束の間の休息 / ビードン子爵家
「あら、スキルレベルが上がりましたわ」
ポン、と軽い音がしたのでスキル画面を確認すれば『レベル3』の文字が出てくる。
様子を見に来ていたガイウスが振り向いた。
「ということは、新しいものが出せるようになったのか?」
「ええ、そうみたい」
スキル欄を確認すると『???』だった部分が変わっていた。
これを見る限り『レベル3』で出せるようになったのは三つらしい。
一つ目は『紙袋』だが、今出せるのは『下級の無地で茶色、取っ手なし』と書いてある。わざわざ無地やら取っ手なしやらと書いてあるので、恐らく、級が上がっていくと絵柄付きや取っ手ありの紙袋が出せるようになるのだろう。
二つ目は『紙紐』で、下級で出せるのは五十センチ程度だそうだ。今のところ使い道はない。
三つ目は『厚紙』で『滑らかな厚紙』と注釈がついているが、出せるのは三十センチ四方のようだ。
それをガイウスに説明しつつ、それぞれ召喚する。
一回の召喚で紙袋は五枚、紙紐は十本、厚紙が十枚が最小単位だった。
全て魔力消費は『1』で、ガイウスが着目したのは紙袋であった。
「この紙袋は使えそうだ。以前の『包装紙』は包む手間がかかるものだったが、これは入れて口を閉じるだけだから使い勝手がいいだろう」
「そうですわね」
ちょっとした雑貨やパンといった水気が少ない食べ物などを入れるにはいいと思う。
「……ただ、現状はトイレットペーパーとティッシュで手一杯でしてよ? 魔力量は増えましたけれど、最近は平民にもトイレットペーパーが広がりつつありますもの。需要と供給の釣り合いはギリギリですわ」
魔力量が増えて『1,600』になったのはありがたいものの、今言った通り、平民にもトイレットペーパーが浸透し始め、無地のシングルタイプのものが爆売れしている。
多いとは言え、数に限りがある貴族の家に比べて、平民の数はとても多い。
毎日、毎日、トイレットペーパーを生産しても追いつかないほどだ。
「ああ、陛下とも話し合った通り、今はトイレットペーパーを量産する体制を考える必要があるな」
「わたしと同じ『紙製品を生み出すスキル』を持つ人を探すのはいかがかしら?」
「それは難しいと思う。同じスキルを持つ者というのは稀にいるが、君の能力はとても特殊だし、もし他に似たようなスキル持ちがいたなら、既にトイレットペーパーの模倣品が出ているはずだ」
ガイウスが頭を悩ませている。
「それでは『他人のスキルを模倣出来るスキル』を持つ人は?」
わたしの言葉にガイウスが驚いた顔をした。
ややあって、少し考えるように視線を動かす。
「そういったスキル持ちもいるだろうが、誰かに言うことはないから分からないな……」
「でも、どの国も教会と協力して危険なスキル持ちは把握しているといいますし、もしかしたら、この国にも似たスキルを持つ人がいるかもしれませんわ」
「確かに。だが、陛下がそれに気付かないはずがない。もしそんなスキル持ちがいたとしても、扱いには慎重になる。動かしてくれるかどうか。……とりあえず、陛下にそれとなく打診してはみる」
「ええ、お願いいたします。せめてトイレットペーパーの生産だけでも手伝ってもらいたいですもの」
バスケットの中にある魔力回復薬に手を伸ばし、コルクを抜いて瓶の中身を飲み干す。
苦くて、えぐみがあって、青臭くて、それなのにほんのり甘さのようなものを感じるこの魔力回復薬の味はとても悪い。気付け薬かと思うくらい不味い。毎日二本飲んでもこの味には慣れなかった。
口直しにクッキーを一枚取り、食べる。
魔力回復薬を飲んだ後に食べてもあまり美味しくないのだが、気休めにはなる。
口の中のクッキーごと、残った味を紅茶で胃に流し込む。
体が少しぽかぽかと温かくなるのは魔力回復薬の副作用である。
「……あと、この魔力回復薬の味を何とかしていただきたいものですわ」
「そんなに不味いのか?」
「いくつもの雑草を混ぜてドロドロに煮詰めたものを絞り出して、そこに砂糖を加えたらこんな味になるでしょう」
前世にも青汁という飲み物はあったけれど、あれは本当に味を調えてあったのだ。
「……果物を加えたりして味を調えられないかしら?」
「どうだろう。……うちの商会に調合師の知り合いが何名かいるから、声をかけてみるか? 元々普段から薬草の調合や研究をしているし、味の良い魔力回復薬が開発出来れば新しい商品になる」
