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彼の居ない食事会② ~side 音葉


「音葉、今日はホントに残念だったわね」


 目的地に向かってる車の中で、お母さんは私にそう言った。

 少し声のトーンが低くなっていることから心からそう思ってくれてるのだと思う。


 でもっ――

「もう、お母さんのせいでしょ」


 ホントどの口が言ってるのよ、私に秘密にして勝手に断られたくせに。

 そう、お母さんが勝手に誘って勝手に断られた。この件に関して言えることはそれだけなのだ。


「まぁまぁ、そんなこと言わないでって……」


 お母さんは私をなだめるように視線を向けてくるが、そんなものは無視である。


「ちなみに碧にはなんて伝えたの?」


「えっ、私の知り合い達との食事会があるから来る?みたいな感じで聞いたけど?

 もちろんミュージックビデオのことで、とも伝えたわ。それなのに即答で遠慮させていただきますって返信されたのよね……」


「……」


「何よその目は?」


「いや、そう言われたら普通来ないでしょ」


「えっ、どうして?」


 だってその言い方をされると私だって行きたくないし。

 お母さん社長なんだから、知り合いなんて聞いたら、お偉いさん達ばかり集まるって普通に考えちゃうよね。実際にそうなんだろうけど……でも、断られる前提の誘い方はナシだと思う。ましてや、あの碧にだよ、そりゃ即答されるはずだ。


 お母さん、普段はしっかりしているくせに、こういうところは抜けてるんだから。

 そう感じた反面、完璧過ぎないで居てくれることに私は少しだけ喜びを感じていた。やっぱり人間は欠点がある方が可愛らしいのだ。


 お母さんは首を傾げたまま固まっていてホントに訳が分からないといった様子だったが、まぁここの感覚の違いは仕方ないことなのだと思う。

 断られにいったお返しとして、答えは教えてあげないけど。

 


 会場につくと運転手の葉山さんに一言お礼を伝えてから私とお母さんの二人は車を降りた。

 日が傾き次第にその顔を隠していく時間帯、きっと誰もがお腹が空かせるタイミングだろう。私はお母さんの隣を歩きながらそんなことを考えていた。


 そういえば碧は今、何をしているのだろうか既にご飯を食べているだろうか?

 碧のことだから多分、家で暇してるよね。それなら断らずに来てくれれば良かったのに……

 既に答えの出た結果に対して何度もメスを入れてやりたくなる私は一種の病気なのかもしれない。


 それにしても今日のお店はかなり気合いが入ってるよね…… 

 建屋まではまだそれなりに距離はあったが、遠くから見ても分るほどの煌びやかなお店の外観からして、何処かお城を彷彿させられる造りになっている。しかも駐車場も無駄にでかいし、何なのよコレ……、確か普通の食事会のはずじゃなかったっけ?、パーティでも開くつもり?

 もっと落ち着いた感じの場所をイメージしていただけに予想外過ぎた。

 なんか帰りたいかも。

 それなりの数の高級店と言われる場所で食事をしてきた私でさえそう感じてしまうのだから、きっと碧からしたら入り難いお店ランキングの頂点に君臨するに違いない。ある意味来なくて正解だったのでは?


 多分、腰抜かすだろなぁ……

 自分の隣でビビりにビビりまくってる綺麗な黒髪を持つ彼の姿を思い浮かべると、少しだけ頬が緩んでしまった。

 ああ、会いたい……

 この前一緒にビーチバレーをしたばかりだけど、あの時は周りの目が気になってほとんど会話が出来ていない。久しぶりに見た碧の姿に見惚れているうちに終わってしまったものだから、帰った後には歌織さんからこっぴどく怒られたのだった。

 恋心を自覚するだけでこうも奥手になるとは自分でも予想外だ。


「ちょっと音葉、何ニヤけてるのよ?」


「べっ、別にニヤけてなんかないし!」


「どうせ、碧君のことでも考えてたんでしょ」


「……」


「あら、図星だった?」


 黙る私を見てお母さんはニヤリと笑った。そして、大きく深呼吸をして私の方を見た。


「音葉、私、前に今は恋愛は避けるようにって言ったよね」


 私は小さく頷いた。でも、その言葉は今の私にとって辛い。

 母さんの言ってることは理解できるけど、自覚してしまったあの日から、日に日に制御出来なくなってしまっている。

 私はどうしたら……


「もう、そんな顔されたらダメって言えないじゃない。後、それに最近は考え方が少し変わってきてね、本人どうしが良かったら、別に私が口を挟むことでもないのかなって……」


「えっ!?

 でも、それじゃあ――」スクープにされた際には、きっとお母さんに迷惑がかかる。

 既にごまかして何度も危険な行動をとってるのにも関わらず、そんなことを思ってしまう。


 お母さんは立ち止まって私の方に身体を向けると、顔を見て首を横に振った。


「まぁ、もちろん世間にバレた時は大変にはなるだろうけど、バレるって決まったわけじゃないし、それにその時は私がなんとかするから、貴方は心配しないでいいの。

 なんたって私は音葉のお母さんなんだから」


「お母さんっ――」


 私はうれしさのあまり、お母さんの胸の中に飛び込んだ。するとお母さんは私を優しく抱きしめてくれる。ああ、温かい…… 

 そう感じると、目頭が熱くなってきて視界がぐにゃりと歪んだ。私はそっと目を閉じて、お母さんの身体に半分ほど体重を預ける。

 なんだか凄く落ち着く……


「えっ、あっ、ほら泣かないでって、もうすぐ着いちゃうから」


「泣いてなんかないもん、ちょっと嬉しかっただけ……

 お母さんありがとね、大好き」


「……私もよ、あんな辛い想いさせてごめんね」


 こうやってわかり合えるならもっと早くに自分の想いをぶつけるべきだったとつくづく思う。ホント碧に会ってから良いことずくめね。

 私はここには居ない彼に、心の底から感謝した。

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