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割れた携帯


「もう、舞、何やってんのよ」


 少し離れたところから、女子生徒の声が聞こえてくる。

 おそらくは先ほどの彼女の友達の声だろう。


「あの、ホントにごめんなさい……」


 咲乃さんは改めて俺に頭を下げてきた。

 彼女の表情を確認すると、申し訳なさそうに頭を下げていて、まだ俺が葵だと気づいた感じはしなかった。

 いろいろと、不安に感じていたのだが、流石に髪を下ろした状態でだと誰も分かるはずもないのだろう。


 それほどまでに碧と葵では、例え根の部分が一緒でも見た目の雰囲気が違い過ぎると思う。

 改めて今の状況を整理しつつ俺は内心でホッと一息を吐いた。


「いえ、ボッーとしてた俺も悪かったので、余り気にしないでください。まぁ、廊下は走らない方が良いとは思いますけど」


「ですよね……あっ、この携帯は……」


 咲乃さんが見つけたその携帯は、先ほどの衝撃でポケットから飛び出したであろう俺の携帯だった。


「それ、俺のです」


 咲乃さんは裏向きで地面に落ちていた俺の携帯を拾って、その画面を見た瞬間、絶句してしまった。

 そして一瞬にして顔を青ざめさせる。


「ご、ごめんなさい!弁償はしますので」


 彼女は少し震える両手でその携帯を前に突き出して、勢いよく頭を下げた。

 そこで俺は彼女の思い違いを理解する。


 なるほどな、今ので画面が割れてしまったのだと勘違いしたのか。


 確かに状況的にはそう疑ってしまっても仕方のないことだと思う。

 だが、それは要らぬ心配というやつである。


「いえいえ、実は画面が割れてるのは元からなので気にしなくて良いですよ」


「そうなんですか?」


 そう、ただ不良どもに小突かれてヒビが入ってしまっただけなのだから。例えそこに咲乃さんが絡んでいたのだとしても別に彼女の責任にはならない。

 

「はい、だから弁償とかはしなくて大丈夫です」


 俺がハッキリとそう言い切ると、「良かった……」と咲乃さんはホッと胸を撫で下ろしていた。


 すると、彼女は少し冷静になったのか、今度はとんでもないことを言い始めた。


「あれ?、でもこの携帯の割れ方何処かで……それに機種も多分これと同じだったと思うわ」


 俺の額に冷たい汗がたらりと流れる。

 おいおいおい、何処で記憶がカムバックしてんだよ。普通に忘れてろよ。

 

 彼女が俺の携帯を見たのなんて本の数十秒のことだ。そんな記憶に残るほど芸術的な割れ方をしていただろうか?


 そして次の瞬間、彼女の視線が髪に隠れた俺の顔面を捉えた気がした。

 うっ、ヤベェ。俺の直感が火災報知器のごとく警報を鳴らす。


「す、すみません、携帯返して貰いますね」


「あっ、はい」


 早くこの場を去りたくなった俺は、かなり強引なカタチで彼女の手から携帯を奪い取った。このまま直ぐに立ち去るべきだと本能が叫ぶ。


 そんな時、タイミング良く予鈴が鳴ってくれた。

 もちろん俺がその好機を逃すことはない。


「それじゃ、俺、上の階だから急がないと」


 少し言葉足らずな気もしたが、今はそんなことは言っていられない。

 俺は直ぐにその場から立ち上がると、競歩にも近い早歩きで3階へと向かうのだった。

 本音を言うなら走って逃げ出したかったのだが、俺自身が走るなと注意した手前、走れるワケもなく……

 

 くそっ、自分で自分の首を絞めてんじゃねーか。




⌘ side〜 舞 ⌘


 えっ、同学年の子じゃなかったんだ。

 私は早歩きで上の階に向かう男子生徒の後ろ姿を見てそんなことを考えていた。

 ってか、だったらどうしてこの階に?


 とも思ったのだが、まぁ、そこは考えても分かりようのないことだ。


 いやいや、ちょっと待って。

 それよりも上の階に向かうってことは、学年が一つ上の先輩ってことだよね。

 つまり、例の彼と年齢が一緒の可能性が出てきたということだ。

 正直、声はハッキリと覚えてないけど、私の記憶の中のモノも多分だけどあんな感じだった気がする。

 それに何よりも引っ掛かったのはあの携帯だった。


 私を助ける為の過程で割れてしまった葵さんの携帯、それを私が拾って彼に届けたのだ。あの時はホントに感謝の念と申し訳なさが強くて……だからこそよく覚えてる。

 あの割れ方はあの時見たものと同じだってことを。


 それにあの先輩はこうも言った。

 それは今回割れたものではないと……もし、あの時の携帯がさっきの先輩が持っていた携帯なのだとしたら——


「まさか、ね」


 いやいや、そんな偶然あるわけない。


 私は生き過ぎた妄想を振り払う為、首を大きく左右に振った。

 そう、見た目も雰囲気もまるで違うし、別人に決まってる。

 でも、一度気になったらそのままにしておけないのが私というやっかいな生き物だった。


 仕方ない、こうなったら一度確かめてみないと……


 もし、あの先輩が葵さんなのであれば、何かあの時のお礼をしたい。

 それに、いろいろとお話もしてみたいわ。


 私はそんな想いを胸に、自分の教室へと向かった。



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