テーマパークデート⑤
ガイドからの説明を受け終えて数分後——
「殺してやるぅぅぅ!!」
「きゃっ!?」「うおっ!?」
ひどく恨めしそうな女性の声が、薄暗い道の何処からともなく聞こえてくる。
まだ何かが姿を現した訳ではなく声だけの段階だ。それなのにも関わらず俺たちは震え上がっていた。先ほどまで俺の隣に居たはずの音葉はいつの間にか、俺よりやや後ろの位置に移動している。
いやいや、雰囲気あり過ぎるだろ。
まだ始まったばかりだが、既に足がすくんでいる。
ガタンッ!!
「うぅ、ムリぃぃぃぃ」
「えっ、お、音葉!?」
ちょっ、マジかよ……
後方からの音に酷く怯えた音葉が俺の右腕に絡みついてくる。どうやら最近のお化け屋敷は後ろに隠れた人間にも楽しめるようにと工夫をしてるらしい。
っそれより!!待て待て!流石にそれはマズイだろ。
俺と音葉は男女の仲ではないのだ。そんな二人がこの距離感は可笑しいだろ!?
「音葉大丈夫か?」
「……ん、多分」
触れられてるからこそ感じる音葉の身体の震え、何処からどう見ても大丈夫そうには見えない。
だからこそ、ここまで怯える音葉のことを無理やり振り払うことなんて出来る訳がなかった。
こうなったら無心になるしかない。平常心だ平常心を保て!
今日だけで何度目かになる無心になることを決める。
……うっ、腕には確かな温もりがそしてっ—— 柔らけぇ。
普通に無理だった。何がとは言うまでもないが、先ほどから音葉のそれが俺の意識の大半をもっていってしまう。最早お化けどころではない。
周囲の雰囲気は相変わらず怖いままだが、不思議と恐怖を感じることさえ出来ない、まさにそんな状況だ。
怖がってる姿も可愛いよな、ホント……
いろいろと役得過ぎて、音葉のファンから刺されないか心配になるレベルなんだけどな。
「ねぇ、碧、あとどのくらい?」
「残念ながら後30分近くの道のりは残ってると思うぞ」
「うぇぇぇ……」
というより本格的に始まってから、まだ5分程度しか経っていないと思う。
「本当に無理そうなら、リタイアしてもいいからな」
「ううん、本当に大丈夫だから……」
「そうか分かった」
俺はそう言いつつも密かに途中でのギブアップを視野に入れておく。まぁ、そこは今後の音葉の様子を見て判断するつもりだ。
そう考えて前進し数秒後のことだった。
「嘘でしょ……」
「これは、ヤバいな」
俺たちはベッドが並ぶ病室のような部屋に到着する。
ルート的にこの複数あるベッドの間を潜り抜ける必要があるみたいだ。
待てよ、この展開って……
俺は頭の中でこれから起こるであろう事象を思い浮かべた。いくつか候補はあるが、どれも良ろしくはない。
音葉もそれを感じ取ったのか俺の腕への圧力を強めている。その分、音葉の柔らかみを強く感じたことは言うまでもないだろう。
ビビりながら左右に展開されるベッドの様子を伺うと、どのベッドにもやんわりと膨らみが見てとれた。
果たしてこの全部がそうなのか、ダミーが紛れてるのか?
「こ、これ、絶対起き上がってくるやつだって」
「……かもな、怖いなら目を瞑っていてもいいぞ」
そして、3列目のベッドの横を通り抜けようとした途端——
「殺してやるぅぅぅ!!」
「うおぉぉぉ!」「きゃーーー!!」
⌘⌘⌘
それからは本当に長い闘いだった。
「ふぅ、めちゃくちゃ怖かったわ」
「ああ、普通に死ぬかと思った」
あれから40分くらいかけて俺たちはお化け屋敷から出ることに成功していた。
「ちょっと碧、鼻血出てるけど大丈夫!?」
「ああ、なんとかな」
何処かで顔をぶつけたのかと聞かれたが、どこにもぶつけた記憶がないので否定しておく。
「あ、いや、なんて言うか男の勲章ってやつだな」
「なにそれ?」
音葉は不思議そうに聞いてくるがそれ以上は問い詰めないで頂きたい。これは男の事情というやつだ。
「それにしても、入る前はあんなにウキウキしてたから、お化け類も得意なのかと思ってた」
「いや、自分でもホント意外でビックリって感じで……って、あっ、そういえば計画」
「計画?」
「ち、違うの。なんでもないから!」
少し気まずそうに、目線を逸らして誤魔化されてしまう。
そして、何故だかこのタイミングで音葉の顔が熟れたリンゴのように真っ赤に染まっていた。
『これって一応、成功なのかな?』と小さな声で呟いていたけど本当になんのことやらサッパリだ。
「碧、その、いろいろとゴメンね」
音葉は何がとはまでは言わなかったが、だいたい予想はついたので頷いておく。
大丈夫だ、人には向き不向きがある。実際に俺はジェットコースターが苦手だったしな。
「それと最後に庇ってくれてありがとう。あの時の碧、ほんとにカッコ良かったよ」
「そ、そうか……」
カッコいいか、素直に嬉しいな。自然と頬が緩んだのが分かった。
でも、最後……か
俺は自分の中の記憶をあさったが、音葉がどの部分を言ってくれてるのかが見当もつかなかった。
いや、本当に俺自身も余裕がなかったからな、記憶が曖昧過ぎる。
⌘ side音葉 ⌘
お化け屋敷の終盤、出口の明かりが見えて完全に油断しきった私は完全に身体の力を抜いていた。
ギュッと目を瞑って碧にしがみ付いていた体を起こし、周りを見る余裕も出来た。
だからこそ後ろから近づいてくる妙な気配に気づいてしまった。
「殺してやるうぅぅ!!」
刃物を持った白い服の女の人が、凄い形相で走ってきたのだ。
「うおっ」
「えええ、ああっ……」
私はあまりの怖さに身体が硬直してしまった。
動けない……
そんな時、碧がそっと私を肩を掴んで引き寄せてくれたのだ。
私はそのままの流れでポフっと、碧の胸元に自分の体重を預ける。いい匂いがした。
先ほどまでは怖かった、というよりも今も恐怖は迫っているはずだ。それなのに不思議と安心感を覚えていた。
ほぼ無意識で彼の腕の中から見上げると、視界には整い過ぎている、碧の顔がうつる。
彼の表情は本当に必死で余裕がないことが伝わってくる。先ほど小さく声を上げていたことからも、かなり驚いていたはずだ。それを示すかのように心臓の音も早くなっている。それなのに私のことを気遣ってくれている。
私は場違いにも、恐怖に怯えた顔でさえカッコいいんだなと、思ってしまった。
今日はワックスで髪をセットしてきてる為、彼の顔がよく見える。いつもそうしてたらいいのに……
絶対モテる、私にはそう言い切れるぐらいの自信があった。
いやいやダメだ!、ただでさえモテてるんだからこれ以上モテられたら困るわ。
でもやっぱり碧の顔を見ていたい。彼の目を見て、表情を見て、声を聞いて会話をしたい。
最近、電話越しでの会話が多かった分、余計にそう感じる。
結果的に顔は見たいけど、他人には見せて欲しくない。
そんなわがままな構図が出来ていることに自分で気付いた。
まさか、ここまで強い独占欲があるとは……自分でも少し引いてしまう。
でも、多分それを含めての、恋なのだろう。いろいろと厄介過ぎる。
ああ、やっぱり好きだなぁ。




