旅立ち / 彼の成長
翌朝、馬車に荷物を積み込み、出発の準備が整った。
屋敷を出る際にニールさんが見送りに出てくれた。
「道中、お気を付けて」
「ああ。しばらく、商会は任せる」
そうして王城の西門に向かい、到着すると、多くの荷馬車と騎士達、セルヴァン様がいた。
わたし達が馬車から降りれば、こちらに気付いたセルヴァン様が軽く手を上げる。
ガイウスと二人でセルヴァン様の下に行く。
「おはようございます」
「ご機嫌よう、セルヴァン様」
「おはようございます、お二人とも」
セルヴァン様のそばには灰色の短い髪にオリーブグリーンの瞳をした、かなり体格の良い中年の騎士がいた。他の騎士よりもマントの装飾がやや華やかだ。
ガイウスがその男性騎士にも声をかける。
「へイリー殿もおはようございます。こちらは妻のルイザ。……ルイザ、こちらは第三騎士団の団長殿だ」
「初めまして、男爵夫人。第三騎士団団長のダナン・ヘイリーといいます。今回は男爵と夫人のお力添えがあったと聞きました。馬の負担が軽い分、本来の予定より早く辺境伯領に到着するでしょう」
大柄だけれど、団長様は気の良い笑顔で一礼する。
それにわたしも礼を執って返した。
「ルイザ・バッシュと申します。お役に立てて何よりですわ。旅は初めてで、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
それから、今回の旅程について団長様から教えてもらう。
辺境伯領までの道のりは馬車で一週間を予定しているそうだ。
途中、いくつかの村や街で宿を取ることもあるが、野宿をするところもあるらしい。
セルヴァン様と団長様が申し訳なさそうに野宿の話をしてきたのだが、むしろ、初めての旅に初めての野宿も体験出来るのが楽しみだった。
ちなみに、普段雇っている護衛がついてきてくれている。
それに騎士団もいるので、普通の行商よりもずっと安全な旅だろう。
「色々な経験が出来そうで楽しみですわ」
と言うと、団長様は愉快そうに大きな声で笑っていた。
その後、準備が整ったと他の騎士が報告に来て、出立の時間となった。
セルヴァン様が「ガイウスのこれまでの話を聞きたいです」というので、わたし達はセルヴァン様の馬車に乗せてもらうことにした。
まだ朝早い時間だが、騎士団と多くの荷馬車、そしてわたし達は王城を出発する。
まだ人気のない王都の街を馬車がゆっくりと進む。
「懐かしいですね。こうして同じ馬車に乗っていると昔を思い出します。ガイウス、今年で何歳になりましたか?」
「二十五歳です」
「ああ、もう十三年も経つのですか。時の流れというのは早いものですね」
物資を持って帰還することが出来るからか、セルヴァン様の表情は柔らかい。
長雨の原因はまだ不明だが──……騎士団が同行するのは物資の護衛だけでなく、原因の調査も彼らは担っているのだろう。自然が原因ではないとすれば、魔法による人為的なものの可能性が高い。
そうだとしたら、それは辺境伯領への明確な敵意を持って行われていることに他ならない。
「セルヴァン様、是非、昔のガイウスのお話を聞かせていただきたいですわ」
わたしが言えば、セルヴァン様が頷いた。
「ええ、構いませんよ。……ガイウスが良ければ、ですが」
「……俺の昔の話なんて聞いても、あまり面白くはないと思うが……」
困ったように微笑むガイウスにわたしは「そんなことありませんわ」と答える。
「夫のことをもっと知りたいと思うのは、妻として当然でしてよ?」
「そうか。ルイザが聞きたいなら好きにすればいい」
そして、セルヴァン様から昔のガイウスの話を聞かせてもらえることとなった。
* * * * *
セルヴァン・レイノルズから見た『ガイウス』は幼い頃から優秀な子供だった。
初めてガイウスと出会ったのは、彼がレイノルズ辺境伯家の屋敷に小姓として雇われた頃である。
辺境伯の兄は定期的に孤児院を回り、優秀な子供を見つけては使用人にするのが一種の趣味のような人で、ガイウスもそれによって可能性を見出された子供の一人であった。
その頃はまだガイウスに家名はなく、ただの『ガイウス』と呼ばれ、従僕の下で働く雑用係をしていた。
しかし、当時から彼は頭が良く、よく気の利く子で、使用人達からも可愛がられた。
かく言うセルヴァンもガイウスのことは気に入って目をかけていた。
ガイウスは知識に貪欲な子で、仕事の合間に使用人達から簡単な読み書きや計算、礼儀作法などを習い、それらが出来るようになると料理人の食材の買い付けなどにもついていくようになった。
それに信心深い子で、休日には自身の育った孤児院に行き、教会で祈りを捧げていたようだ。