ガイウスの提案に思わず抱き着いた。
「ガイウスは最高の旦那様ですわね! 是非、まともな味の魔力回復薬を作ってくださいませ!」
それにガイウスがおかしそうに笑って抱き返してくる。
「分かった、尽力しよう」
「言質は取りましてよ?」
見上げたわたしにガイウスが頷いた。
「ああ……まあ、俺自身が研究をするわけではないが」
……研究者達には頑張っていただきたいですわね。
* * * * *
数日後、わたしはガイウスと実家であるビードン子爵家に向かっていた。
王家主催の夜会の際に話していた通り、ガイウスを連れて遊びに行くのである。
久しぶりの我が家なのでとても楽しみだ。
「嬉しそうだな」
「ええ、ガイウスと結婚をしたけれど、お父様達も家族ですもの」
「そうか。……確かに、家族は大事にしたほうがいい」
どこか眩しそうに目を細めるガイウスの様子は、まるで自分とは別の世界を眺めているかのようで、わたしはガイウスを抱き寄せた。
「あなたもわたしの大切な家族ですわ」
「……ありがとう」
二人で寄り添いながら馬車に揺られ、子爵邸に到着する。
馬車から降りるとお父様とお母様、お兄様、そして使用人達の出迎えを受けた。
「ようこそ、二人とも。今日はよく来てくれた」
お父様の言葉にガイウスが一礼する。
「こちらこそ、お招きいただき感謝いたします」
「そう堅くなることはない、ガイウス君」
「ええ、私達はもう家族なのですから」
お父様とお母様の言葉にわたしも便乗する。
「ガイウス、お父様もお母様もこうおっしゃっているわ
「そういうわけで改めてよろしく、ガイウス君」
「はい、ありがとうございます」
ガイウスがお父様達と穏やかに話す光景に温かな気持ちになる。
「さあ、中へ」とお父様に促され、わたし達が通されたのは居間だった。
普通は客人を通すなら応接室だが、親しい友人や親戚などは居間に案内されることもある。
家族が過ごすプライベートな空間に招くことは、暗に『あなたを家族のように思っています』という信頼の証だ。
ガイウスもそれに気付いたのか、驚き、そして嬉しそうに微笑んでいた。
テーブルの上にはわたしの好きなお菓子が沢山並んでいる。
お父様とお母様が正面の三人掛けのソファーに座り、お兄様は一人掛けのソファーに、わたし達はお父様達の正面のソファーに座った。メイドがすぐに人数分のティーカップを用意する。
……まあ、これは滅多に使わないものなのに。
目の前に置かれたティーカップや受け皿、ティーポットなどはとても貴重な品で、何代か前に王家から賜ったものだと言われ、子供の頃は触らせてもらえなかった。
お父様達ですら、お祝い事の時にだけ使っていた。
そんな大切な品を使い、こうしてもてなしてくれていることが嬉しい。
ティーカップを見たガイウスが言う。
「なんて美しい……。これほどの品でもてなしていただけるとは、子爵家の皆様に心からの感謝を」
客人に出すティーカップは本来、相手の身分に合わせた質のものを使う。
相手が本来使うものより質の高いものを出すのは、それだけお金をかけているということもそうだが、大事な品を使ってでももてなしたいという意思表示にもなる。
大切そうにガイウスがティーカップに触れる様子にお父様達も笑みを浮かべた。
「ガイウス君、実は私達は君にずっと感謝を伝えたいと思っていてな。……娘を娶ってくれて本当にありがとう。君のおかげで娘はもう謗られることもなく、堂々と胸を張って社交界に出られるようになった」
「ガイウス様、ありがとうございます」
「ありがとう」
と、お父様達がガイウスに頭を下げた。
それにガイウスがギョッとした顔で慌てて言う。
「そんな……! 頭をお上げください! ……感謝をするのは私のほうです。ルイザは美しく、才能があり、性格も良い。これほど素晴らしい女性を妻として迎えることが出来て、一人の男として、とても誇らしく感じております」
幸せそうに、大事そうに見つめられ、少し照れてしまった。
「まあ、わたしもガイウスの下に嫁ぐことが出来て誇らしいですわ。これからもあなたと、あなたの商会のために全力を尽くしますわね。レイノバッシュ商会はもっと大きくなりましてよ?」
「それは楽しみだ」
ガイウスと微笑み合う。
「ガイウス君、これからも家族として私達とも付き合いをしてほしい。そうは言っても、私達が君達のために出来ることなど少ないとは思うが──……何かあれば遠慮なく頼ってくれると嬉しい」
