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人は成長する生き物


 放課後になると、体育祭の練習の為に俺は東雲の元を訪れた。


「ちょい、律真ゴメン。先生から呼び出しくらってるから、それが終わるまでどっかで時間潰しといてくんない」


 両手を合わせながら軽くそう言われたが、お前……一体何をしでかした?

 もしかして、人でも殴ったのか。


 残念ながらおおいにあり得た。だって俺も被害者だし。


「分かった、だったら図書室にでも行ってる」


「おけ……分かった。んじゃ後で図書室で合流な」


 それだけ俺に伝えると東雲は慌ただしく教室から姿を消した。

 

 だから、ホントになにしたんだよ……


 それから図書室に向かうのだったが、実は図書室の利用は今日が初めてだった。


 時間を潰せる場所を考えた結果、最初に浮かび上がってきたのが図書室だっただけで特に理由はなかった。

 もちろん純粋に本に興味があるわけではなく、ただ単に時間を潰すことが目的だ。

 それに図書室とか静かで良さそうだろ?

 

 まぁ正直、放課後の教室になら残って待ってても良かったかもしれないが、残念ながら今からは掃除の時間になっている。


 その為、教室が選択肢から外れた今、俺のイメージ的に図書室が最適なのだ。

 図書室の利用時間は主に昼休みとなっているが、別に放課後も18時ぐらいまでは空いていると、一年の頃にクラスの誰かが言っていた。


 だから多分、鍵自体は空いてるはず……


 それから、数分ほど歩いて別館にある図書室に到着すると、既に部屋の中から灯りが漏れていた。


 先客がいるのか、18時までは電気をつけておく決まりなのかは分からないが、ひとまず足を踏み入れてみることにする。


 すると、中には2、3人程の生徒がまばらに椅子に座って静かに本を読んでいた。


 意外と誰かはいるもんなんだな。

 

 失礼ながら全く人気がないとばかり考えていた俺はそんな感想を抱いた。

 

 あれ、そこにいる男子……

 俺は入口近くで本を読んでいた男子生徒に見覚えがあった。

 確か一年の頃に同じクラスだった……そう、名前は矢吹(やぶき)だったはずだ。


 クラス内での立ち位置は俺と似た感じで、眼鏡をかけている男子生徒だ。

 彼がクラス内で話してたことは余り見たことがない。それくらい静かな存在だったと思う。

 

 いつも本ばかり読んでいたイメージだが、本好きは今もなお健在のようだ。


「もしかして、お前律真か?」


 もちろん声を掛ける仲でもなかったので彼の目の前をそのまま通り抜けようと思っていたのだが、向こうのほうが俺に気づいた。


 驚いたな名前を覚えていたのか。


「ああ、久しぶりだな矢吹」


 あまり会話をするつもりはなかったが、声をかけられた以上無視をするわけにもいかなくなった。


「お前、本になんて興味あったっけ?」


「いや、ちょっとした時間潰しだな」


「まぁ、それはいいとして、ちょっとこっち来いよ」


 矢吹はニヤニヤとしながら机を軽く叩いて自分の正面の席に座れと命令してくる。

 

 笑って会話したこともないし、もちろん殆ど喋ったこともない。それなのに妙に距離感の近いこの対応……なんていうか、不気味だな。


 俺は仕方なく指示された通りの席に腰を下ろした。


「急になんのようだ?」


 すると、矢吹は顔をグッと近づけてきて、俺にだけ聞こえる声で楽しそうに囁いた。


「いや、用ってかさ、お前のクラスの東雲ヤバイらしいじゃん」


 東雲の話題か……

 ある程度予想はしていたが他クラスにも伝わっているのか。


「まぁ、そうだな」


 大変だったことは間違いないので、俺はひとまず頷いておく。

 それにしても、矢吹の話の行き先が分からない。


「あんだけ阿契のやつのこと好きって言ってたくせに、やっぱビッチはビッチだよなぁ。そんなのあの見た目からして確定してたし、ホント笑えるわ」


 ああ、そういうことか……

 俺にはコイツが声を掛けてきた理由がなんとなく分かったきがした。


 ちなみに一年の頃、俺と矢吹、そして斗真と東雲は同じクラスだった。斗真と東雲はもちろんクラスの中心人物、そして俺と矢吹は揃って陰のような存在だった。

 俺はもちろん東雲の存在は知っていたが、全くと言っていいほど関わりはなかった。お互いに興味関心が一切なかった為、名前だけ知ってる、そんな状態だ。


 東雲に関しては俺の名前は覚えてなさそうだったけど……


 つまり、矢吹がこうやって俺に話しかけてきたのは少なからず俺に対して親近感を感じていたからなのだろう。


 それにしても……不快だな。


「アイツ俺のこと馬鹿にしてたくせに、ザマァ見ろってんだ。それで実際はどうなんだ?

 フハハッ、あの東雲が地べたを這う姿を思い浮かべただけで笑えるぜ」


「本当に不快だな……」


「ん、なんか言ったか?」


「いや、別に……

 そうだな、確かに今のクラスでの東雲の立ち位置は決していいものじゃない」


「なんだよその面白味のない言い方は?」


「でも、少なくとも俺は今の東雲の方がずっと良いと思ってる」


「はっ!?……お前何言ってんだ、あっそうか、地に落ちた姿の方が良いってんだよな。いやぁ、分かるぜその気持ち」


 俺の言葉に矢吹は一瞬言葉を失ってしまったが、すぐに別の解釈をするとケラケラと笑った。


 俺はその強引な受け取り方に更に苛立ちを覚えた。

 だからと言って否定するつもりはない。俺も2年になって、今こうやって東雲と関わってるからこそ、腹立たしいのであって、昔の俺ならきっとそのことに興味すらなかったはずだ。


 だから、矢吹のことをとやかく言う資格は俺にはないと感じていた。

 でも、そんな気持ちに相反して俺の口は勝手に開く。


「お前ほんと醜いよな」


「えっ?」


 今度は確実に聴こえていたようで、矢吹は固まった。


 そんな時、図書室のドアが強引に開けられる。


「よっ、待たせたな律真、思ったより用事が早く終わったわ!」


 東雲は俺を見て親指を立てた。


「おっ、それは良かった。こっちもどうしようか困ってたとこだった」


「東雲だと、嘘だろ……」


 矢吹は口をあんぐりと開けて驚いていた。


 俺は静かに席を立つと東雲のいる図書室の扉の方へと向かう。

「東雲、仮にもここは図書室だ。入ってくる時はもっと静かに来い」


「うっ、悪かったっての。

 ……ん?、もしかして誰かと話してた?」


「いや、特に話してない」


「そっか……」


「ん、なんか言ったか?」


「ううん、なんでもないし。それじゃ行くぞ」


 俺は自分のことが余り好きではなかった。

 でも、今日の矢吹を見てこうも感じていた。俺も成長していたんだと。


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