帰還 / ウーヴェの主人達
わたしの話をガイウスは辺境伯様達に話したらしく、王都への帰還準備を急いだ。
ガイウス達が戻ってきてから四日後、わたし達は辺境伯領を発つことになった。
この四日の間にガイウスと共に孤児院に行ったり、街の雨止み祝いの祭りに出掛けてお土産を購入したり、辺境伯領をかなり満喫出来た。
……やっぱり二人でいる時が一番楽しいわ。
ウーヴェは旅に備えて体調を万全にするために屋敷でゆっくり休んでいた。
ただ、本人いわく『先祖返りは体も丈夫』だそうで、あれほど疲弊していたというのに、二日ほどで回復し、残りの二日間は騎士達と手合わせをして過ごしたらしい。
喋るのは元からあまり得意ではないようで、でも、表情や雰囲気がとても分かりやすい。
街の屋台の食べ物をお土産に買って帰ったら喜んで食べていた。
ウルフィー族の料理は質素なものだったのか、何を食べても「美味しい」と目を輝かせる。
そんなウーヴェにガイウスが「王都にも美味いものが沢山あるぞ」と微笑ましそうにしていて、恐らく、たった一人だけ生き残ったウーヴェの境遇をわたしと同じく心配しているのだろう。
旅立ちの朝、辺境伯様が見送りに出てくれた。
「今回の支援物資の件、本当に礼を言う。……セルヴァン、魔道具のこともそうだが、国王陛下に感謝の念をしっかり伝えてくれ。何度も王都と辺境伯領を行き来して大変だろうが、頼んだぞ」
「はい、必ずやお伝えいたします」
セルヴァン様も魔道具の報告があるため、王都に戻るそうだ。
辺境伯様がこちらに顔を向ける。
「ガイウスと夫人も、また来てほしい。それまでに辺境伯領を立て直しておこう」
「はい、今度は普通の旅行でまいります」
「この二週間、お世話になりました」
辺境伯様とガイウスが握手を交わし、互いに頷き合う。
「元気で。この辺境の地から、お前の活躍を願っている」
「ありがとうございます。辺境伯様も、どうかいつまでもご健勝でお過ごしください」
そうして、わたし達は馬車に乗り込み、辺境伯様や使用人達に見送られながら出発した。
リルカの街を抜け、外に出ると、来た時は雨降りで泥だった地面がしっかりと乾き、晴れ渡った空が気持ち良く広がっている。
車窓の外の景色を見たガイウスが「帰りは天気が良いまま行けそうだな」と微笑んだ。
天気が良いと進みも速く、その後は旅程通りに王都への道を戻る。
途中、来た時と同じ場所でまた野宿となった。
相変わらず、わたしは焚き火のそばで忙しなく動く騎士達を眺めて過ごした。
ウーヴェは辺境伯家の屋敷でも騎士達と手合わせをしていたおかげか、旅に出てからも、ウーヴェは時々騎士達と話しているし、野宿の準備も手伝っている。
「お、ウーヴェ、沢山薪拾ってきたな」
「薪、あるだけ、いい」
「そうだね、暗くなってから拾いに行くのは危険だから助かるよ」
ウーヴェが未成年ということを知っているからか、結構可愛がられているようだ。
大量の薪を集め終わったウーヴェがガイウスのところに行く。
ガイウスが慣れた様子でその頭を撫でると、今度はウーヴェはこちらに来て、ズイと頭を差し出してくる。
わたしもウーヴェの綺麗な白髪の頭を撫でれば、満足した様子でまた手伝いに戻っていった。
寂しがりなのか、それとも甘えたいのか。ウーヴェはわたしとガイウスに懐いている。護衛や騎士達に頭を触られるのは嫌がっており、頭を撫でてくれと要求する相手はわたし達だけらしい。
気付けば、辺りは暗くなっていた。
ウーヴェは夜目が利くようで、暗くなっても元気に動き回っている。
「まるで子供だな」
戻ってきたガイウスの言葉にわたしは頷いた。
「ええ、いつかわたし達も子供を授かる日が来ますもの。その予行練習になりますわね」
「……ああ、確かに」
横に座ったガイウスに抱き寄せられる。
手伝いをして回るウーヴェは楽しそうで、そんな姿に少し安心した。
家族も、仲間も、住む場所も、生まれ故郷も、全てを失ってしまったウーヴェの心が折れてしまわないかが心配だったが、わたしが思うよりも彼は心の強い子なのかもしれない。
ガイウスもそんなウーヴェを温かな眼差しで見守っている。
しかし、ふわりと吹いた風の冷たさに少し震えてしまった。
それに気付いたガイウスが毛布を取ってきて、かけてくれた。
「ありがとうございます」
「気にするな。……もうすぐ冬が来る。今からこの気温だと、今年の冬は例年より寒くなりそうだ」
