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まさかのお誘い

 

 それから音葉に連れられた俺はとあるビルの上層部にある高級料理店に来ていた。


 いやぁ、絶景、絶景!


 と、もちろんそんな気軽な状態ではいられず、高級店が初めてだった俺は、緊張で固まってしまっていた。


 なんか最近、場違いなところに来ること多くないか?


 確かに高級料理店でと言ったのは俺だけど、まさか本当にそうなるとは思いもしなかった。

 だってあんなの半分おふざけで言ったことだし。


「私が知ってる中から選んでみたお店なんだけど、どうかな?」


「お、おう、凄く良い……」


 ただ、凄すぎて言葉が出てこない。


「音葉はこの店によく来るのか?」


「うーん、よくってほどじゃないけど、ちょくちょくは来てるよ。この店のオーナーさんがお母さんの知り合いでね、今日は貸し切りにして貰ったんだ」


 そこで俺はようやく納得がいった。

 店に入った時から、他のお客さんが見当たらなかったので不思議に思っていたのだ。


 にしてもここを貸し切りか……

 鈴菜さんどんだけすげぇんだよ。まぁ、あの有名なリミーの社長なんだから凄いのは明白だったんだけど。


 一緒に食事した時は、一般人と大して変わらない、悩める1人の母親という感じだった。

 だから、あまり実感がなかったのだが、よくよく考えると普通じゃあり得ないことだったんだよな。


「別に貸し切りとか無理しなくても良かったのに」


「まぁ、貸し切りにしたのはこっちの事情だからホント気にしないで」


 音葉の事情?

 やっぱり、身バレ防止とかなのか? でも、それなら今までのこともダメだったんじゃ!?


「はい、何でも頼んでいいわよ、今日は私の奢りだから」


 そう言って渡されたメニュー表を開くと、サイズの割に1ページに書かれている情報量が少なかった。

 そのお陰で一つ一つのメニューに目が留まる。


 何処を見たら良いか明確になってるから随分と見やすいな。

 にしても、どれも大層な名前だな。

 フォアグラにキャビアにトリュフ、テレビとかで見る高級料理達が並んで載せられている。


 なんかメニュー見てるだけで、手汗がヤバいんだが……

 どれも高そうだけど、せめて一番安いメニューにしておこう。


 そして、パラパラとめくっていくと俺はあることに気づいた。

 ない、ない、どこにもないじゃねーか!


「なぁ音葉、このメニュー表に載ってるものの料金が全て書かれていないんだが、どこを見ればいいんだ?」


「あ、やっぱり、碧なら気づくよね……

 実はこのメニュー表、私が頼んだ特注品で敢えて料金載せてもらってないのよ。

 碧なら自分の食べたいものより安さを優先しそうだったから」


「べ、別にそんなつもりはなかったぞ……」


「バレバレだからね」


 やっぱり、俺はかなり顔に出やすいタイプなのかもしれない。


「ふぅ……そーゆことなら今日は遠慮なくいかせてもらうぞ」


「了解!」


 それから俺は自分が食べたいと思った一つのコースを選択した。




「いやぁ、マジで美味かった。

 音葉、今日はホントにありがとな」


 黒毛和牛とか特に最高だった。なんだよアレ、めっちゃとろけるじゃねーか。


「うん、でも碧以上にありがとうって思ってるのは私の方なんだからね。

 お先真っ暗の人生から、こうやって明日を楽しみに出来るようになったのはぜんぶ碧のおかげなんだから!」


 音葉は俺を見てニカッとはにかんでくる。

 そんな彼女の表情ひとつで俺の心臓が強く脈打った。

 この笑顔を守れただけでも相当な価値がある。


「そんな大したことはしてないさ。

 俺は少しだけ手助けをしただけで、殆どは音葉が頑張った結果なんだから」


「もう、謙遜し過ぎだって、私がそう感じてるんだから碧は黙って感謝されてればいいの!

 それで、この後少し予定あるんだけど、碧の方は大丈夫?」


「ああ、もちろん」


 音葉に誘われた時点で予定を詰める気なんてさらさらなかった。そもそも予定が入る事じたい珍しいんだがな。


「ちなみに何をするつもりなんだ?」


「そうね、ある人をここに呼んでるから少しここで待って貰ってもいいかな?」


「別に構わないけど、ある人って?」


「ふふっ、そこは来てからのお楽しみだって」


 お楽しみね、いったいどんな人を呼んでるんだか……

 どっかのお偉いさんとかが、ポンポン出て来そうで少し怖い。


 それから10分くらい、音葉と喋って時間を潰していると、ついにその人物は現れた。


「音葉、お待たせ。碧君の方は久しぶりでいいのかな」


「鈴菜さん!? ……はいお久しぶりです」


 俺と音葉の前に現れたのはスーツ姿の鈴菜さんだった。仕事終わりなのだろうか?

 服装ひとつでオーラが前とはだいぶ違っている。


 鈴菜さんは音葉の隣に腰を降ろすとコーヒーを1杯注文した。


「音葉、碧君にはどこまで話してあるの?」


「いや、まだ何にも話してないわ」


「なるほどね、どうせ断られるかもとか考えて話出せなくなっちゃったんでしょ」


 すると音葉はこくりと頷いた。


 俺が断る? 何を?

 さっきから全く話についていけない。


「もう、仕方ないわね。だったら私の方から単刀直入に言うわ。

 碧君、今度発表予定のRoeleの新曲『start Line』、アナタそれのMVに出演してみない?」

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