ハイテンションメイクアップ
部屋の中に入ると20代後半くらいの派手な赤髪のお姉さんが椅子に座って待っていた。
「あ、あの、律真 碧です!今回は宜しくお願いします」
「んっ、君が噂の碧君?、ウチは普段、Roeleのメイクを担当させてもらってる町丘っす。まぁ、気軽に接してくれたらいいっすよ」
かなりフランクに挨拶をしてくれた町丘さんだったが、今さらりと気になるようなことを言ってのけた。
「えっ、俺って噂になってるんですか?」
「そりゃ、なるでしょ!まさか、あの人形歌姫と呼ばれる彼女のハートをデストロイした新生が現れたってね。
まっ噂って言ってもウチみたいに、彼女との関わりがある人ぐらいだけどね」
……ハートをデストロイ?、なんじゃそりゃ。
町丘さんがなにを言ってるのかはサッパリ分からなかったが、噂になってる範囲が狭そうで何よりだ。
「で、実際にはどのくらい進んでんの?」
赤髪の彼女はニタリとした下品な表情で、こちらの様子を伺ってきた。
「すみません、内容がイマイチ理解できてなくて、何のことか……」
「そかそか、今は秘密にしたいってか。
まっ、分かる、分かるぞ少年、やっぱアオハルだもんな!仕方ないから今回は見逃してあげちゃうよーん」
「……はい、なんか、ありがとうございます」
俺はいろいろと意味が分からず困惑していたのだが、とりあえずお礼を言っておいた。
町丘さんは、いいってことよっと、って笑って返してくれる。
多分だけど、悪い人ではないんだと思う。
ただ、キャラが濃すぎるよな……
まさか、音葉の周りにこんなパンチのある人がいたとは驚きだ。
「あの、俺……音葉に迷惑かけたくないんです。ですからこんな俺でも出来る限り良く見えるよう、協力してください」
「ひゅう、ひゅう、やっさしい!
こりゃ、私も気を抜いたらコロコロコロリだね。まぁ、見た目はともかく身長177センチぐらいはあるんじゃない?」
「はい、178センチあります!」
「それに足が長くて、正直スタイルはほぼペキカンね。モデルやってるって言われても信じちゃうくらい。
ってなわけで大丈夫び!世の中、意外と顔より重要なのは、スタイルと雰囲気だからね」
「そうなんですね……」
「そそ、碧君も見たことあるでしょ、顔は全然カッコよくないのに美女連れてる男性」
確かに見たことがあった。
でも、彼らを見た時、何故だか似合わないとは決して思わない。
つまり、俺も無意識のうちに高身長男子のだす雰囲気に魅了されてしまっていたということなのだろう。
「ってか、碧君がその立場じゃんじゃん丸のブーメラン!」
もう訳が分からん。ツッコむ気も起きないが……
まぁ、彼女が言いたかったのはスタイルさえ良ければいくらでも誤魔化しが効くということなのだろう。
「それなら、良かったです。では早速なんですが、宜しくお願いします」
町丘さんは俺をデカイ鏡が前に付いている椅子に座らせると、化粧品などのメイクに必要なものを持ってきた。
「ん、それじゃ、はっじめっるよー。うわっ今気づいたんだけど肌、ちょー綺麗……これならメイクはかなり薄めかな。
とにかくこの前髪は何とかしないとだね」
町丘さんはちょっと失礼と言ってから、俺の前髪をかきあげて髪留めで軽くとめた。
その瞬間、町丘さんが絶叫した。
「ひっ、ピギャアァァァァァァァアア!!」
「まっ、町丘さん!大丈夫ですか!?」
俺は慌てて後ろを振り返った。すると、そこには口をパクパクとさせて固まっている町丘さんがいた。
「あの、町丘さん?」
俺の顔面がそんなに衝撃的だったのだろうか……
もしかして、どうやっても救い用のないレベルとか?
「う、嘘、でしょ……何よ、この国宝級フェイスは」
コクホウキュウ? まぁ、町丘さんの言ってることは深く考えるだけ無駄だな。
個人的には全部右から左な聞き流してもいいと思ってる。
「あなたこれまで、どんな人生送ってきたのよ……
あっ、無理、ちょっ、前向いて話してくれる。……ああ、これはホントにコロコロコロリだわぁ」
おい、ひでぇな。まぁ、その扱いには良くも悪くも慣れてるから、余り気にはならないけど。
「どんなって……普通にとしか答えられませんね。どちらかと言うと日陰の人生を過ごして来ました」
「日陰って冗談でしょ、貴方は白夜よ白夜。
わかる? 沈まない太陽!あの南極の方のやつ!」
分かるけど、分からない。そのことには気づいてくれないのだろうか。
「とにかく、今日は音葉ちゃんの時ばりに本気出すわ。お願いだから喋りかけないでね」
騒いでたのは彼女の方な気がするのだが、取り敢えず了承しておく。
それから町丘さんの雰囲気がガラリと変わって作業が始まった。
彼女の表情は目の前の鏡で見えたが、やはりプロって感じの顔つきで、先程までの会話の時のような軽い感じは完全に消え去っていた。
凄い……これがプロってやつなんだな。




