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私にとっての彼 〜side 風花


 最近の私は不思議とよく笑っている。


 小藤との一件がクラスメイト達にバレたあの日からプラスの感情は全て濁流に流されてしまい、マイナスの感情だけが心の中に残り続けていた。


 そんな不の感情は容赦なく私を押し潰しにくる。


 でも、私はここで負けるわけにはいかない。

 だって、これ以上斗真に迷惑はかけられないから……


 時には私にしか分からないような、陰湿な嫌がらせも受けたりしたけど、私はその全てを受け入れた。

 それは、今までの自分がしてきたことを考えると、受けて当然の報いなのだから。


 私は罰を受けている最中だ。


 その終わりがいつ来るのかは分からない。それでも耐えて耐えて耐えて耐え抜く必要がある。


 でも、やっぱり苦しい。


 一瞬にして、私の立場がなくなったあの日、信頼、友情、愛情の全てを失ったあの日。

 自分で忘れないようにと、これからは向き合っていくんだと覚悟していても、実際にはかなりキツかった。


 心が折れそうになる、食事が喉を通らない日もあった。


 ああ、私はいつまで闘い続けたらいいんだろうか……


 

 そんな日常に光を与えてくれたのは、皮肉なことにまたしてもアイツだった。


 私がした最低な行いに対して、ちゃんと向き合うように言ってくれた彼……小藤とのことが広まる元凶となった彼。


 当時は本当に憎んだ。

 でも、今、私が孤独感に耐えきれず潰れていないのは全部彼のおかげであることは明白だった。


 体育祭の練習を一緒にしてかつてない達成感を味わい、カラオケに行って暗い気持ちを消し飛ばずくらい笑った。


 彼と会話をしてる時や、彼のことを考えてる間は辛いことを思い出すことなく心の底から楽しめる時間だった。


 まさか、クラスの中心にいた私が、彼のような陰の薄い人間とこれほど関わることになるなんて想像出来るはずもない。

 

 しかし、今では私にとっての彼は、なくてはならない存在へとなりつつある。

 というか、もうなってしまってるのだと思う。


 ホントに私は随分と変わったものだ……


 そんな私は今日、頼んでいた新しい教科書が届いたとのことで先生から呼び出しを受けていた。


 だから用事としてはそれを取りに行くだけで、直ぐに終わるのだが、律真には見られたくなかった。

 彼には国語の教科書をなくしたとは伝えたが、実際には他の教科の物も幾つかなくなっていて……

 まぁ、そんな感じだ。


 国語に関しては音読させられる可能性があったからコピーをとらせてもらったが、他の教科は割と見つからない。

 別の教科書を開いてたらそれで、なんとか誤魔化せるのだから。


 でも、流石にずっと手元にないのはいろいろと困る。


 そんなこともあって、今回は先生から呼ばれた理由を説明せずに、彼に待機してもらっていた。

 

 にしても図書室って……律真、本とか読むのかな?


 今までに教室にいる彼が本を読んでいるところを見たことがなかった。

 多分だけどアイツの気まぐれだな……


 静かなとことか好きそうだし。


 それから、私は浅野先生から教科書を受け取ると、適当に鞄に詰め込み始める。


「東雲。あまり面倒ごとは起こしてくれるなよ」そんな小言を言われてかなりイラッときてしまったが、相手は一応先生……なんとか堪える。


 なんて言うか、彼にふざけたことを言われてイラっとさせられるのとは違って、浅野先生の言葉は本心から腹が立った。


 私、やっぱり、アイツと話すの嫌じゃなかったんだ。


 そんなことを改めて感じさせられる。


 そして、教科書を鞄に入れ終わると、私は彼の待つ図書室へと足を運んだ。


 うわっ、なにげ図書室見るの始めてかも!

 まさか、ここの扉を開ける日が来るとはね……

 昔の私じゃ考えられなかったことだ。


 入口の扉に手をかけて力を入れようとした時、彼の声が聞こえてきて、なんとなく手を止めた。


「急になんのようだ?」


 ん、誰かと喋ってる?


 どうやら、彼は入り口付近にいるようで、声が中から聞こえてくる。


「いや、用ってかさ、お前のクラスの東雲ヤバイらしいじゃん」


 私の名前が出てきてドキリとさせられた。

 どうして私の名前が?


 いったんドアから手を離して私は耳を澄ませた。


「まぁ、そうだな」

 

 誰か分からない人の声の後に、彼の声が聞こえてくる。

 やはり私のことで会話をしてるようだった。


「あんだけ阿契のやつのこと好きって言ってたくせに、やっぱビッチはビッチだよなぁ。そんなのあの見た目からして確定してたし、ホント笑えるわ」


 あっ、……

 貶されていることは分かったが、自分がしたことを思うと強く否定は出来なかった。

 それどころか、重く冷たい現実を突きつけられたようで、心が苦しくなる。

 斗真……


 話してる内容からして、一年の頃に同じクラスだった誰かなのだろうか?


「アイツ俺たちのこと馬鹿にしてたくせに、ザマァ見ろってんだ。それで実際はどうなんだ?

 フハハッ、あの東雲が地べたを這う姿を思い浮かべただけで笑えるぜ」


 律真も私のことそういう風に思ってるのかな……

 だったら凄く悲しい。


 でも、そう思われて当然だよね。

 そんな時、彼の声が聞こえてくる。


「本当に不快だな……」


 えっ、今なんて言ったの?

 少し小さ過ぎて聞こえなかった。


「ん、なんか言ったか?」


 それは会話している相手も同じようで、彼に聞き返していた。


「いや、別に……

 そうだな、確かに今のクラスでの東雲の立ち位置は決していいものじゃない」


「なんだよその面白味のない言い方は?」


「でも、少なくとも俺は今の東雲の方がずっと良いと思ってる」


 えっ……


「はっ!?……お前何言ってんだ、あっそうか、地に落ちた姿の方が良いってんだよな。いやぁ、分かるぜその気持ち」


 彼と喋っていた誰かは別の意味で捉えたみたいだったが、わたしには分かった。

 彼は今の私の在り方を肯定してくれているのだと……


 そう思うと、胸が嬉しさで満たされた。


「ホント、変なやつ……」


 しかし次の瞬間、彼の心底冷え切った言葉が聴こえてくる。


「お前ほんと醜いよな」


「えっ?」


 それは私のことを笑っていた相手に対して放った言葉ということはすぐに理解できた。

 私の為に怒ってくれてるのだということも……


 ブワッと溢れてきた涙が数滴地面を濡らした。私はすぐに自分の顔を拭った。


 私の為に怒ってくれることはホントに嬉しい、でも……それ以上は彼に言わせる必要はない。


 そう思った私は図書室のドアを強く開けた。


「よっ、待たせたな律真、思ったより用事が早く終わったわ!」


 想像以上に大きな声が出た。

 身体に力が入り過ぎていたようだった。


 でもそうでもしないと、再び泣いてしまいそうで怖かった。


 ああ、好きだな……

 って、何思ってんのよ私。私が好きなのは斗真だって!


 今感じたこの気持ちはきっと病のようなもの。

 時間が経てば次第に治っていくに違いない……多分。

 

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