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変わってしまったものと変わらない関係


 教室に到着すると、昨日と同様に生徒達が斗真の周りに集まってくることはなかった。


 だが、彼女、米谷 綾乃だけは違った。


 確かな足取りで斗真の元へとやってくると、「おはよう」と笑顔で一声かける。


 そんな彼女の自然な雰囲気に、斗真も少し頬を緩ませて「ああ、おはよう綾乃」と返すのだった。


 やはり、幼馴染の力は偉大だ。

 そう感じさせられる一コマになっていた。



 それから少しずつ斗真の周りに人が集まってきて、会話を始めた。

 彼らと斗真は少し、ぎこちなさを見せながらも、ある程度は事件が起こる前までの光景に近づいている。


 このまま無事、収まってくれるといいのだが……


 俺が後方にある自分の席へ向かうべく視線を上げると、そんな彼らの集まる状況を寂しげな表情で見つめる一人の女性の姿を捉えた。


「東雲 風花……」


 昨日まで泣き崩れていた彼女が、今こうして静かに着席している姿を見た俺は心底驚かされる。


 まさか、あんなことをされたばかりなのに、今日に登校してくるとは思っていなかった。

 ここ暫くはクラスメイトとの関係の修復が見込めないだけに、学校に来るのが嫌になって数日は休むものだと考えていたのだが……

 その為、いい意味で俺の予想は大きく外れている。

 

 尋常じゃない精神力だな、俺だったら間違いなく休んでいたと思うぞ。

 まぁ、こんなことを言うと東雲には少し悪いが、そもそも俺があんなことするのはあり得ないから、そうなる訳がないんだがな。


 密かにそう思った。


 俺の席が窓際の一番後ろの席であるのに対して東雲の席は教室の丁度真ん中辺りの席だった。

 そして、斗真の席が最前列、普段の彼女なら斗真の元へと行っている為、今、彼女の座っているその席は基本的に空席になっているはずの時間帯だ。

 しかし、今日はそこに彼女は居る。

 

 机などは無事で、特に何かをされたような形跡はない。

 そして、彼女の周りには妙な空間があることからも、おそらくは、斗真からの不審を買うことを恐れて、何も手出し出来なかった。

 それでいて、その結果が無視に繋がる……そんなとこなのだろう。


「あっ……」


 そんな風に分析していると、唐突に彼女と視線があった。どうやら見過ぎてしまっていたらしい。


 俺は少し気まずく感じながらも軽く頭を下げる。


 すると、意外にも彼女は頭を下げ返してくれた。

 

 あれ? かなり恨まれてると思ってたんだが……


 しかし、今の彼女からはそんな感情の色は、一切見えない。

 どちらかと言えば俺と同じで気まずさの方を多く滲ませているように感じた。

 

 うーん。よく分からないが、とりあえず良かったと言うべきか。


 だが、勿論のこと、まだ何も解決には至っていない。

 彼女が行った裏切りとも呼べる行為は斗真のファンクラブの殆どのメンバーが許すことなんて出来ないだろう。

 少なくとも現状を見る限りは不可能と言っても過言ではない。


 それどころか斗真に気づかれないようにと陰湿なイジメが始まっても可笑しくないのだから。


 もし、そうなってしまった場合、彼女の居場所は完全になくなり、擁護するものも誰一人居ないかもしれない。

 そして最終的に、彼女は最悪の選択をしてしまうことも考えられる……


 って、そんなの考え過ぎか。ええいっ、気にするな。

 そもそも今回のことは彼女の方に大きな問題があったんだし、そこは自己責任だろ。


 

 それから数日間、何事も起きることなく休日を迎えた。

 結果的に東雲の存在を無視をするという形で落ち着いたらしい。


 斗真はそんな彼女のことを頻繁に気にかけていたが、声を掛けれずにいた。

 やはり気まずさが残っているのだろう。

 それに、彼の周囲に集まってくるファンクラブ人間達がそれを許さないかのような勢いで斗真に話しかけに行っていることも原因の一つだ。


 そんなこともあってか、土曜日になっても未だに頭の中はスッキリしていない。

 ここ最近ずっとそんな感じだった。


 その為、気分転換にでも今日は姉、玲奈と買い物に出かけることにした。


「碧ここ最近、何か悩んでるみたいだけど、どうかしたの?」


 今日の晩御飯の材料を籠に入れながら、玲奈がそう聞いてきた。

 顔は意図的になのか、こちらへとは向けずに商品の並ぶ棚を眺めたままだ。


 俺はどう答えるのか考えた末に、姉さんに一つ聞いてみることにする。

 

「……もし、同じクラスで特に仲が良くもない生徒が、イジメを受けていたとすると、姉さんならどうする?」


 俺がそう聞くと姉さんは真剣な表情で顎に手を当てて

「どういう状況なのかは良く分からないことを前提に」、と前置きをしたうえで口を開いた。


「直ぐにその子の味方になってあげる

 ――って答えられたらカッコイイんだろうけど、多分私には無理かな……

 イジメに加担するようなことはしないと思うけど、その子を守ってあげるみたいなことも出来ないと思う。

 やっぱり、自分が次のイジメのターゲットになるのは避けたいから……

 結局のところ自分可愛さには勝てないってことね」


 そっか、それが普通なんだよな。

 今回は単に俺が変に関わっちゃってるせいで悩んでるだけなんだろう。

 だったら何も考えないようにして過ごせば……


「でも、でもね……そうやって悩んだ末に出した結果が〈関わらないこと〉なら、いつか後悔する日が来るかもしれない。

 あの時に手を差し伸べてあげればってそう思う日が来るかもしれない。もちろん手を差し伸べたせいでよりいっそう酷い結果になる可能性もあるけど、私は……

 碧、貴方が後悔しない方を選んで欲しいかな。

 正直、何が正しくて何が間違ってるのかは分からないけど、これだけは言える。

 碧が今そうやって悩んでることは絶対に間違いじゃないから。

 まっ、他の誰かとかじゃなくて、よく悩んだうえで最終的には自分で決めなよ」


 姉さんは最後にそう言いきった。


 決して自分のことだとは言わなかったが、どうやら完全にバレているみたいだ。

 流石は姉と言うべきか……




「最後は自分で決める、か」


 家に帰った後、俺はベットの上に寝転びながら小さくそう呟いた。


 それにしても、何処か重みのある言葉だった。

 もしかして、姉さんも同じような経験があったのかもしれない。


 ともかく、幾らか気分はマシになったな。


 俺は改めて姉さんに相談して良かったと感じていた。


 あれ?、そういえば印象的な学校生活のせいで忘れかけていたが、音葉が母親と話す日って明日だったな。


 ここは友達?として一つメッセージでも送っておくか……



『お母さんと話すの明日だったよな。大丈夫そうか?』


 

 俺は少し悩みながらも肩苦しくない文章を作り上げて送信するのだった。


 

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