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対話 その② 〜side音葉


「音葉、それは一体どういうつもりなのかしら?」


 少し威圧的に感じられる母の喋り方に、怖気つきそうになりながらも、私は視線を逸らさなかった。


 恐らく一度でも気持ちが折れた時点で、私の考えはきっと、もう伝えることが出来なくなるはずだ。


 それは母の予定的にもメンタル的にも、だ。


「どういうつもりとかじゃなくて、私がそうしたいと思ってるの」


「ふぅん、そう……それで今よりも売り上げが良くなるっていうの?」


 母は私に挑戦的な目を向けてきた。

 が、そんなことを今まで考えたこともない私が、分かるはずもない。

 だからここは率直に伝える。


「正直、お金のこととかのことは、私には分からないわ。

 もし、その部分を考慮するのであれば、お母さんの言ってる通りに曲作りに取り組んだ方がいいと思う」


「そうでしょ?

 だったらどうして!?」


「 ――私がそうしたいから……じゃダメかな? 」


「あのね、音葉。貴方はもう子供みたいにこれをしたい、あれをしたいやらで生きていける年齢じゃないの。

 ちゃんとお金を稼がないと生きてけいけないの。お金がないといろいろと不自由するのよ。それくらい分かるでしょ?

 それにね、せっかく小さな頃からの貴方の夢を叶えたのに、それを投げ捨てるなんてそんなこと許可出来るはずないじゃない」


 母は子供を諭すように私にそう言った。


 その言葉はきっと正しい。しかし、今日の私には何処か引っかかる。


 でも、それがなんなのかはまだハッキリとしない。

 これまでの私なら疑問にすら思わなかったことだから理解するのには多少時間がかかるだろう。


 それにしても、わたしの夢?


 それは一体どの部分を示しているのだろうか。

 もし、それが現状のことを指しているなら違う気がする。


 確かに音楽は大好きだ。多分、音楽を仕事にしていることもそこまで嫌なことじゃないと思う。

 でも、それすらも分からなくなってしまいそうな今の状況を望んだことなんて絶対にない。


 こんなに息苦しくて、辛くて、逃げ出したいと思ってしまうような日常を夢と揶揄するなら……



 ――夢なんて叶わなくて良かったのに――



「ん、音葉? 何か言ったかしら?」


「違うわ……」


「違う? 何の話?」


「母さんがここまで私を育ててくれたことにはホントに感謝してる、でも違うの……

 そんなのは私の夢なんかじゃない」


「へ? 言ってることの意味がよく分からないわ。プロになるのが貴方の夢だった、これの何処が間違いなのよ?」


 少し語尾を強めて母の表情が険しくなる。

 別に母さんを怒らせたい訳じゃない。でも、ここで抗わないと何も変えられない。


 これまでと同じ死んだような生活が続くだけだ。

 その事には彼が教えてくれた。


 だからまだ引き下がる訳にはいかない。


「母さん、私はね、ただ音楽を楽しみたかったの。

 だから今の決められたレールの上を歩くだけの生活が凄く窮屈。

 確かに指示通りにしたら上手くいくのかもしれないわ。でも、それじゃ嫌なの……

 私をもっと自由にさせて下さい!」



 ――パシンッ――



「ーーっ」



 乾いた音が聞こえたかと、思うと視界が揺らいだ。

 

 頬に痛みがジンワリと広がっていく。

 どうやら叩かれてしまったようだった。


「まさか、貴方がそんな考えなしに生きてたとは思わなかった。何が窮屈よ、何が自由にさせてよ、貴方のそれは全部我儘なの。

 お金が発生するプロになった時点で音楽を作ったり歌ったりすることは貴方にとっての仕事。

 この世界では自分がやりたいことを、そのまま仕事に出来る人なんて、ごく一部の人間だけよ。

 だから、それが出来ている貴方は誰がどう見ても恵まれている方なの。

 その上で仕事が楽しくないだなんてゴネて、貴方何様よ?

 仕事なんて基本的に楽しくないものだし、楽しくないと感じるなら、働いていく上での自分なりの楽しみを見つけなさい!

 大抵のひとはそうやって生きてるの、いつまでも甘えたままの子供でいれると思わないで!!


 はぁ、どうやら私が育て方を間違えたようね……」


 最後に失望の色を濃く滲ませた母は、大きくため息をついた。


「……母さん」


 そんな母親の姿を見た途端、胸の奥がギュッとなって苦しくなる。

 決して悲しませたかった訳じゃない。


 ただ、自分の意見も聞いて欲しかっただけなのに。


「音葉、もういいわ。今すぐ帰りなさい。

 お会計は私の方でしとくからすぐに出て行って。

 もう、ただでさえ仕事で疲れてるのに……」


 私は疲れたように眼頭を抑えている、そんな母を最後に店を出る。


 ああ、なにやってんだろ……


 歩くのさえしんどく感じるほどに、既に心の中はズタズタだった。


 もう、何も考えられない。ただ、黙って足を前に運ぶたげだ。

 今、自分が何処に向かってるのかも分かっていない。


 やってしまった……


 ただ、そんな気持ちだけが私の心を支配していた。

 

「碧……ゴメンね私、失敗しちゃったわ」


 私は天を大きく仰ぐと一人悲しくそうゴチた。

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