雪崩に敗北
「おーい、律真メシ行くぞ」
昼休み開始直後、疲れの溜まり切った俺は机の上に突っ伏していた。
そこに少し周りの様子を伺いながら声をかけて来たのは東雲 風花だった。
「いや、何でお前がしきってんの?」
「ハッ、なんか文句あんの?」
東雲はキッと目を細くして威嚇してくる。
お願いだからそんな獣のような目で俺の方を見るなって、こっちは弱肉強食の世界にいる最下層の生き物なんだぞ。
「……特にないな。さっ、気を取り直して屋上にでも行こうか」
俺たちが屋上に着くと、既にこの前と同じ位置に天音の姿が見えた。
「ゲッ、天音さん今日もいるじゃん」
彼女も屋上が好きになってしまったわけか。
それなら自由に使ってよし!
「まぁ、別に何か害がある訳じゃないんだし、いいだろ」
「違うくて、この前のアレがあった状況でまた集まってたら私たちのこと本当のカップルだと思われるじゃん」
「思われたら何か不都合でもあるのか?」
いや、大有りだな……斗真に勘違いでもされたら東雲にとっては死活問題だろう。
「だから、そういうことじゃないんだってば……
アンタ絶対分かってて言ってるでしょ、マジで殴られたいの?」
東雲は右手をグッと握って少し後ろに引き始めた。
おい、やめろや、それ絶対痛いやつだから。
構え方からしても過去に人を殴ったことあるだろコイツ……
「……いや、ありがたく遠慮させてもらうよ」
東雲はやれやれと言わんばかりの表情で首を横に振った。
「ふぅ、もういいや。律真はこんなもんだしな」
「そうだな、俺はいつもこんなもんだ。いい加減慣れろよ」
寧ろ慣れてもらわないと困 ——「グヘッ!」——
見事に東雲の右ストレートが脇腹に炸裂した。
「あっ、ゴメンなんか、ムカついたからつい……」
うぇぇ、マジで痛え。
俺の内臓大丈夫かな……、一瞬ガチで息が止まったぞおい。拳にメリケンサックでも付けてるのかと勘違いしそうになった。
「もしかして、泣いてる?」
「泣いてねぇし」
少し涙目にはなってるかもだけど……
「ちょっと強くやり過ぎたかな、と思ったんだけど良かった」
東雲はホッと胸を撫で下ろした。
いや、何が?
全然良くねぇよ。思っていながらも、もちろん口には出さない。
「あっ、そうだ。ついでに前から気になってたんだけど、そんなに前髪とか伸ばして周りとか見にくくないわけ?」
東雲は俺の顔を見ながら急に話題を変えてきた。
そこで俺は少し考えてから口を開く。
「んー、確かに少し見にくいけど、慣れたら逆に前髪ないと落ち着かないもんだぞ。
昨日、久しぶりに前髪上げて改めて実感したところだ」
「えっ、上げることあんの!?
めっちゃ気になる、せっかくだし私に顔見せてよ」
そう言って東雲は俺の方は手を伸ばしてきた。
不味いっ!
俺はほぼ反射的に自らの体を晒した。すると、彼女の手は俺の髪を僅かにかすめて通り過ぎていった。
「なんで避けんのよ!?」
「いや、だって恥ずかしいだろ」
なんたって、町丘さんがまともに直視できなかった容姿なんだぞ。メイクしてたならまだしてもスッピンはダメだろ。
……あれ? メイクしてたら大丈夫ってなんか俺、少し乙女チックじゃね?
「そこは何とか我慢してよね。多少崩れてたって私は気にならないからさ」
いいえ、多少どころじゃなくて雪崩おこしとるんドス……
「それに『ギャルも歩けばイケメンにぶつかる』って言葉聞いたことあんだろ?
だから大丈夫だって」
なんだその変なことわざは!?大丈夫要素がどこにもない。
そもそも聞いたことがあるわけないし、意味としてもそれって単にギャルはイケメンが好きですよ〜ってことじゃねーのか?
「東雲、今回ばかりは無理だ諦めてくれ。
俺が自分の顔を受け入れられるようになった時に、見せると約束するからそれじゃダメか?」
俺は頭を下げて頼み込んだ。
すると、東雲は俺へと伸ばしていた手をゆっくりと下げた。
「そこまで嫌がられるなら無理強いはしないって、なんかゴメン。
でも、どんな顔でも馬鹿にしないし笑わない。それだけは約束しとく」
ふぅ、ホントに助かった。
どんな顔でも馬鹿にしない、か。そう言って貰えるとかなり嬉しいもんだな。やっぱり東雲は本当に良いやつだ。
だからこそ、今の状況を何とかしてやりたいと思ってしまう。




