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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
本編

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残ったコロッケを網で焼く


 揚げたてのコロッケが大好きだ。


 外はカリッと、中はホクホク。サクサクと音を立てて食べながら、ほんのり甘味のあるじゃがいもが、ひき肉や玉ねぎの旨みを吸って、口の中に幸福感をもたらしてくれる。辰之助はソースをかけて食べていたが、胡蝶は何もかけず、そのまま食べるのが好みだ。


 コロッケが好きすぎて、翌日も、その翌日も作ってしまったほどだ。


 もちろん食べる人が飽きないよう、中身に変化もつけた。濃厚なクリームコロッケや甘いかぼちゃコロッケ――かぼちゃに甘酒をくわえて作るとなお美味しい――満腹感のあるおからコロッケに、ご飯がすすむ肉じゃがコロッケ、などなど。


 コロッケを作りすぎて余ってしまったら、翌日、表面にバターを塗って、網で焼いて食べた。一日置いて、べちゃっとしてしまったコロッケが再びサクサク感を取り戻し、バターのまろやかな風味も加わって、いっそう美味しく感じられる。


「お昼はこれだけでも十分ね」

「ご飯というより、おやつ感覚で食べてしまいましたわ」

「コロッケを食べると、どういうわけか牛乳が飲みたくなるのよね」

「あたくしはおにぎりと牛乳の組み合わせが好きですね」

「きっと子どもの頃、父さんによく飲まされたせいよ」


 昔は、近くに乳牛を飼っている農家が多くあったため、父がよく、畑仕事の帰りにしぼりたての牛乳を持ち帰ってくれたのだ。その牛乳は驚くほど濃厚で、甘くて美味しい――それで我が家の朝食の定番は、お漬物におにぎりと牛乳という、一風変わったものだった。


「もうこの辺で乳牛を飼っているお宅はないの?」

「ええ、農家自体も減ってしまって……皆、町に移り住んでしまいましたわ」


 そう、とがっかりしながら、胡蝶は席を立つ。後片付けはあたくしがやりますから、という佳代の言葉に甘えて、縁側でのんびりしていると、さっと目の前を何かが横切った。狸かしらと思い、庭に出ると、


「まあ、狐」


 珍しい、黒狐だ。

 弱っているのか、低木の下でうずくまって、じっとしている。


「怪我をしているの?」


 よく見れば片目が潰れて、片方の目しか開いていない。

 喧嘩をしたか、大型の動物に襲われたか、したのだろう。


「……可哀想に」

 

 近づいても逃げる様子はなく、胡蝶はどうしようかと頭を悩ませる。野生の動物は凶暴だ。迂闊に手を出せば、噛まれてしまうかもしれない。けれどこのまま、放って置くわけにもいかないし……。うんうん考え込んでいると、おもむろに狐のほうから近づいてきて、目の前にちょこんと座った。


 頭を低くして、なぜか服従の体勢をとっている。

 試しに手を伸ばしてみるが、嫌がる様子もないので、思い切ってそっと頭を撫でてみる。

 

 ――ふわふわ……可愛い。


 するとすぐ後ろでお佳代の声が上がる。


「お嬢様っ、今すぐその狸から離れてくださいましっ」

「狸じゃないわ、かあさん。狐よ。この子、怪我してるみたいなの」

「まあ……怪我を?」


 お佳代が近づいてきても、狐は逃げなかった。

 ずいぶんと人懐っこい性格らしく、優雅に尻尾を揺らしている。


「狐というより犬みたいですわね」

「片目が見えていないみたい」

「なるほど、それで獲物が取れず、弱っているというわけですね」

「元気になるまで、うちに置いてあげましょうよ」

「お嬢様ったら……狐はタチが悪いんですよ。畑は荒らすし、鶏を食べるしで」

「でも……」 


 胡蝶が言い返そうとしたその時、狐が動いた。

 牙を剥いて、何かに飛びつく。


「きゃっ、蛇っ」


 縁の下から大きな蛇が顔をのぞかせていた。

 狐は難なく蛇を捕らえると、それをくわえたまま、どこかへ走り去ってしまう。


「お嬢様、お怪我は?」

「平気よ。あんなところに蛇がいたなんて、気付かなかったわ」

「狐は雑食性で、蛇も食べるんですよ」

「あの子のおかげで、噛まれずに済んだわね」




 ***




 

「愛している? あの小娘のことを愛しているですって」


 高級ホテルの一室にて、北小路清春の言葉を思い出し、麗子は苛々と自身の爪を噛んでいた。顔しか取り柄のない男――軽薄で、女にだらしなく、借金まで背負い込んだ惨めな男――だからこそ、胡蝶の夫に選んだというのに。


 ――このわたくしを脅すなんて……。


 だから殺した。


 もちろん、自分が直接手を下したわけではない。麗子がやったことといえば、睡眠薬を入れた酒を飲ませたくらいだ。それ以外のことは全て愛人に任せた。爬虫類のような顔をした男だが、非合法な薬の売買、売春に暗殺業と、裏稼業ではそれなりに名が知られているらしい。高位貴族を顧客に抱えている上に、警察組織にも知り合いがいるらしく、それで逮捕されないのだとか。


 ――大丈夫、彼がいる限り、わたくしの身の安全は保証されたも同然。


 そう思い、愛人のほうへ顔を向けるが、


「どうしたの? 蛇ノじゃのめ。真っ青な顔をして」

「監視用の蛇が殺されました」


 答えた男の目は、人間のそれではなく、爬虫類の目そのもの――蛇ノ目と呼ばれた男は特別な力を持つ「混ざり者」だった。先祖が蛇の妖怪と交わったとかで、生まれながらに超能力が使えるらしい。この和国では、「混ざり者」は忌むべき存在としてあらゆる面で差別されてきたが、戦時中に活躍した混ざり者たちが英雄に祭り上げられ、爵位を得たことで、彼らに対する認識ががらりと変わってしまった。人々は「混ざり者」を畏怖し、尊敬し始めた。軍の内部にも、「混ざり者」だけで組織された精鋭部隊があるとか、ないとか。


 

「まさか、胡蝶に気づかれたの?」

「それはありえません。ですが……」

「何? 何なのよ」

「彼女の近くに、私と同じ混ざり者がいるようです」

「そんな……」

「おそらく軍関係者でしょう。私の存在に気づいたようですね」


 言いながら蛇ノ目は立ち上がり、身の回りの荷物を片付け始める。


「私はしばらく身を隠すことにします。貴女との関係に気づかれたら、お互いまずいことになる。麗子様も今すぐここを出て、自宅で大人しくしていてください」


 彼の指示に従い、ベッドから飛び降りた麗子はてきぱきと脱いだ服を身につけ始めた。


「……次はいつ会えるの?」

「今の段階では何とも」


 蛇ノ目は顔を隠すように帽子を深くかぶると、別れの挨拶もせずに出て行ってしまった。人妻でありながら、既にどうしようもなく蛇ノ目との情事に溺れている麗子は、このような事態に自分を追い込んだ清春を恨み、清春を篭絡した胡蝶を憎んだ。


 


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