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今まで見えていなかったもの ~ side鈴菜


 裕太さんが死んだあの日から私の生活から余裕という二文字は消え去った。

 大手音楽会社の社長になったこともあり、毎日が仕事の嵐……

 言い訳になるかもしれないが家事をする暇なんて何処にもない。だからこそお手伝いさんとして美里さんを雇った。

 そして、音葉が歌手になったのをきっかけにマネージャーとしての仕事も任せるようにしたのだ。

 娘、音葉の夢、歌手としてのプロデビューをサポートし、それをしっかりと成功へと導いた私は親としての役割もちゃんと果たせているのだとばかり思っていた。


 しかし、それは大きな勘違いだったことを思い知らされる。





 あれから数年がたった今日、私の前には音葉が居た。音葉の方から話があると言ってきたため、わざわざ忙しい仕事を中断してこの場を設けたのだ。

 かなり無理をしたが、親として子供を導くのは当然役割なのだからこればかりは仕方ない。


 まぁ、本音を言うなら私の方からも話したいことがあったから丁度良かったのだが……。

 実はこの前、美里さんが初めて私に文句を言ってきた。内容は音葉のことでだ。どうやら音葉は美里さんの言うことを聞かないどころか反抗までしてくるらしい。

 あの、大人しい音葉がそんなことを!? 、と少し前までなら思っていたかもしれない。でも前回の出張先での出来事があった為、十分にあり得ることだと思ってしまった。

 

 音葉の年齢的にも親に反抗したくなる年頃のようだし、いわゆる反抗期というやつなのだろう。


 とはいえ、このまま美里さんに迷惑をかけ続けるわけにもいかないから、ここは親として汚れ役を引き受けるべきよね。


 そんな軽い想いで設けた今回の場、私はとりあえずはじめに音葉の話を聞くことにした。どうせ前の内容と同じだろうけどね……

 それから予想通りの内容を音葉が話し始める。そんな彼女の話を横目に私はここからどうやって説得するのか頭を働かせていた。正直なところ音葉の意見を取り入れる考えは持ち合わせていない。

 だって子供は間違いを犯してしまいやすい生き物なのだから。


 そんな音葉が望む不安定な未来は、今ある安定を壊してまで求めるものではないはずだ。私はそう結論づけた。

 その思い込みからまもなく、私は音葉が抱える悩みの大きさをかなり甘く見ていたことに気づかされるのだった。



 それは彼女との会話の途中でのこと。私が問いかけた質問に対して音葉が一瞬言いかけた【じさっ】と言う意味の分からない単語…… 最初は音葉が言葉を途中で止めた為、何を言おうとしていたのかさっぱりだった。

 でも、何でだろうか……今の言葉をそのまま聞き流してはならない、そんな気がしたのだ。


 変に音葉の安堵している様子やそれら全てを含めてなにか大切なことを聞き逃している。そう考えた結果、私は一つの言葉にたどり着いた


 【 —— 自殺 —— 】


 私がその言葉をポロリと口にした瞬間、僅かに音葉の身体が強張るのが見てとれた。


  嘘、当たってた?

 自殺……音葉はそこまで悩んでいたの!?


 —— っというか、もうこの時点でおかしいわよね——


 本人にそこまで言わせるまで事態の深刻さに気づかないなんて……

 私はあの子の親なのに。


 それからはこちらを誤魔化そうとしてくる音葉の様子を見てその疑念が確信へと変わったのだ。

 音葉がそこまで追い詰められていたのだと……

 



●●●


「はぁ、私は親として失格ね。」


 美里さんとの話を前に、かなりの疲れを感じていた私は少しの間出かけることにした。

 どうしても気分を変えたかったのだ。


 親としての自分に不甲斐無さを感じさせられた今朝の一件が重くのしかかってくる。


 1人でもちゃんと出来ていると思ってた。でも実際は全然だった。


 ほんとに何やってるんだろ。


 そんな想いで人通りの少ない道を歩いていると、前から1人の男の子が歩いてきた。

 別になんらおかしいことではない。

 前髪を下ろしていて、顔が見えにくいところを除けば特に目に留まることもなかっただろう。


 私は、彼のことをチラッと見た後、直ぐに視線を逸らした。

 そして、そのまま少し暗い雰囲気を纏う彼とすれ違う。


「音葉、大丈夫かな……」


 彼の横を通った瞬間、そんな声が聞こえてきた。


 えっ、今、音葉って言った?


 でも音葉なんて名前、他にもいるだろうし……

 それに聞き間違いかもしれないわ。


 しかし、そうは思っていても私は足をピタリ止めて振り返ってしまっていた。


「もしかして、碧くん?」


 ほぼ反射的にそう声を掛けながら、内心では何をやってるのだろうかと思った。

 人違いに決まってる、偶然に決まってる。こんなのただの不審な行動で自分は不審者扱いされてしまうことだろう。


 けれど、私の声が聞こえたのか彼の方も足をとめていた。

 

 もしかして、本当に音葉の言っていた!?

 いえ、それはないわ。誰だって後ろから声を掛けられると気になって足を止めるものよね。


「すみません、どうして俺の名前を知ってるんですか……って」


「えっ、あっ、貴方が碧くんであってるの?」


「あの、貴方が探されている碧くん?なのかは分りませんが、一応名前の方は碧であってますよ」


 こんな偶然ありえるのかしら……でも、もしそうなら


「急にごめんなさい。でも貴方がさっき音葉って言ったような気がして……」

 

「はい、確かにそう言いましたけど……、っもしかして音葉の母親の鈴菜さんですか!?」


 少年は驚いたような声で聞き返してきた。

 どうやら彼で間違いないようね。


「そうよ、やっぱりそうなのね。あの、碧くん今から少し時間をもらえるかしら?」


 それから、了承してくれた彼を隣に私は近くの喫茶店へと足を運んだ。

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