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本当の弟 〜side 雪


「学校は楽しいですか?」


 葵さんは突然そんなことを聞いてきた。


 正直、かなり急だなと感じたのだが、とりあえず私は考えてみる。


 学校が楽しいか?

 そんなの今まで一度も考えたことがなかった。


 そもそも、私にとっての学校は勉強を学ぶ場であってそれ以外の何ものでもないのだ。


 だから楽しい!、なんてことを余り感じたことはない。


 けど、最近は少し変わってきてる気がする。

 玲奈さん繋がりで、弟である碧君と喋るようになって、そのオマケで絶対に関わることがないだろうと考えていた人物たちのうちの一人、東雲さんとも一緒に食事を摂るようになった。


 未だに学校という空間は好きになれないが、彼らと他愛もない会話をする時間は割と嫌いじゃない。


 二人とも私に変に気遣ったり、気色の悪い目で見てくるようなことはなかったから、私も自然体でいられるのだ。

 向こう側はどう感じてるのかは分からないが、多分これが友達という存在だったのだと思う。


 まぁ、小学校低学年の時以来の経験だから余り自信はないのだけど……


 中学とかは殆ど一人だったし、一人の方が気楽だったから。

 

「そうですね、今は楽しいのかもしれません……

 って、自分のことなのに曖昧な回答ですみません。」


 普通に楽しいって言っていればよかっただけなのに……

 変な人って思われたかな?


 そう思って葵さんの表情を伺ってみたのだが、何処かホッとした表情をしていただけで、特に変な印象を与えてしまった感じはなさそうだった。


 それにしてもこの顔は、どんな表情でも似合うわよね。

 少しの間、また彼の整った顔に吸い寄せられるように見つめてしまっていた。


 私、イケメン趣味とかなかったつもりだったんだけど……


「いえいえ、こちらこそ踏み込んだ質問ですみません」


 葵さんは申し訳なさそうに頭を下げてくれた。


 それから少しの間、待っているとアナウンスで私たちの見る映画が開始する10分前になったようで、中の方に入れることになった。


「それじゃあ、天音さん行きましょうか」


 私は葵さんに声をかけられてベンチから腰を上げると、チケットを片手に入場口の方へと向かう。

 

 ああ、なんか久しぶりだな。こういうの……


 まさか、家族ではない誰かを誘って映画に来ることになるとは思ってもみなかった。

 今までの映画は少し恥ずかしくて他人にはあまり言えないが、母親と一緒にくることが多かった。


 母と私の見るテレビの趣味が基本的に同じなので、こういったドラマからの映画もちょくちょく見に来ている。


 まぁ、お父さんとは趣味が全然合わないんだけどね。


 そして、今回の私の予想外の行動によって、一つ大きな問題ができてしまった。


 実はこの【命のリスペクト】は母も大好きなドラマの一つで、葵さんとの約束が決まった後に、同じ映画に誘われてしまったのだ。


 もちろんだが、異性と映画に行くことなど伝えていないし、恥ずかしくて伝えたくない。

 そして、今までにこういった誘いを断ったことはなかった。


 多分、断ったら怪しまれるよね。


 そんな訳で私は「もちろん行くわ」と一言……一度も見ることなく二度目の映画が決定してしまったのだった。


 だって、私だって自分でも葵さんを誘うと思ってなかったし……

 ホントにそうなのだ。でも、気がついたら誘ってしまっていた。


 そして、それを了承してもらったことを嬉しく思っている私がいた。

 それに不思議なことに葵さんと出会った時から少しだけ感じていたことなのだが、初めて出会った気がしないのだ。

 会話だってそう、最初は彼の顔の整い具合に緊張してしまったのだが、今となってはスムーズに喋れている。


 もちろんだけど、別に私はコミュニケーション能力に秀でてる訳じゃない。

 寧ろ苦手な方なのだ。

 それなのに、どうしてなのだろう……


 そういえば、葵さんってどこか雰囲気が玲奈さんに似てる気がするんだよね。だから馴染みやすいのかも。

 実は葵さんが、本当の玲奈さんの弟だったりして……

 って、それじゃあ碧君の方はどうなるのって話なんだけどね。

 体育祭での玲奈さんの反応を見ても碧君が弟であることは間違いなさそうだし、あり得るわけないか。


 まぁ、いいわ。

 とにかく私は今、楽しいと感じてる。とりあえずはそれが全てだ。

 映画楽しまなくっちゃ!


 私は頭を切り替え、葵さんの後を追って映画館へと足を踏み入れた。

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