後から知ったが、その当時から既に少ない給金をやりくりして、孤児院に寄付をしていたらしい。
しかも、何度も料理人と食材の買い付けにいくうちに値切り方というのを覚えた。
そして料理人よりもガイウスのほうが口が上手かったのだという。
いつしか、料理人達は食材の買い付けに必ずガイウスを連れていくようになった。
もしかすると、その時にはもう『商人になりたい』と考え始めていたのかもしれない。
七歳から十二歳までの五年間にガイウスは様々なことを吸収し、成長していった。
そうして辺境伯は優秀なガイウスの才能を買って、彼が十二歳になると正式な洗礼を受けさせた。
洗礼は重要な儀式である。これを受けているというだけで、職業の選択肢が広がる。
平民は簡易の洗礼を受けるのが一般的だが、ガイウスには貴族が受けるものと同じ洗礼を行った。
そこで、彼はなんとスキルを得た。
スキルは貴族なら出現するのは普通であったが、平民でスキルが現れるのは稀有なことだ。
ガイウスが授かったスキルは『他人の嘘を見抜く』というものだった。
「ガイウス、お前は将来、どんな道を歩みたい?」
辺境伯の言葉にガイウスはまっすぐな声で答えた。
「俺は沢山金を稼いで孤児院のみんなを助けたいです」
スキルというものは神が人に与える慈愛である。
ガイウスが得た『他人の嘘を見抜く』という能力は、様々な職業で有用なスキルだった。
「いいか、ガイウス。人助けをするには暴力では意味がない。権力を持ち、金を持ち、そして人望……人々からの信頼があれば、どんなに困難だと思えることでも解決出来る時がある。だから、ガイウスがなるなら商人がいい」
「商人……?」
「そうだ」
「……ああ! 俺は商人になる!」
商人ともなれば取引相手が嘘を言っているのか、真実を言っているのか判断しなければならず、そのスキルがあれば騙される可能性も減るだろう。
元々、辺境伯は引き取った子供達には、彼ら彼女らの望む道を歩ませる人であった。
ガイウスが『商人になる』ことに辺境伯は頷いた。
そしてすぐに王都の知り合いの商人に手紙を書き、ガイウスに紹介状を持たせると、用事のために王都に向かおうとしていたセルヴァンに彼を託した。
セルヴァンは王都までの道中、出来る限りガイウスに読み書き計算と礼儀作法を教え込んだ。
ガイウスは寝る間も惜しんで勉強に熱中していた。
一週間と少しの旅が終わり、王都に着き、ガイウスをバッシュ商会の商会長と引き合わせた。
バッシュ商会でガイウスは下働きとして雇ってもらえることとなり、彼との別れを名残惜しく思いながらもセルヴァンは商会長に託し、用事を済ませて辺境伯領に帰った。
ガイウスは真面目なところもあり、定期的に辺境伯や孤児院に手紙を出し、年に一度だが、セルヴァンにも手紙をくれた。
バッシュ商会の下働きとなって五年後、ガイウスはその優秀さを買われて商会長の養子となり、それから更に五年後──……セルヴァンと別れてから十年後には一人立ちして自身の商会を持つほどにまで成長した。
商会の名前は『レイノバッシュ』といい、故郷レイノルズと養子先のバッシュ家の両方からもらい、そう名付けたという。
レイノバッシュ商会はたった三年で急成長した。
なんでもバッシュ家と縁のある騎士爵家の次男を右腕として、日々、辣腕を振るっているのだとか。
セルヴァンの中ではガイウスはいつまでも十二歳の頃の姿だったが、彼の商会は成長し、彼が願った通りの道を歩んでいることが嬉しかった。辺境伯もとても喜んでいた。
そして、ここ数ヶ月の間に起こっているレイノルズ辺境伯領の水害を国王陛下に報告するべく、セルヴァンは辺境伯の名代として十三年ぶりに王都に向かった。
王都に入るとどこでもレイノバッシュ商会の名を聞くものだから驚いてしまった。
今は『トイレットペーパー』という紙製品を主力として販売しているらしく、貴族達はこぞって『トイレットペーパー』を欲しがり、平民でも裕福な家はそれを購入しているという話だった。
確かに『トイレットペーパー』はとても革新的で素晴らしいものであった。
そして、それはガイウスの妻が発案したものだと聞いた。
その後、夜会で再会したガイウスは最後に見た時よりもずっと大人びていた。
隣には美しく、ガイウスに愛情深い眼差しを向ける彼の妻が寄り添っており、彼もまた、妻を深く愛しているのが伝わってきた。
大切な人を得たからか、今の彼は以前に比べて落ち着いた雰囲気もあった。
夜会の後の手紙で彼が妻を娶った経緯も知ったが、かなり急な話だったらしい。
それでも、愛し、支え合える関係になれたことは、きっと二人の努力の結果だろう。
そうして、ガイウスはついに恩を返す機会を得たのだ。
