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TRY AGAIN


 朝に東雲と一悶着があった後、俺たちはいつも通り授業を受けた。


 そして、3、4時間目の体育の授業では本格的に体育祭の練習を行い、その終盤の一部の時間に自由時間が設けられた。


 自由時間と言われてもな……

 非常に困ったことに、練習する競技が殆どない。棒引きは普通に考えて出来ない。

 強いていうなら二人三脚だが、東雲の方は他の練習があるかもしれないし……


 俺は女子のいる方をチラリと見た。

 すると、集団の後ろの方でひっそりとしていた東雲と目があった。


 あっ、これは大丈夫なやつだ。


 直感的に分かった。恐らくは向こうも俺の動向を伺っていたのだろう。


 俺は視線で東雲を集団から離れた場所へと誘導した。


「よっ、律真元気にしてた?」


「何だよその久しぶり感、朝に喋ったばっかだろ」


 先程までは大人しくしていた東雲だったが、集団から離れたところに来ると、元気よく手をあげて挨拶してきた。

 恐らくは、こっち側の姿が本来の彼女の姿なのだろう。


「まぁ、細かいとこは気にしない気にしない」


「言っとくけど、今朝の件まだ許してないからな」


「アハハハ、やっぱり?」


 東雲は小さく頭をかいた。


「冗談だ、でもこれからは二度としないでくれよ」


「ホント!?

 分かった、これからは絶対にしない。もちのろんよ!」


 分かったのやら分かってないのやら、微妙な反応だな。


「それじゃあ、練習するか?」


「まさかアンタ、リズム取れるようになったの?」


「いや、それが……」


 結局練習できてないしな。


「やっぱりその反応は、まだなんじゃん。

 大丈夫なわけ?」


「まぁ、なんとかしてみる」


 それから足首にバンドをつけて練習を始めた。

 既に歩くことは、難なく出来るようになっている。

 だが、問題は走る段階になった時のリズムだ。そこを克服しない限りは試合には勝てない。


 今日は気合いでなんとかしてみせる!



 

「って、やっぱりダメじゃん!

 ホントなんとかならないわけ?例えばだけど、私がアンタに合わせるとか」


「そっ、それだ!

 そうだよ東雲、俺に合わせてくれ……いや、違うな俺がリズムのとれてる東雲に合わせるよ」


 リズム感がなかったとしても、彼女の出す足に合わせることなら出来るんじゃないかと思ったのだ。

 自分の中のリズムを感じるのではなく、相手のリズムを真似る方法なら上手くいくかもしれない。


 俺は興奮の余りほぼ無意識で東雲の肩をグッと掴んでいた。

 その為、俺たちの距離が接近してしまっている。


 普段は近付いても基本的に横並びなので余りなんとも思わなかったのだが、正面から見た彼女はやはり美女なんだなと感じた。


「ちょっ、律真!近い、近いっての」


「おお、悪い」


 手を離すと東雲は慌てて俺から距離をとった。

 俺が悪いのだとしても、なんだか少しショックだった。


 彼女の顔がほんの少し紅くも見えたのだが、きっとそれは太陽の光の加減だろう。

 一瞬照れてるのかと勘違いしそうになったが、男慣れしてる東雲に限ってそれはないと思い直す。


「んじゃ、とりあえずやってみよっか?」


「そうだな、頼む」


 それから俺は東雲の動きに全神経を注いだ。

 彼女が右足を前に出したタイミングで俺が左足を出す。

 左足を出せば、今度は右足。

 当然のことだが俺の動きの方がやや遅れ気味で、僅かにゴムに引っ張られるそんな感覚が足首にあった。


 それでも、なんとか喰らいつく。


 そして、徐々にスピードを上げていよいよ走る段階へと入る。

 

 俺は更に気を引き締めて東雲の動きに集中した。

 顔を正面に向けながらも、前は殆ど見れていない。


 右、左、右、左……


 マズイな。

 このペースで東雲が足を動かし、少し遅れてからそれに合わせようとするとかなりゴムに引っ張られた感があった。


 恐らく今の彼女の足にはかなりの負荷がかかってる筈だ。


 だったら外側の足は彼女のかけ声よりも少し先に、内側のゴムで繋がれた足は東雲が動き出すタイミングを予測して僅かに早めに出せば……

 すると、俺の予想通り足が軽くなった。


 あれ、俺たち走れてる?

 しかし、そう思ったタイミングで新たな問題点が出てきた。


 ペースが早くなった分、俺たち二人の距離感を合わせるのが難しくなってきたのだ。ゴムが前後だけでなく、左右にも広がり始める。

 男どうしでなら肩を組めばこの問題は解決するが、相手は女性、それも東雲だ。


 かなり厳しいもんが……「うおっ!」


「あっ、ヤバッ」


 ついに完全に噛み合わなくなってしまった俺たちは、練習を始めて何度目にもなる。地面ダイブを成し遂げたのだった。




「イテテテテ……でも律真、やったな」


 東雲は少し嬉しそうな声でそう言った。


「ああ、少しだけだがちゃんと走れてた。課題はまだまだ残ってるけどな」


「それでも、前進してるんだから良いっしょ!」


 東雲は軽く尻を叩いてから立ち上がると、俺に向かって手を挙げてきた。


 ん?、どういうつもりだ?


 そんな行動の意図が分からず俺は戸惑ってしまった。


 よく分からんが挨拶とかなのか?だったら俺も手を挙げ返すべきだよな。

 俺はスッと手を挙げて、東雲と挨拶を交わした。いったい何処の国の文化なのだろうか?

 

 しかし、不思議なことに東雲の手はまだ挙がっていた。

 それと何故だか先ほどより表情がかなり険しくなっている。


「アンタ、馬鹿なの?」


「へっ!?」


 いきなりなんだよ。別に何もしてないと思うんだが……


「あのね、こーゆー時は普通、ハイタッチするもんだって」


「あっ、……」


 ハイタッチ、ナニソレ、陽キャ思考過ぎてついていけませんでした。


 でも、普通に考えたら分からないと可笑しいと自分でも思ってしまう。

 とりあえず謝罪の意を込めながら、今度は俺の方から東雲に向かって手を挙げた。


 東雲は大きくため息をついた後、「まぁ、律真だし仕方ないよな」と小さく呟き俺の手をパンっ、と叩いた。


「ふふっ、アンタ、結構やるじゃん!」


 東雲は優しい表情で笑う。

 

 意外だ、彼女はこんな顔も出来たのか。

 ああ、これはモテる訳だな……

 俺は東雲が初めて見せてくれた表情を見て勿体ないと感じてしまった。それは今の教室では絶対見られない光景だったから。


 この時、俺の中で今までになかった感情が生まれた。


 コイツがもう一度、普通に笑える場所を、今よりも少しでも笑える環境を造りたい。

  

 誰の為でもなく、俺自身の為に。


 彼女の日常を壊した俺が、不相応ながらもそう思ってしまっていた。

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