空を見上げたガイウスに釣られて、わたしも顔を上げた。
よく晴れた夜空には美しい星々が輝いており、この世界では当たり前の赤と青の双子月が浮かんでいる。双子というが、赤い月のほうが小さく、青い月のほうが大きい。今夜は青い月のほうが三日月になっていた。
「こうして良く晴れた日はより寒いが、星も綺麗に見えるんだ」
森の木々の暗い陰が視界の端に僅かに入るものの、上を向けば、視界いっぱいの夜空が広がる。
二人で身を寄せ合って、周囲の騎士達の声や音を聞きながら夜空を眺める。
不意に夜空にキラリと細い線が走り、揃って「あ」と声が漏れた。
流れ星かと思ったが、夜空を見ていると、また光の筋が駆け抜けた。
思わず、ガイウスと顔を見合わせる。
もう一度夜空に顔を向ければ、一つ、二つ、三つと空に星が流れていく。
わたし達の様子に気付いた近くの騎士達も空を見上げ、増えていく流れ星に声を上げた。
「流星群だ!」
誰もが手を止め、立ち止まり、夜空を見上げた。
静かになった世界で、先を急ぐように駆け抜けていく星達の姿に見惚れてしまう。
同時に、ガイウスとの約束を思い出した。
……いつか、一緒に流星を見よう。
「……ガイウス」
わたしが呼べば、ガイウスがギュッとわたしを抱き寄せる腕に力を込めた。
「俺も今、多分、君と同じことを思い出している」
「すごく近い『いつか』でしたわね」
笑ったわたしに、ガイウスも笑いを含んだ声で返事をする。
「ああ。……また『いつか』の日も、一緒に見よう」
その言葉に胸が温かくなる。
ガイウスの手に、自分の手を重ねながら流れ星を見つめる。
「ええ、また『いつか』も一緒に見ましょう」
騎士達は少しの間、流星を楽しむと各々の作業に戻っていく。
ウーヴェが来て、わたし達のそばの地面に座り、真似をするように空を見上げた。
「……ウルフィー族、死ぬ、星になる……言い伝え」
と、言ってジッと流れ星をウーヴェが見つめる。
「雨、晴れた……みんな、空、行けた」
ウーヴェの目には流星群が仲間のウルフィー族の魂に見えているのかもしれない。
手招きをして、近づいてきたウーヴェの頭を撫でる。
「あんな綺麗な星になれるなんて、ウルフィー族の魂は美しいのね」
「……ん」
見上げた夜空を数えきれないほどの流星が横切っていく。
夕食が出来たと声をかけられるまで、わたし達は駆け抜ける星達を見送った。
* * * * *
ウーヴェ・ウルフィエルはウルフィー族のエル村出身である。
誇り高い狼獣人の末裔で、その先祖の能力を色濃く宿す『先祖返り』だった。
村の中では誰よりも戦うのが得意で、狩りにはいつも出ていたし、他の仲の悪いウルフィー族との小競り合いにも参加していた。ウーヴェは村の最大戦力と言える。
しかし、突然現れた黒いローブの者達に村も、仲間も、全てを奪われた。
殺されそうになり、一人だけ逃げ延びたが、外の世界は村と全く違っていた。
違う容姿の人々、奇異の視線、冷たい雰囲気。誰もがウーヴェの存在を無視した。
ウルフィー族は外の者とほとんど関わることがない。
ウーヴェも、外の世界の人々とどう接すればいいのか分からなかった。
着の身着のまま逃げ出してきたので金もないし、換金出来るものもなく、どこの村や街に行ってもウーヴェはその存在を無視され続けた。
とにかく、嫌な感じのする村から離れなければと逃げ、辿り着いた大きな街でウーヴェはついに行き倒れた。
自然のものを食べ、雨水を飲み、飢えを凌いできたが、空腹と寒さと疲れでもう動けない。
薄暗い道で倒れていたウーヴェを助けてくれたのがルイザだった。
鮮やかな金髪に青い瞳で、色白の、ウルフィー族にはない色を持つ人で、どうやらウルフィー族を知らないらしい。
話を聞いた後もルイザはウーヴェに優しくしてくれて、ルイザの番であるガイウスも最初は警戒していたが、慣れてからはウーヴェに良くしてくれた。ウーヴェはすぐに二人が好きになった。
ウルフィー族は人生に一度だけ、番か主人を定められる。
ウーヴェはルイザとガイウスを主人にすると決めた。
本能的な勘だが、この二人の群れに入ることが生きる道であり、恩人である二人のそばにいたいと思った。それにウーヴェにはもう帰る場所も仲間もいない。
ルイザは助けてくれて、ガイウスはウーヴェに居場所と新しい仲間を与えてくれた。
