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遭遇者 〜side 雪


 ああ、食事断れば良かったな。


 私は今、心の中で酷く後悔していた。


 玲奈さんの誘いとあって来てみたのだが、何というか一言では言い表せない状況になっている。


 あーあ、玲奈さんと彼と私の3人ならもっと乗り気になれたのになぁ……

 私は今、あたふたとしている一人の男のことを見つめていた。


 律真 碧、私がクラスの人たちから声をかけられてるところを憐れむように見ていた男子生徒だ。


 その時から頭の片隅の方で彼の名前は覚えていた。しかし、今は少し状況が異なっている。

 何せ、驚いたことにこの男はあの玲奈さんの弟だったのだ。


 最初は冗談でしょ!?、と思った。

 いや、なんなら今もまだ思ってる部分がある。


 でも、あの日の玲奈さんとの会話で、玲奈さんがこの彼のことを本当に大切に思ってることは凄く伝わってきたし、蔑ろになんて出来るはずがない。


 そんなこともあって、私も玲奈さんの後輩として彼と一度、喋ってみようと考えていた。

 まぁ、もしかしたらこの男との会話を機に玲奈さんにもっとお近づきになれるんじゃないか、みたいな下心がなかったとは言えないのだが……


 結局、それは叶いそうにないんだけどね。


「はぁ……」


 私はもう一度、深くため息をついた。


「天音さん、大丈夫か?」


「えっ、大丈夫だけど、どうかした?」


 いつの間にか、場所を移動していた彼が私と歌織さんの間に入ってくる。


「それなら良かったんだけど、少し気になってな」


 他の人たちが別の会話で盛り上がってるところで、その会話の合間を見て、気遣って私に声をかけてくれた彼はやはり玲奈さんの弟なんだなと感じていた。


 今は会話で忙しそうな玲奈さんが、普段からよくしてくれていることだったからだ。

 多分だけど彼が今、声をかけてこなかった場合には今回も玲奈さんが声をかけてくれていたと思う。


「ほんとゴメンな。俺の知り合いが急に入ってきたりして、結構気まずかっただろ?」


「まぁ、否定はしないけど、別に貴方のせいじゃないでしょ。それより話には戻らなくて大丈夫なの?」


「そう言ってもらえると助かる。

 あとそっちの方は大丈夫だ。というより、俺もちょっと理由があって逃げて来たんだよ」


 そう言う彼の視線は音葉という少女と同じクラスの東雲さんを捉えていた。

 そんな二人はいつからかバチバチと目線で火花を散らしている。それでいて、玲奈さんの振った話にはちゃんと答えるものだから随分と器用なもんだと思う。


 なるほどね、女の修羅場ってわけか……

 

「そもそも貴方、東雲さんと付き合ってたんじゃないの?」


 私は率直な疑問を彼に投げかけた。


「いやいや、そんな訳ないって、だって東雲が好きなのは斗真だぞ」


 そんな彼の表情は嘘をついているようには見えなかった。

 屋上での様子を見る限り、付き合ってると思っていたんだけど、どうやらそれは私の勘違いだったようだ。


 でも、未だに阿契君のことが好きと言う部分には少し疑問が残った。

 だってどう見ても彼女、貴方に恋してるでしょ。


 それにしても東雲さんはともかく、あんな美女にまで惚れられてるって……彼、もしかしたら天然のタラシなのかしら?


 それでいてそのことに気付いていない鈍感野郎でもある。


 見た目はどう見てもモテる感じでないことは確かだと思う。

 けど、玲奈さんと同じ血筋を持っていて、平凡以下だなんてあり得るのだろうか?


 私はそんな彼の素顔が少しだけ気になった。


「なんとなく状況は分かったわ。心配してくれてありがとう。それで少し気になったんだけど、貴方って普段私のことどう思ってるの?」


 正直、ここで話を切り上げても良かったのだが、もともと会話するつもりだったこともあって私から質問してみた。


「どうって……いろいろ大変そうだなとは思ってる」


「なにそれ、曖昧な返答ね」


「じゃあ逆に天音さんは俺のことどう思ってるわけ?」


「私?」


 そう聞かれると想定していなかったため、思わず聞き返してしまった。

 彼は小さく頷く。


「んー、なんていうか、影が薄い印象かな。ごめん、あんまりイメージないかも」


「ひでぇな。けど、正直で何よりなことだ……」


「でも、安心して今日でなんとなくは掴めたから。それに玲奈さんの弟だしね」


「絶対、後の理由の方が本音だろ」


「アハっ、バレちゃった。でも意外と話せる人だとも思ったわよ」


「そりゃどうも」


 嬉しくなさそうに感謝されてしまったが、今私が言ったことは紛れもなく本音だった。

 なんていうか話していても、あんまり不快な気持ちにならなかったのだ。

 こういう人は結構珍しい。私に喋りかけてくる殆どの男子は必ず心のどこかに下心を含ませているものだ。


 そして、普段教室で向けられていた視線からも感じていたことなのだが、彼にはそれが一切ない。

 今回も純粋に私を気遣ってのことだったんだと思う。


 学校では一人が楽だと思っていたが、こういう喋り相手なら別にいてもいいかもしれない。

 私は無意識のうちにそんなことを考え始めていた。

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