら頭の中を整理していく。
グジャグジャに散らばった感情という名の本が、少し、また少しと心の本棚の中に並べられていく。
「はい、それはもう当然です。だって音ちゃんはそれくらい碧君のことを想ってたってことですから」
「お、想ってた!?」
歌織さんの余計な一言のせいで顔が熱くなり始める。
「だから、音ちゃんはそのまま嫉妬し続けちゃって下さい。
嫉妬をするだけなら誰にも迷惑はかからないですし、音ちゃんの行動力の源にもなります。
……はい!、じゃあ私からの話はここまで!
ここで音ちゃんに最後の確認をしようと思います。
音ちゃん、貴方は今、碧君のことをどう思ってますか?」
「……歌織さん、それは性格悪いですよね」
「まぁまぁ、私はちゃんと音ちゃんの口から聞きたいんです」
楽しそうに笑う歌織さんが少し憎く感じる。でも、総合的に感謝の気持ちの方が強いことが、また腹立たしい。
「断っていいですか?」
「ダメです、ここまでの授業料が未払いのままですから、報酬を下さい」
ここまでくると流石に私でも気づいていた。
今まではそんな経験をがなかったからフワフワとしていてなかなか答えは出てこなかった。
でも、今、私がこれまでに彼に抱いてきた感情がなんなのかハッキリとしている。
「はぁ……」
私は大きなため息をついた。歌織さんは期待の眼差しで私のことを捉えて離さない。
「ホントに一度しか言いませんからね」
「はい、それで構いません」
確かに言質はとった。
それから私は呼吸を整えると大きく息を吸い込んだ。
「私は碧のことが——」…
そこまで言った時に、歌織さんの耳を素早く両手で塞いだ。
—— 大好きです ——
「終わりましたよ」
今度は彼女の耳からゆっくりと手をどける。
「えっ……ちょっと、それはズルいですって!
私、全く聞こえませんでしたよ。今のは絶対にナシですからね!ノーカンですノーカン!
もう一回お願いします」
「それは無理ですよ、私は一度しか言わないって言いましたから」
「ダメですって、早く早く!」
歌織さんが騒いでいるがそんなの無視である。
私は確かにそれを言葉にして出した。しかし実際は物凄く小さな声で言っただけだ。だから、きっと歌織さんには全く聞こえてない。
でも、そんな小さな声でも自分の中にあった名前のない気持ちに答えを出すことは容易だった。
これは私にとって初めての『恋』なのだ!
私は碧に恋をしている、そう気付いた途端、今までのもどかしい気持ちが全て吹き飛んでしまっていた。




