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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
続き

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化け狸の意趣返し




「参りました、陛下」


 一眞が皇后の呼び出しを受けて彼女の執務室に向かうと、そこには紫苑の姿もあり、珍しく真剣な表情を浮かべていた。


 大衆新聞を手にして睨みつけてくる二人に、一眞は怪訝に思いながらも頭を下げるが、


「…………」

「…………」


 無言のまま、責めるような視線を向けられて、


「……あの、陛下、私に何か御用でしょうか?」


 奇妙に思いつつ口を開くと、皇后はこれ見よがしに重いため息をついた。


「そうよね、貴方もしょせんは男なのよね。英雄の息子だとか、精鋭部隊を率いた傑物だと世間ではもてはやされているけれど……」

「母上、僕をこいつと一緒にしないでください。世の中には、浮気しない男もいるんですよ」


 皇后は息子の言葉に救われたように微笑むと、


「ですがこうなってしまった以上、それ相応の罰が必要よ。私の可愛い姪っこを傷つけた罪は重いわ」


 自分も同意見だと紫苑は重々しく頷くと、


「おそらく姉さんも今頃、この記事を読んでショックを受けているはずですから」

「どうしましょう? あそこをちょん切ってやりましょうか?」

「そうですね、そうしましょう」


 一体なんの話かと二人の会話に耳を傾けていた一眞だったが、


「恐れながら申し上げますが、私は浮気などしていません」


 慌てて口を挟むものの、皇后はカッと両目を見開いて返す。


「黙りなさいっ。この浮気者めっ。若い女がそんなにいいのかっ」

「……母上、落ち着いてください。どう見ても浮気相手のほうが姉さんよりも年上じゃないですか」


 途端、怒りを爆発させた皇后に紫苑はぎょっとすると、「一眞を父上と重ねないで」と小声でたしなめつつ、


「見ろ、一眞。これが証拠だっ」


 鬼の首を取ったような顔で大衆新聞の記事を突き付けられて、一眞は「はぁ」とため息をつく。


「どうか誤解しないでください。その写真に写っている男は私ではありません」

「だったら誰だというんだ?」

「私に化けた混ざり者――黒須七穂です。おそらく彼の悪ふざけでしょう」


 その答えに紫苑は納得したらしく、


「それが事実ならずいぶんと彼に嫌われているようだ。部下の恨みを買うとあとが怖いぞ」

「……池上水連の身柄は私に預けるとおしゃったのは殿下ですよ」

「そうだったか? で、結局どうした?」

「御覧の通り、黒須に教育させています。使えそうなら今後も彼に任せるつもりです」


 そういうことか、と紫苑は吹き出す。


「それでこの写真を故意に記者に撮らせたわけか……」

「どういうことなの、紫苑」


 皇后にぎろりと睨みつけられて、紫苑は背筋を正す。


「申し訳ありません、母上。一眞は潔白です。僕の勘違いでした」

「……だったら胡蝶もそのことは知っているのね」


 もちろんだと頷くと、ようやく皇后も警戒を解いて一眞を見る。


「悪かったわね、誤解して。先ほどの暴言をどうか許してちょうだい」

「もちろんです、陛下」

「どうかこれからも、胡蝶のことをよろしくお願いね」


 一眞は優しい笑みを浮かべて応えると、


「他に御用がなければ、これで」


 深く頭を下げて退室する。



「それでは母上、僕も失礼します」

「ちょっと待ちなさい、紫苑」


 きまり悪そうに部屋を出ていこうとする息子を呼び止めて、皇后はスッと目を細めると、


「貴方にはまだ聞きたいことがあるわ。この写真に写っている女のことで」

「……ただの混ざり者の女ですよ、蛇ノ目とは無関係なので、なんの脅威にもなりません」

「知りたいのはそんなことじゃないわ、この女は美人なの?」

「写真を見る限りでは、それなりに……」

「胡蝶よりも?」

「まさか、姉さんのほうが断然綺麗ですよ」


 皇后は考え込むように腕組すると、


「彼女は混ざり者なのよね?」

「はい、まぁ……」

「混ざり者は普通の人よりも老けるのが遅いと聞いたことがあるわ。五十代になってもまるで少女のような肌をしているのですって」


 皇后は心底羨ましそうにため息をつくと、


「ちなみにどんな能力があるのかしら?」

「なんだったかな……あとで一眞に確認しましょうか」

「ええ、お願い」


 皇后は今一度あらためて写真の女を見ると、


「龍堂院殿は本当に大丈夫かしら。こんな美人が近くにいて……」

「大丈夫ですよ、公私混同を嫌う男ですから。そもそも女性は苦手という変わった奴ですし」

「けれどこの女性は独り身でしょう?」


 一体何をそんなに心配しているのかと首を傾げつつ、「未亡人らしいです」と答えると、


「未亡人ですってっ」


 皇后は恐怖におののくようにつぶやく。


「だったら当然、次の獲物(夫)を探しているはずよ」

「考えすぎですよ、母上。一眞の話では、彼女は姉さんの命を救った恩人で、姉さんも彼女のことを好意的に見ているらしいです」

「バカねぇ、紫苑。女同士の友情なんてもろくはかないものよ」


 酸いも甘いも嚙み分けた皇后は悟りきったように言うと、


「長い付き合いでも一瞬で壊れることもあるんだから……例えば痴情のもつれとかで」

 

 もう付き合い切れないとばかりに、「母上」と紫苑は疲れたような声を出すと、


「どうかこの話は内密に。くれぐれもご婦人方たちには吹聴しないでくださいね」

「あら、その言い方は心外ね」

「面白がって話を大きくしないでくださいよ。皆が迷惑するんですから」

「……失礼な子ね。わかってるわよ」


 息子の小言を聞き流しつつ、「下がっていいわ」と手を振る皇后に、やれやれと紫苑も息を吐く。


「それでは失礼します」





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