二人にとってのアオハル
トイレから帰ってきた俺は、スタイリストの仲川さんにより着せ替え人形状態にされ、全てが終わった頃にはヘトヘトになっていた。
途中で鈴菜さんが止めに入ってきてくれなかったら、後何時間あの状態が続くのか分かったもんじゃない。
仲川さんの方は音葉との関わりが余りないみたいだが、もし、メイクの町丘さんと、この仲川さんが揃った場合はかなり大変なことになると思う。
今回、それを経験させて貰った俺が断言しよう……
「うわっ、碧君、ホントに見違えたわね。最早、普段の面影が全くないわよ。でも表情はもっと明るくしててちょーだい。少し疲れが見えてるわ。
まぁ、あの二人と関わった後だから、気持ちは分からないこともないんだけどね」
鈴菜さんは二人のことを思い浮かべたのか、苦笑した。
でも、腕前はピカイチなのよね、なんてことも言っていた為、ちゃんと実力を認めているのだ。
「はい、なるべく気をつけておきます」
「それじゃあ、次は少し廊下のところで待ってて貰っていいかしら?」
「分かりました」
俺は返事をしてから先程使っていたマスクと帽子を手に取ったのだが、どうしてか鈴菜さんに回収されてしまう。
「今回はこれは必要ないわ。
そのままで大丈夫だから、部屋の入り口付近に立ってて貰える?」
とりあえず了承して廊下に出たものの、本当にマスクと帽子はいらなかったのだろうか?
彼女がそういうなら間違いはないのだろうけど……
なんだか、最近は悩んでも分からないようなことが多い気がするな。
そんな風に思い耽ってると誰かがこちらへと近づいて来てることに気がついた。
すぐに顔をあげると、そこにいたのはいつもと同じくして綺麗な音葉だった。
最近は何度も見てる顔なのに、未だに見惚れてしまいそうになる。
音葉はこちらを凝視ししながら歩いてきていた。
「よっ、音葉。随分待たせちゃったみたいだな」
「ふぇっ!?」
俺がそうやって声を掛けると、音葉はかなり大きな声を出して驚愕の表情を浮かべる。
「ま、まさか……碧なの?」
そういえばそうだったな。今の俺は完全に別人みたいになっていて、一目見るだけじゃ誰だか分からない状態になっているんだった。
俺は一瞬、他人のふりをして彼女を揶揄うことも考えたのだが、本当に他人扱いされて通り過ぎて行かれるのはなんだか嫌だった為、その場で頷いた。
「う、嘘……
こんなの反則じゃん」
「メイクって凄いよな。マジで自分が誰だか分かんなくなっちゃいそうだわ」
俺は少しおどけて見せたのだが、音葉はマジマジとした表情でこちらを見つめている。
珍しいのは分かるがこれはこれで、少し恥ずかしいな。
ふぁっ!?
次の瞬間、温かいなにかが俺の頬に触れた。反射的に身をひきそうになるが、直ぐに身体の力を抜いた。
俺の頬に触れたもの、それは音葉の手だった。何かを確かめるように両手で包みこんできたのだ。
えっ、どう言う状況!?
それにどういうわけか彼女は少しとろけたような表情をしていた。ナニコレ可愛い……ってか、顔近っ!
