カップル紛いの二人
音葉に指定された待ち合わせ場所であるカフェに着くと、俺はその外観に躊躇いながらも入店した。
すると予想通り内装もかなり豪華なつくりになっていて、更に足に重りがつけられたような感覚に陥ってしまう。
いや、オシャレ過ぎだろここ。
まず、始めに言えることは俺は場違いであるということ。
和風か洋風で答えるなら洋風だ。店内を照らす灯りがシャンデリアな時点で少し気が引けた。
ああ、あれは掃除大変そうだな……
そしてそのシャンデリアの明るさが絶妙だった。暗くもなく明るすぎない絶妙な光加減。その為、店自体がかなり落ち着いた雰囲気になっている。
でも、不思議と暗い印象は受けなかった。
どちらかと言うと、高級感を感じさせられるそんな感じだ。
パッと見た感じ、ダークブラウン系の家具が視界の大半を占めている。それもマットな質感と言えばいいのだろうか、とにかくあるもの全てが高級なものに見えてしまう。
極めにつけには、有名な画家さんが描いたであろう風景画、これも雰囲気造りの一役を担っている。
「いらっしゃいませ」
そんな高級感に怖気付いている俺に対して、その緊張を和らげてくれるような、柔和な笑みを浮かべるウェイトレス姿の男性……
服装からとても清楚感を醸し出し、お店の良さをさらに引き出していた。
いやいや、俺は評論家かかい!
それに今回はあくまでも待ち合わせの場所にすぎないのだ。
もちろんメインはカラオケに決まってる。正直、音葉にあの東雲のお腹に大打撃を与えた歌声を聞かせるのには躊躇いがあるのだが、もしかしたらRoeleの生歌が聴けるのかもと思った瞬間、全て吹き飛んでしまっていた。
我ながら現金なやつだと思う。
でも仕方ないだろ、音葉と出会ってからというものの気がついたらRoeleの歌ばかり聴くようになってしまったのだから。
友達である彼女のことを知っておきたい、そんな想いもあってのことだが、やはり根本的に彼女の歌声が好きなのだ。
最近、改めてそれを感じていた。
「空いてる席へどうぞ」
俺がそんな思考をしていると、どうすれば良いのか分からなくて立ち尽くしているのだと勘違いした店員さんが優しく案内してくれた。
「いえ、大丈夫です。実は友達と待ち合わせをしてまして、先にここに着いてると思うのですが……」
そう言いながら視線を彷徨わせていると、一人だけ次元の違った存在感を放つ女性を見つけた。
もちろん音葉だ。
こんなお洒落なお店の中でさえ、彼女の美しさは群を抜いている。また、前回と同様にメイクを巧みに使って彼女がRoeleであることを感じさせない。
近くにいたカップルの男性の方が音葉に目を奪われていて、それに気づいた彼女が憤慨していた。
また、別のカップルは2人で一緒に音葉に見惚れていた。
更に別のカップルは……ってカップルばっかじゃねーか!
そんな中一人で居る音葉なのだが、全く不自然さを感じさせないところがまた凄いこと。
ううっ、それにしてもこの視線の中あの席に座りに行くのはかなりの勇気がいるなぁ。
と、ここで思わぬ事態が起きた。偶然こちらを向いた音葉と目が合ってしまったのだ。
その瞬間、美しい彫刻のような表情をしていた彼女の顔がへらりと柔らかくなった。
ああ、天使かな?
そして、こちらを見ながら小さく手招きをする。
答えは悪魔だった。
おい、待て心の準備が出来て……
だが、もう遅かった。既に先程まで音葉を見つめていた視線が全部こちらへと向いていた。
反射的に身体がブルリと震える。
「えっ、嘘でしょ。」
何処かで誰かがそう呟いた。
それによって波紋が広がるように、カップル達の表情が驚愕めいたものに変わる。
その原因は考えるまでもない。
クソッ、知ってるよ。
悪かったな、あんな可愛い女性の待ち人が俺なんかで!
堕天使はそんな状況に気づくことなく、誰もが見惚れてしまいそうな表情でこちらへと手招きを続けていた。