……あんなに幼いと思っていた少年が、領地を救う立場となるなんて。
妻の助けがあったとしても、商会をここまで大きくしてきたのはガイウスの努力と実力があったからこそ。
目の前に座るガイウスの立派な姿に、セルヴァンは感動した。
ガイウスは幼い頃から変わらぬ志を持ち、己の言葉を現実のものとした。
幼い頃の彼を知っているからこそ、そんな彼の姿に感じ入るものがあった。
* * * * *
「──……ガイウス、あなたの決意と努力を尊敬しますよ」
セルヴァン様の言葉にガイウスが少し照れたように頭を掻いた。
幼い頃からガイウスはとても努力家で賢い子供だったらしい。
……わたしが七歳の頃なんて、わがまま放題だったわ。
結婚後にガイウスは自分のことを話してはくれたけれど、大まかな流れだけで、詳細に語ることはなかった。貴族のわたしに語るような内容ではないと思ったのかもしれない。
けれども、わたしは昔のガイウスを知ることが出来て嬉しい。
「わたしもガイウスを尊敬しておりますわ」
「俺もルイザを尊敬している。……そして、セルヴァン様のことも。二人がいてくれたからこそ、今の自分があると思っています」
「あなたのその意外と謙虚なところも変わっていないようですね」
「ええ、その通りです。ガイウスは意外と謙虚で可愛いのですわ」
セルヴァン様の言葉に同意し、セルヴァン様と顔を見合わせ、小さく噴き出す。
笑うわたし達にガイウスは困ったような顔をした。
それから、セルヴァン様とガイウスに関する話題で盛り上がった。
普段、あまり甘いものを食べないガイウスだけれど、どうやら辺境伯家で働いていた頃は甘いものがとても好きだったのに、他の使用人にからかわれてから人前で甘いものを滅多に口にしなくなったのだとか。
他にも小動物が好きだとか、血が苦手とか、色々なことを教えてもらった。
完璧そうなガイウスだが、意外と好き嫌いや苦手なものがハッキリしていたり、ちょっと見栄を張っていたり、そういうところを知ることが出来てわたしは嬉しかった。
当の本人であるガイウスは落ち着かない様子であったが。
「俺の話ばかりで不公平じゃないか? ルイザの昔の話も聞きたい」
「わたしの、ですか? そうですわね……昔から気が強くて、わがまま放題な令嬢でしたわ」
「自分でそれを言うのか」
ガイウスがおかしそうに小さく笑う。
「思い返してみると、わたしは昔からそれほど変わっておりませんわね」
記憶を取り戻す前のわたしも、その後のわたしも、気が強くてわがままだった。
ただ、その頃はスキルの件もあって少し卑屈になっていたところはあったと思う。
でも今は違う。自分のスキルを『役立たず』とは感じていない。
前世の記憶を取り戻して、以前よりも前向きにはなった。
しかし、根本的なわたしの性格が変わったわけではなかった。
スキルを理解して、きちんと使えるようになって、自信がついたのだ。
「そうか。……小さい頃の君も可愛かったんだろうな」
「さあ、どうかしら。わがままばかり言う困った子だったとは思いますけれど……」
それで怒られたり、わがままが通らなくて泣いたりした記憶もある。
「君を見ていると、子爵夫妻が君を大事にしていたと分かる。きっと沢山愛されて育ったんだな」
眩しそうに目を細めてわたしを見るガイウスの表情は優しいものだった。
……ああ、そうよね。
ガイウスは両親がいなくて、七歳から働きに出ていた。
孤児院や使用人などの周りの人々から愛されたとしても、親ではない。
恐らく、子供の頃は親の愛を恋しく思った時もあっただろう。
そっとガイウスに寄り添い、手を握る。
「ガイウス、これからはわたしがあなたを愛しますわ」
たとえ他の誰がなんと言おうとも、わたしがガイウス・バッシュを生涯愛する。
「そして、あなたは今までも多くの方々に愛されてきたはずでしてよ? その方々も、きっと、これからもずっとあなたを慈しんでくださるでしょう」
わたしの言葉にガイウスが柔らかく微笑んだ。
「ああ、そうだな」
繋いだ手がしっかりと握り返される。
触れ合った場所から、心も繋がることが出来ればいいのにと思う。
そうすれば、わたしがどれほどガイウスに感謝し、想い、共にいたいと感じているか、彼に伝えることが出来るのに。
……言葉って実はとても不便なのね。
今の気持ちを表す言葉が見つからなかった。
だから、代わりに繋いだ手に少しだけ力を込めた。
別作品となりますが「物書き令嬢と筆頭宮廷魔法士の契約婚は溺愛の証」電子書籍3巻が12/5配信!
エステルとリオネルの物語はこれにて完結となりますが、二人の物語を最後までお楽しみいただけますと幸いです( ˊᵕˋ* )




