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成長した雛は親鳥に立ち向かう② 〜side 音葉


 碧と話し合ってから二日後、現在私は机を間に挟んでお母さんと対面している。


 今度は周囲を完全に気にしなくていい自宅のリビングでだ。

 久しぶりに家で母親との二人きりの時間……


 その為、いつもは一緒に居られない私にとっては少し嬉しい状況になる。

 しかし、目の前に座るお母さんの様子はそんな私の感情とは正反対のものであることは一目瞭然だった。


「何度も時間取らせてゴメンなさい。でも、お母さんとちゃんと話し合いたいと思ったの。」


「……別に構わないわ、丁度私の方も一度、貴方とはじっくり話さないといけないと感じてたところよ。」


 その理由は何となく分かっている。

 もしかしなくとも、美里さんとのことだろう。


 幸いにも美里さんは、お母さんの指示に従って今は外出中だ。

 別にそこを狙って話を持ちかけた訳ではないが、あんな事があった手前かなり有難かったのだけれども……

 

「先にどうぞ。まぁ、貴方の話の内容はだいたい想像つくんだけどね。」


 鋭い視線を向けてくる母親の圧力を感じながらも私はその目を強く見つめ返す。

 そんな私の様子が少し意外だったのか、逆に母の方が一瞬だけ視線を逸らした。


「うん、お母さんの予想してる通りだと思うけど、私からの話っていうのは前回の内容と同じだわ。」


「……確かもっと自由にさせて欲しいとかだったわよね?

 だったらもう既に結果は伝えたはずじゃないの!貴方のその無責任な頼みは誰の為にもならないのよ。」


「もし、そうであったとしても私自身が納得出来ていなかったから。それに誰の為にもならないってどうして決めつけれるのよ?

 私はそうは思わない……というより、少なくとも私の為にはなるわ。」


 私がそう断言すると、母は心底呆れた表情になり、「じゃあ、貴方のためになる部分を答えてみなさい」と言われてしまう。


 私の為になる部分……


「そんなの、私が音楽の事で悩んでじさっ――」


 もう少しで自殺と言いかけて、何とか堪えることに成功する。


 危なかった。流石にそんな言葉をお母さんに聞かせるものじゃないものね。

 

「どうしたの、音楽のことに悩んで何なのよ?」


「ううん、何でもないわ。」


「……」


 私が首を横に振るも、母は何かを考える素振りを続けている。

 なんだか嫌な雰囲気を感じた私は話の流れを変えるべく口を開いた。


「お母さんそう言えば「もしかして……自殺!?」」


 母がそう口にした瞬間、私の胸がドキリと跳ね上がった。

 ……大丈夫、まだ表情には出てないはずだわ。誤解?、をされる前に早く訂正しないと。


 そう思って反射的に下げてしまっていた視線を上げると、こちらをジッと見つめている母がいた。

 その表情からは何も読み取れなかったが、複雑そうな感情を抱いていたことはなんとなく分かってしまった。

 

「っ――」


 ―― 声が出ないっ!! ――


「音葉……まさか貴方、自殺しようと考えているの?」


「ち、違うわ、そんなわけないから。」


「――っ、……いいえ、嘘ね。最近は余り構ってあげられてなかったけど、私は音葉の事は誰よりも知ってるつもりよ。

 そうやって髪をいじくりながら右下の方に視線を逸らす時はいつも隠し事をしようとしてる時の貴方の癖だもの。」


「えっ!?」


 意識すると確かに自分の手が髪の毛に伸びていた。

 まさか私にそんな癖があったなんて、と思えたのは束の間の出来事で今はそんな余裕があるはずもなかった。


「……ねぇ、何が貴方をそんなに悩ませてたの?」

 母は確信をもった瞳で私にそう問いかけた。


 流石に誤魔化しきれない、か。全て正直に話して謝るべきよね……


 その時、そんな思いとは別にもう一つの感情が私の中に生まれた。

 それにしても、、私のことを誰よりも知ってるってよく言えたものね。


 私が悩んでたことすらしらなかったくせに。

 

 私の話すらまともに聴こうともしなかったくせに。


 

 ―― お母さんは私の何を知ってるんだろ ――



 そう考えた瞬間、ドッと頭に血が上っていくのが分かった。


 なぜこんなに腹立たしく思ったのかは、自分では分からなかった。それでも、今の私は母に対して怒りの感情を持っていることは確かなようだ。


 それは今までの人生で初めてのことで、頭の中は酷く混乱していた。


「何が私を悩ませているのかって?

 どうしてそんなことも分かってくれないの?

 私のこと誰よりも知ってるって言ってたじゃん!」


「音葉……?」


 私の大きな声に困惑した表情を見せる母。

 普段から私を育てる為に仕事を頑張ってくれてるそんな母だ。

 それなのに仕事ずくめな母の僅かな休日にこんなことを言うなんて、と申し訳なく思う気持ちはあったのだが、どうやら今日の私は止まれそうにもなかった。


「それに私の話すら、まともに聞いてくれなかったわ。

 最早、知らないっていうより、知ろうともしなかったくせに

……それがどうして今更になって?

 どうせ私が死んだことが広まって周囲からの自分の評判が下がることが怖かっただけなんでしょ!?

 私の存在って……所詮そんなものだったんだよね?」


「ちっ、違うの。」


「違わないっ! だって今日だって聞いてるふりをしてるだけだった。私の意見すら聞き入れようともしないのに!!

 結局は、私を喋らせて満足させればそれでいいとでも思ってただけなんでしょ!」


 そんな私の発言に対して母は口を開くも声を発さない。

 ほんと、言葉も出ないみたいね……


「やっぱりそう思ってたんだ。」


「それはごめんなさい音葉。

 私が間違ってた……貴方の言う通り何を言ってきたところで私は自分の考えを曲げるつもりがなかった。正直に、そのことは認めるわ。

 でも、勘違いしないで欲しいのは、私はいつだって貴方の幸せを願ってる。だから、もし貴方がいなくなってしまったら、私は……」


 そこまで言って言葉を止めた母だったが、その続きは言われなくてもなんとなく予想は出来た。


 涙を目に浮かべる母の様子からしてもその言葉は嘘じゃなかったと思う。

 だからこそどうして?という気持ちがますます強くなるのだが、久しぶりに見た母の泣き姿を前にその言葉は自らの胸の中にとどめておいた。


 やっぱり私って悪い子よね……

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