彼の居ない食事会④ 〜side 音葉
彼は誰なのだろう?
見たことない人なんだけど……
「ねぇ、柚月、誰?」
「彼は成宮 孝明、成宮さんとこの息子やで」
私が聞くと、柚月が小さな声で教えてくれた。
確か成宮さんと言えば、あの有名な電機メーカーの社長さんだ。
私も何度か会話したことがある。
けど……成宮さんはかなり落ち着いていて紳士的な人だったから。正直、こんなちゃらけた人が息子だなんて想像がつかない。
「よぉ、柚月、相変わらず美人じゃねぇか」
「そりゃどうも。それで、なんのよう?」
柚月は冷め切った表情で言葉を返した。
彼のこと凄く嫌ってるのね…… まぁ、なんとなく理由は分かる気がするけど。
「おいおい、そんな冷たい態度とらないでくれよ。お前と俺の仲じゃねぇか」
「私は名前を呼ぶことすら、許した覚えはないんやけど」
「それで、柚月の後ろに居る女がRoeleで間違いねぇんだよな?」
「あっ、はい。鈴凪 音葉です。よろしくお願いします」
本音を言うと名乗りたくなんてなかったが、お母さんの知り合いの息子ともなれば、素性は既にバレていてもおかしくないと思う。
それに特に何かをされた訳でもないのに、無視するのは良くないよね。
「いやぁ音葉かぁ、ホントに噂通りの美女じゃねぇか。出るとこは出てるしスタイルも完璧ってか……」
成宮 孝明の品定めをするような視線がこちらへ向けられる。
うぅ、なんか気持ち悪い……
初対面の人にいきなりそんな感想を抱くのはかなり失礼だと自覚しつつも、私は反射的に柚月の後ろに隠れてしまった。
「いきなりだが音葉、この俺と連絡先交換しねぇか?」
いきなり名前呼び!?
いや、確か碧の時もそんな感じだった気がするけど……あの時はどうしてか嫌な感じは一切しなかった。
返事は勿論、No!と言いたい。というより、今の私の反応から気付いてよ……とも思ったのだが、目の前にいる茶髪の彼にはそんな期待をするのは無理そうだ。
仕方ないから丁重にお断りさせて貰おう。
「ごめんなさい、無理です!」
「は?……今なんて?」
断られると思っていなかったのか、信じられないといった表情をしている。
「あの、今日会ったばかりで貴方のこと全く知りませんし、いきなりはちょっと無理です」
「ということなんよ、ほら、さっさと諦めてどっかいき」
私が断ったタイミングで、柚月は私たちの会話に割り込んでくると、虫を追い払うように手を動かして、成宮に対して向こうに行けと促した。
それでも、動こうとしない彼の姿を見て、今度は私の手を引っ張って歩き出す。
「おい、ちょっと待てよ。俺お金持ちなんだぜ、それに顔もイケてるだろ、それの何処に不満があるっていうんだよ」
彼はその場を去ろうとする私たちに声をかけ続ける。
しかし、柚月は足を止めることなく私の手を引いて、その姿が見えなくなるところまで移動した。
「音葉、大丈夫やった?」
「うん、なんとかね。……ありがとう」
今になって自分の身体が少し震えていることに気づく。
ああ、私、結構怖かったんだ……今までに同じような視線を向けてくる人とは何度か出会ったことがあった。それに町を歩いてる最中もかなりの頻度で感じることがある。
でも、あそこまで強引に距離を詰めようとしてきた人は初めてだった。
向こうは柚月の名前知ってたし、柚月も彼のことを知っている様子だった。二人はどういう関係なのだろうか?
そのことを柚月に聞こうとするも、丁度、人が揃ったみたいで、エントランスから中の方へ移動することになった。
お店の外観に反して中は結構落ち着いてるのね……
うん、これなら落ち着いて食事出来そうだわ。
「あっ、音葉、ごめんね話が結構長引いちゃって」
お母さんは柚月と一緒に居る私の姿を見つけるなり、こちらに寄ってきた。
「ううん、大丈夫。柚月が居たから」
「そっか……柚月ちゃん久しぶり!元気にしてた?」
「はい!、鈴菜さんも元気そうで良かったです」
「来てくれたらなぁ、と思って声を掛けてみて正解だったわ。音葉は柚月ちゃんのこと大好きだからね。小さい頃なんて『柚月ちゃんが出るドラマは絶対に見るの!』って言ってテレビ譲ってくれなかったんだから」
「ちょっ、お母さん!?」
嘘じゃないけど、ホントそういうこと言うの辞めてくれる?
「そっか、そっかぁ……
私が子役の時から、私の主演のドラマの主題歌を作るんやって、よう言ってくれてたもんなぁ。
最近はあんまし会えんようになってもてたから、あの約束は流れてもたと思ってた」
確かにそんなこともあったなぁ……
いろいろとあり過ぎてそんなこと考える余裕なんてなかったから。
「私はあの時の夢、まだ叶えるつもりだから」
正確には今、再び決意した。
「うん、私もやよ。それに今なら叶えれそうな気がするし、お互いに頑張ろか」
「いいわね、柚月ちゃん、もし次の主演ドラマ決まったら私に教えてくれないかしら?
その主題歌をウチで引き受けれるか聞いてみるわ」
「鈴菜さん、いいんですか?」
「もちろん、音葉の母親としてもその夢は叶えてあげたいし、何よりも私が見てみたいもの」
「お母さん、ありがと」
「……なんか、鈴菜さんも変わりましたね」
「えっ?」
突然、柚月の口から溢れるようにそんな言葉が出てきた。お母さんは少し驚いた顔で柚月の方を見た。
「あっ、上から目線な言い方でなんかすみません。でも、なんか昔より親子らしいっていうか、ホンマにいい関係って感じがしたんです」
「……ありがとう、そう言ってもらえて本当に嬉しいわ」
お母さんは少し涙目になっていて、そんなお母さんの姿に私も少しだけ泣きそうになってしまった。