だから、ウーヴェは二人のために生きる。
夜空いっぱいに流れる星を見上げるルイザとガイウスを、ウーヴェは見た。
夕食後も寄り添い、夜空を眺める二人は幸せそうで、二人の仲の良さを感じさせる。
けれども、ルイザがそのうちウトウトとして、寝てしまう。
ウーヴェの視線に気付いたガイウスが口元に立てた指を当てて微笑んだ。
静かに、という合図にウーヴェは頷く。
ガイウスがそっとルイザを抱き上げ、馬車のほうに向かっていった。
少しの後に戻ってきたガイウスが先ほどと同じ場所に腰掛ける。
手招きをされ、ウーヴェはガイウスの横に座った。
「外の世界はどうだ?」
と問われ、ウーヴェは素直に答えた。
「知らない多い、驚く」
「そうだな。初めて辺境伯領を出た時、俺もそう感じた。世界は知らないものであふれてる」
「ガイウス、生まれ、レイノルズ?」
「ああ、孤児院で育った。……孤児院というのは、教会と一緒に建っている建物で、親のいない子供達が十六歳の成人まで暮らす場所だ。貧しいが、それでも良い場所だった」
目を細めたガイウスの横顔は優しいものだった。
「だが、王都はもっとすごいし、人も多い」
ガイウスの手がウーヴェの頭を撫でる。
「王都は様々な国から人が集まっているから、お前の見た目を気にする者は少ない。慣れるまでは少し大変かもしれないが、食事も美味いし、なんでも買えるし、便利なところさ」
話していると通りかかったルイザの護衛に「ウーヴェ」と名前を呼ばれ、振り向けば、何かを投げ渡される。
受け取り、手の中を見れば、それは干し肉だった。
「余ったからやるよ」と言う騎士にウーヴェは「ありがとう」と返事をする。
護衛の男は背を向け、軽く手を上げて離れていった。
干し肉の匂いを嗅ぎ、かじりつけば、ガイウスが笑う。
「あっという間に仲良くなったな」
「みんな、優しい……色々くれる」
「そうか」
村にいた時、ウーヴェはあまり話しかけられることはなかった。
先祖返りは尊い存在で、強くて、気高くて……そして孤独だった。
両親ですらウーヴェに丁寧な対応をする。
ウーヴェはルイザ達と共に過ごすようになってから、自分がずっと孤独だったことに気付いた。
同族ではなくとも仲間になれる。群れとして協力出来ることも知った。
ウーヴェを特別扱いしないが、いつでも気にかけてくれる。
温かくて、優しくて、心地良い空気。
新しいことだらけで大変な時もあるけれど、それが楽しい。
「ルイザ、ガイウス……拾ってもらう……良かった」
他の誰でもなく、この二人に拾われたことはウーヴェにとって幸運であった。
また、ガイウスの手がウーヴェの頭に触れる。
「俺も昔、辺境伯様に拾ってもらったんだ」
「ガイウスも?」
「ああ。……だから、多分、お前の気持ちはなんとなく分かる」
ポンポン、とガイウスの手がウーヴェの頭を撫でる。
「恩とか感謝とか、そういうのは気にするな──……って言ってもそうはいかないよな。お前が元気で、多くの人と出会い、仲良くなって、美味いものを食べて『幸せ』になれ」
「しあわ、せ……」
「お前が幸せならルイザもきっと喜ぶし、俺も嬉しい」
その言葉からも、匂いからも、嘘は感じられない。
本当にガイウスはウーヴェの幸せを願ってくれているらしい。
「……オレ、幸せなる、いい? みんな、死んだ……」
ウーヴェ以外の村の者は全員殺されたのに。一番戦えるウーヴェだけが生き残ったのに。
幸せになんて、なれるのか。なってもいいのか。逃げたウーヴェが幸せに……。
「いいに決まってる。お前の幸せを願えないほど、お前の仲間は嫌な奴だったか?」
「……違う、と、思う……」
先祖返りとして特別扱いをされてはいたが、差別されていたわけではない。
「それに、今のお前の仲間は俺達だろう?」
「ガイウス、ルイザ、仲間違う、主人」
「え? 主人?」
「ウルフィー族、生涯、一回だけ……番か主人、選べる。ガイウス、ルイザ、オレ助けた……二人、オレの主人。守る。二人のため、戦う」
ガイウスは少し戸惑った様子を見せたものの、困ったように笑う。
「それ、ルイザには黙っておけよ? 彼女はそういう目的でお前を助けたわけじゃない」
「……ん、分かった」
ガイウスが褒めるようにぐりぐりとウーヴェの頭を撫でる。
その手の感触が、温もりが、とても心地良かった。
* * * * *




