私にとって居心地の良いところ 〜side 雪
「東雲さん!?」
私は空いた口が塞がらなかった。
なんでこのタイミングで……
東雲さんの方もかなり驚いたみたいで、かなり素っ頓狂な声をあげていた。
でも、気まずいのは圧倒的に私の方だ。
横目で見えた葵さんもかなり驚いた表情をしていたが、それは恐らく私たちの反応に驚いてのことなのだろう。
にしても本当に気まずいわ。
東雲さんは私と葵さんを交互に見て「ほへぇ〜」と少し腑抜けた声を漏らすと、今度はニヤニヤと楽しそうな顔つきになった。
あっ、これは面倒なやつだと私の直感が囁いた。
なんでよりによって東雲さんなんかに……
「彼氏さんすみません、少しだけ彼女のこと借りますね!」
東雲さんはそんな風に葵さんに告げてから私の腕を強引に引っ張ってくる。
「えっ、あっ、おう?」
「ちょっ、東雲さん!?」
私は仕方なく席を立って、腑抜けた返事をしていた葵さんから少し距離を取った。
すると、東雲さんがヒソヒソ声で喋りかけてくる。
「天音さん、彼氏居たなら教えなよ。しかもめっちゃイケメンだし……何処で知り合ったのよ?」
いったい何処から突っ込んだらいいものか……
「あのね、葵さんは別に彼氏とかそう言うのじゃないから!それに何でいちいち貴方に報告しなきゃいけないのよ?」
彼氏とかじゃない、と言いつつも、そのことを全く考えなかった訳ではなかった。そして、それは私自身が一番知っている。
言葉では否定していても、異性として意識していたのは多分間違いないと思う。
だって、普段の私なら、初めて会ったばかりの人をご飯に誘うなんてことしないし、ましてや異性なんて……
でも、彼ほどの見た目なら誰もが一度は想像してしまうものだろう。
「へぇ、葵さんって言う名前なんだ。ままっ、少し落ち着きなって、秘密にしたいのは分かるからさ。誰にも言わないって!」
「だから、違うから」
しかし、東雲さんは聞く耳を持たなかった。
「あっ、でも碧ぐらいには報告しとくかも」
もう、一発殴っていいだろうか?
気がつけば、いつの間にか拳を握りしめていた。後はこの手を彼女に向けて前に突き出すだけだ。
「東雲さん?」
私は距離をとったとはいえ、葵さんが近くにいることを思い出して、なるべく笑顔を崩さないように彼女の名前を呼んだ。
「ん?、ひぃっ——、天音さん!?、ちょっと怖いって、目が笑ってないって、マジで冗談だから」
とりあえず言質を取って少しだけ心に余裕が出来た。
あれ?、でもなんで彼に報告されるのが嫌だって思ったんだろう……
誰かに自分のプライベートをバラされるのが苦手なのもあるけど、今はそれだけじゃない気がしていた。
——あっ、そっか、彼が玲奈さんの弟だからか——
私は彼に今日のことが伝わって、そこから玲奈さんに変なイメージを持たれるのが嫌なのだと思う。
そう無理やり答えを出した。
しかし、自分のことなのにハッキリとはしなかった。
そのせいか、答えを出した後もモヤモヤは消えないまま残り続けている。
そもそも何故、葵さんのことがこんなに気になるのだろうか?
顔がカッコいいから?
身長が高くてスタイルもいいから?
ううん、確かにそれはプラス要素にはなってるけど、違う気がする。
もっとそう、なんて言うんだろ……
一緒に居ると落ち着くとか、自然体でいられるとかそんな感じのことだ。
そしてその部分が、彼と葵さんはよく似ている。
……えっ、・・・碧君と似ている?
もしかして私——、いや流石に違うよね。
東雲さんに見られたくないところを見られて少し気が動転してるだけの話。
別に碧君のことはなんとも思ってないはず。
ばすよね?
「天音さん、大丈夫?」
「あっ、うん、大丈夫。それでなんの話だっけ?」
いろいろと考えこんでいたせいで、先ほどまでの話の内容がよく思い出せない。
「えっ、大丈夫じゃなくね?、でも、まぁ、なんかラッキーかも……
とりあえず、そーゆことだから!」
東雲さんは走り気味にそれだけを言い残して自分の居た席へと戻ると、素早く残りのハンバーガーを口に詰め込んでから何処へと行ってしまった。
一応、去り際に葵さんに頭を下げていたのだけれど、それがかなり失礼だと思うのは私だけかしら?
多分口の中を食べ物でいっぱいにし過ぎたせいで喋れなかったのだろう。
それにしても彼女、私にちょっかいを掛けてきただけだったのね。
ホント幼稚だわ……
でも、私にとって東雲さんは決して嫌いにはなれないタイプの人間だった—— って、「あっ!」
もしかして結局、誤解されたままじゃない!?




