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天音 雪の日常 その② 〜side 雪


 時刻は18時を過ぎた頃、今からお店が埋まり始めるタイミングだ。

 レイナさんが連れて来てくれたのは、割と昔ながらのお店だった。正直に言うと、もっとお洒落なお店とかをイメージしていたから少々驚かされた。


「もっと、お洒落なお店を期待してた?」


「えっ、あっ、そんなことないです!」


 レイナさんの心を読まれたかのような、質問に私はかなり動揺してしまった。

 もしかして、顔に出てたの!?


「別にいいって、そんなとこで気を使わなくて。

 ユキちゃんはこーゆー店あんまり来ない感じ?」


「そうですね、流行についていくためにも、結構新しめのとことか行ってみたりしてます」


 やはり、服装にも流行がある。モデルを目指す者としては、そういうのに敏感でなくちゃいけない。

 私はそう思って普段から結構気を使っていた。

 だから、今回のレイナさんからの誘いも喜びを噛み締めつつ、参考にしようと考えていたのだ。


「そっか、ホント勤勉だね。

 ……でもさ、毎日そうやって気を張ってると疲れない?」


「確かに疲れることもありますけど、自分の将来のことを思うと、普通に耐えられます。もう、慣れちゃった部分もありますけど」


「だったら、やっぱり私がユキちゃんに教えることはそーゆことに関してじゃないかな」


「えっ?」


「ユキちゃん、周りを見てみて、それと視覚だけじゃなくて五感を使って何でもいいから思いついたこと、感じたことを全部言ってみて。良い印象でも悪い印象でも、もちろんお店の人には聞こえないようにね」


 私はレイナさんの言っていることの意味が理解出来てない状態でとりあえず言われた通り周囲を見渡した。


「時間帯もあるかもしれませんが、お客さんの数が余り多くないですね。それに少し年齢層も高めです」


 いきなりマイナス面を言うのもどうかと思ったのだが、そのことが最初に出てきてしまった。

 それにレイナさんも思ったことを言えって言ってるし。


 案の定、レイナさんはニコニコしながら私の話を聞いていた。


「うんうん、ユキちゃんそんな感じで続けて」


「んー、机も椅子も少し古過ぎる気がします。それとメニュー表が全て手書きでかなり独特ですね。

 木の香りが強くします、それに少し灯りが暗い、ですかね」


 いろいろと言ったような気がして、これくらいでいいですかとレイナさんの方を確認するも、まだ続けるよう促される。


 しかし、パッと思いつくものは一通りあげてしまったため、少し考えないと出てこないかも知れない。

 私は更に五感を研ぎ澄ました。


 すると、お客さんと楽しそうに談笑する店員さんの姿を見かける。それも店員さん自身も椅子に座って喋り込んでいる。


「お店の人のお客さんとの距離感が近いですかね……」


 なぜだか分からないが、ホッコリする光景だと思った。

 すると今度は先程まで暗く感じていた灯が暖かい光に思えてくる。

 一瞬、まるで祖父の家に遊びに行った時のようなぬくもりを感じた気がした。


「……凄くアットホームな感じです。なんだか落ち着きます」


 さらに不恰好に思えていた手書きのメニュー表も何処か味のある文字へと変わっていく。


「あれ……私、嫌いじゃないです。こういう店もなんか良いですね」


「ふふっ、そうでしょ!

 はい、それじゃあここまで、お腹が空いてきたからご飯にしよっか。ちなみに、私が伝えたかったことは自分で考えてね」


 レイナさんは優しく笑った後、店員さんに声をかけた。

 すると、驚いたことに年配の店員さんが『用は済んだのかい?』と穏やかな表情で聞いてきたのだ。


 私たちが話しているのを見て、敢えて声をかけなかった店員さんの心遣いに軽い衝撃を受けた。


 そこで私はもう一度考えた。レイナさんが私に伝えたかったこととは何なのか……正直、いくら考えても100パーセントの正解は出てこないと思う。

 それでも、私は何か大切なものを教えて貰ったような気がしたのだ。


 


 頼んだ料理のオムそばが届くと、レイナさんは綺麗な動きで口元に運んでいく。

 その彼女の所作の一つ一つに見惚れてしまう。

 

 なんだか、何から何まで凄い人……


 私、レイナさんみたいになれるのかな?

 そんな不安が押し寄せてきた。


「あっ、ご飯食べてくるって連絡するの忘れてた」


 私はレイナさんが突然あげた声にびくりとさせられる。


「親御さんにですか?」


「ううん、弟。ウチのとこ結構早めに両親が他界しちゃっててご飯作ってるの私なんだ。だから連絡しとかないと、ずっと待たせちゃうことになるから……」


 レイナさんはまた今度お詫びしなくちゃ、なんてことを言いながら携帯を手に持って指を走らせる。


「そうだったんですね。なんだかすみません、余計なこと聞いちゃいまして……」


「ホントに気にしないで、流石に言わなかったら分からないことだと思うし」


「ありがとうございます。

 それにしてもレイナさん、何でも出来ちゃうんですね。モデルも完璧にしてて料理もこなすなんて凄すぎます。こんなお姉さんいたら弟さんも絶対、鼻が高いですよ」


「それは、どうだろ……

 あの子には結構苦労かけちゃってるから、それにモデルの仕事してることまだ言ってないのよね」


「えっ、そうなんですか!?」


 レイナさんは苦笑しながら頷いた。


「定食屋さんでバイトしてるって伝えてるの。

 それで、お店の場所とか聞かれても誤魔化したり、はぐらかしてるわ」


「なんで、そんなことしてるんですか?」


「あの子、目立つことするの結構嫌うから、私がモデルしてるって知ったら嫌がるんじゃないかと思ってね。

 最近はだいぶ変わってきたみたいだけど」


「でも、リビティーアンとか滅茶苦茶、有名な雑誌ですよ。

 確かに男性は見ないかもしれないですけど、知り合いの女の子から伝わっちゃうかもしれませんよ」


「その辺は大丈夫なはずだったんだけど。

 まぁ、最近は少し気がかりではあるかな……結局のところバレたら正直に話すしかないんだけどね」


 それにしても、レイナさんの弟かぁ、絶対に美男子だよね。

 かなり会ってみたいかも。


 私の想像は会ったことない弟さんのことで大きく膨らむばかりだった。


○○ 一方その頃 ○○


「ハッくしょん!!

 くそ、誰だよ俺の噂してるやつは。てか姉さん今日は遅くなるのか、仕方ないコンビニで飯でも買ってこよう」


 それにしても、誰と食事してるんだろ?

 やっぱり、定食屋の後輩とかか?


 

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