「お気遣いありがとうございます。その際には、よろしくお願いいたします」
「ああ。……さて、真面目な話はこの辺りにしておいて……ルイザ、ガイウス君、良ければ二人の話を聞かせてくれるか? 親というのは子が何歳になっても気にしてしまうものらしい。娘夫婦が困っていないか、つい噂に聞き耳を立ててしまっていけない」
お父様が苦笑し、お母様も「ええ、そうですわね」と頬に手を当てて笑った。
それから、ガイウスとわたしでお父様達に普段の生活の話をした。
商会の取引に関わることやわたしのスキルの詳細については伏せているけれど、お父様達はそれらについては一切訊かず、わたし達の日常や惚気話に笑ったり呆れたりしながら楽しそうに聞いてくれた。
特にお父様とお母様は「私達もそういう時があったな」「あら、今でもそうではありませんか?」とわたし達夫婦の惚気話に、結婚当初を思い出したのか笑っていた。
お兄様は「そろそろ僕も婚約しようかな」と少し羨ましそうに言った。
見目も良く、性格も温和で、次期当主のお兄様ならばすぐに結婚相手は見つかるだろう。
そうして楽しい時間は、あっという間に過ぎていったのだった。
夕方、帰る時間になったので帰ろうと席を立てば、お母様が名残惜しそうな顔をする。
「ルイザ、ガイウス様、またいらしてちょうだいね」
「はい、お母様。ガイウスと予定が合えば、一泊したいですわ」
ガイウスを見れば頷き返される。
「ご迷惑でなければですが……」
「まあ、家族が来てくれるのに迷惑なんて思いませんわ。ねえ、あなた?」
「そうだな、息子達と夜に酒を酌み交わしながら過ごすのが楽しみだ」
「では、私とルイザも夜のお茶会でもしようかしら」
お父様とお母様が楽しそうに笑い、ガイウスも嬉しそうに目を細めて表情を和らげた。
「次が楽しみです」
その言葉は、きっと本心からのものだったと思う。
お父様達は屋敷の外まで見送りに出てくれて、わたし達は馬車に乗り込んだ。
お母様が「あれも持って行きなさい」「これも使いなさい」と色々と持たせてくれて、お母様に押され気味に物を贈られて戸惑いながら受け取るガイウスが可愛かった。
「ルイザ、ガイウス君、それではまた」
「二人とも商売は大事だけれど、無理はしないでね」
「今度商会に寄らせてもらうよ」
と、お父様達に見送られて馬車が走り出す。
窓越しに手を振ったが、すぐに車窓から三人の姿は消えてしまった。
五人で賑やかに過ごしたからか、少し寂しく感じてガイウスに抱き着いた。
「ビードン子爵家は良い方々ばかりだな」
お母様に渡された荷物が向かいの席いっぱいに置かれている。
それを眺めながら言うガイウスにわたしも頷いた。
「ええ、自慢の家族ですわ」
「……俺には親の記憶はないが、ビードン子爵夫妻のような両親がいたらと少し思ってしまった」
「わたしと結婚したガイウスは義理の息子ですから、同じようなものでしてよ」
ガイウスがキョトンとして、そして、柔らかく笑った。
「……ああ、次に行った時、子爵と酒を酌み交わすのが楽しみだ」
ガイウスにとっても、今回のビードン子爵家の訪問は良いことだったようだ。
……わたしもお父様達と過ごせて楽しかった。
どうしても商会では『商会長の妻』として、社交界では『男爵夫人』としての振る舞いを求められるので、子爵家に戻った時は『娘のルイザ』として息抜きが出来る。
お父様もお母様も、そしてお兄様もわたしを変わらぬ家族として可愛がってくれる。
新たな家族となったガイウスのことも気にかけてくれる。
「その時は手土産に良い酒と茶葉を持っていかないとな」
楽しそうなガイウスの声に、わたしは頷いた。
「出来れば、王都で有名なお菓子も買って行きたいわ」
「夫人との夜のお茶会用か?」
「ええ、そうですわ。夜にお菓子を食べるなんて、ちょっと罪深いでしょう?」
「罪深い?」
ガイウスに不思議そうに訊き返される。
「食べたら太ると分かっている時間に、食べたら太ると分かっているものを食べるのですもの。しかも、コルセットなしの寝間着だったらもっと罪深いわ。いつもより沢山食べてしまいますから」
「なるほど、それは色々な意味で罪深いな」
おかしそうに噴き出したガイウスに、わたしも一緒になって笑う。
こんな何気ないことで笑い合える関係が幸せだ。