頭でそのことを理解した途端、顔が急激に熱くなってきた。
「っお、音葉!?」
俺が彼女の名前を呼ぶと、ハッとした表情になって彼女は両手を離した。
それから、彼女はヨロヨロと後ろに距離をとると、手と首を大きく横に振った。
「あっ……これは違うの!、ホントに、その、なんていうか、とにかく違うから!」
なにが違うのかは、分からないが今はそんなことどうでも良かった。
とにかく顔が熱い。
対する音葉も顔を真っ赤にしていた。
流石の俺でも今の彼女の状態が羞恥心からくるものだと分かった。
ヤバイ、心臓の音がおかしい。このまま破裂してしまっても不思議じゃないくらいだ。
顔のほとぼりもなかなか冷めない。
くそっ、どうなってんだよ俺……
「あれ!?、音葉。もう来てたの。丁度良かったわ、今から呼びに行こうと思ってたのよね。
……二人ともなんかあった?」
そんな時、その場に鈴菜さんと町丘さんが現れた。
⌘ おまけ ⌘ 〜 side 藍
「町丘さん、もう少し詰めて」
「ちょっ、鈴菜さん!押さないで下さいっすよ」
碧君を廊下に待たせた後、アタシと鈴菜さんの二人は物陰に隠れてその様子を伺っていた。
理由は簡単、音葉ちゃんの驚く姿が見たかったのだ。
今はかなり表情豊かになった音葉ちゃんだが、少し前までは表情の変化がかなり乏しい子だった。
そんな彼女につけられたあだ名は《人形歌姫》。まるで作り物のように整備された容姿に、あまり自分の感情を表に出さないからということらしい。
少し可愛そうなあだ名だと感じたが、あの時は結構、的を射ているようにも思えた。
まっ最近の彼女は全然違うんだけどね!
にしてもあだ名か……もし、自分に付けるとするならインテリジェンス町丘とか、マスカレード藍、とかかな?
意味は特にない。今まで聞いたことのある、言葉から少しカッコ良さげなものをピックアップしただけだ。
「ウフフフフ」
「町丘さん、変な声が漏れてるわよ」
「あっ、気にしないで下さいっす」
アタシは意識をこっちに戻すと、音葉ちゃんの登場を待った。
ちなみに既に種はまいておいたので、後はそれが実るのを待つだけなのだ。
実は先程、音葉ちゃんには碧君の準備が終わったという情報を鈴菜さんの指示で流しておいた。
『そうすれば絶対に音葉は来るわ』
彼女は自信をもってそう言っていた。
そういえば、鈴菜さんもかなり変わってきている。昔はここまで音葉ちゃんに対して興味を持っていなかったはずだ。
仕事が忙しいからと顔を出す時は一瞬で、音葉ちゃんが可哀想だと思ったこともあった。
それなのに今では、こんなことで時間を費やしていると思うとなんだか笑えてくる。
それも全部、碧君のお陰なんだろうな。
「あっ、音葉が来たわ」
「ちょっ、だがら押さないで下さいっすよ」
それから食い入るようにその光景を眺める鈴菜さん。
すると、アタシたちの予想通り音葉ちゃんは大いに驚いた。
しかし、そこまでは良かったのだが、ここで予想外の展開になる。
音葉ちゃんが、音葉ちゃんが……メスの顔をして碧君の頬に手を添えたっす!!
鈴菜さんもそこまでは予想してなかったみたいで『ひゃっ』なんていう可愛らしい声をあげていた。
その後はキスをする……なんて展開には流石にならず、残念ながら二人は距離をとってしまった。
そして、どうやら互いに恋心を理解していないようで、気まずい雰囲気が流れ始めてしまった。
ああ、これぞアオハルだ。
なんだこの青春の1ページみたいな瞬間は?、それに二人とも美男美女なんでホント絵になるっすね。
「あの、お二人さん、流石にそろそろ間に入った方がいいと思うんですけど……」
アタシ達が夢中になって覗いていると、背後から声が掛かった。
「五十嵐さん!」
鈴菜さんが気まずそうな表情をした。
「あの状態になってしまった以上、放っておくのは得策じゃないかと思います」
「……それもそうね。分かったわ、町丘さん行きましょう」
鈴菜さんに急かされて、歩き始めたアタシだった訳だが、あの女、確か音葉ちゃんの新しいマネージャーだったはずだ。
このタイミングでの登場はいくらなんでも良すぎる。
そして一つの考えに辿り着いた。
なるほど、アタシたちと同類なわけだ……
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