陛下と王妃様と
王家主催の夜会から一週間後、王妃様のお茶会に招かれた。
しかも、ガイウスも陛下より手紙をいただいたそうで、王城の前で共に馬車を降りた。
馬車の中では緊張でやや硬直していたガイウスだけれど、馬車から降りると緊張なんて全くしていないように見えるのがやっぱり面白い。
前回は陛下と馬が合ったようだったが、実は内心ではかなり緊張していたらしい。
以前と同じ初老の男性使用人と、やや年嵩の侍女らしき女性に出迎えられる。
「ようこそ、お越しくださいました」
「バッシュ男爵夫妻にはご足労いただき、ありがとうございます」
どうやら男性使用人は陛下の執事で、女性は王妃様の侍女らしい。
わたし達は持ってきたものをそれぞれに渡した。
城内に入り、軽く抱き締め合ってから別れ、ガイウスは陛下のところに、わたしは王妃様のところに向かった。
……前回の様子からして、ガイウスは気に入られたのね。
わたしも王妃様の機嫌を損ねないようにしないと、と思っていると応接室の一つに通された。
「ようこそ、バッシュ男爵夫人。来ていただけて嬉しいわ」
王妃様に礼を執る。
「バッシュ男爵家の当主、ガイウス・バッシュの妻・ルイザがご挨拶申し上げます」
「あら、そう堅くなさらないでくださいな。さあ、こちらにいらして」
「はい、失礼します」
促されて王妃様の向かいの席に腰掛ける。
本日は王妃様とわたしだけの小さく、私的なお茶会のようだ。
テーブルの上のお菓子達に思わず見惚れてしまった。
「……見ているだけでうっとりしてしまうほど、美しいお菓子ばかりですわ」
「楽しんでいただけて嬉しいです。味が良いのは当然だけれど、見た目も楽しめるほうがより食事の時間が素敵なものになりますから。料理人がいつも尽力してくれるの」
侍女が紅茶の入ったティーカップを用意してくれる。
どうぞ、と勧められて紅茶を飲むと、果物のようなほのかな甘い香りと適度な渋み、豊かな味わいが広がっていく。濃過ぎず、薄過ぎず、茶葉の香りと味をよく引き出していた。
……紅茶一杯でこんなに感動出来るなんて……。
感嘆の溜め息を吐いていると、王妃様が小さく笑った。
「バッシュ男爵夫人……いえ、よろしければルイザさんとお呼びしても?」
「はい、王妃様に名前で呼んでいただけるなんて光栄でございます」
「ありがとう、ルイザさん。……以前お話ししたティペット伯爵家のことですが、わたくしも実家も縁を切ることとしました。あのような家と関係を続けていくのは難しいですもの」
王妃様が小さく溜め息を吐いた。
それでも、多分手紙が届いているのだろう。
……王妃様を困らせるなんて。そんなことをしても余計に心証が悪くなるだけなのに。
そこでようやく、わたしは手土産を思い出した。
顔を動かせば、侍女が中身を確認してから、こちらにそれを持ってくる。
「本日、お招きいただいた感謝の気持ちとして、こちらをお持ちいたしました」
侍女が王妃様にわたしの手土産を渡す。
長方形の重厚な質感の木箱は華やかなバラの絵が描かれており、上部だけ開くようになっている。その上部には縦に細長い隙間が作ってあった。見た目重視なのでやや重いけれど、貴族の女性が持てないほどではない。
王妃様の目が輝いた。
「あら、これは何かしら?」
「まずは上部の蓋を開けて、中身をご覧ください」
「……これは布……いいえ、紙ね? トイレットペーパーと似た柔らかな手触りだけれど、こちらのほうが表面が滑らかでとても優しくて……まあ、二枚重なっているわ!」
蓋を開け、中身に触れて一組手に取った王妃様が少しはしゃいだ様子でそれを広げた。
白地がほんのり薄紅がかっており、そこに柔らかなピンクに近い色合いでバラが描かれている。
前世でもバラの絵柄は好まれているが、王妃様も確かバラがお好きだったはずだ。
「こちらは『ティッシュ』といいます。トイレットペーパーはお手洗いで使用する紙でしたが、こちらは鼻をかんだり、口を拭ったり、手を拭くのにも使えます。使い終わったら暖炉に捨てて燃やしてしまえば、ゴミも増えませんわ。ただし水に流すことは出来ませんが……」
「ハンカチの代わりになる紙、ということですね? 表面が滑らかなのは、顔に触れるからかしら。トイレットペーパーよりも柔らかくて、肌に触れても刺激が少ないのでしょう」
「ご明察の通りでございます」
「トイレットペーパーも驚きましたが、この『ティッシュ』というものも素晴らしいですね」
王妃様が取った一組を侍女に渡すと、侍女も驚いた表情でティッシュを眺めている。
「王妃様、ティッシュの上一組を摘んで、蓋の隙間に少しだけ通していただけますか?」
「……こうかしら?」
「はい、そちらで大丈夫です。そのまま蓋を閉めて、ティッシュを引っ張ってみてください」
蓋の隙間にティッシュの端を通し、王妃様が蓋を閉める。
そうして、飛び出しているティッシュを引っ張った。
軽い、シュッ、という音がしてティッシュが一組だけ引き抜かれ、次のティッシュが隙間から顔を覗かせた。それに王妃様が目を丸くする。
「引っ張ると次の頭も出るので、わざわざ蓋を開ける必要がないのです」
「まあ、これは便利ですね」
王妃様はティッシュを引っ張る感覚が楽しかったのか、もう一度シュッと取り出した。
その姿が微笑ましくて、わたしもつい、笑顔になった。
「今頃、夫も陛下に同じものをお渡ししているかと思います」
そう声をかけると王妃様が一つ頷いた。
「きっと陛下もお喜びになられていますね。……こちらを購入することは出来ますか?」
「はい。現在はトイレットペーパーに力を入れておりますので、ティッシュは『王家にのみ卸す』のはどうかと夫と話しておりますが……」
「ふふ、恐らく貴族の方々はこちらも欲しがるでしょう」
トイレットペーパーの売れ行きを思えば、ティッシュが売れないとは思えない。
しかし、わたしのスキルで出している以上は数に限りがある。
ティッシュを出せばトイレットペーパーの生産が落ちるのは当然で、けれども、既にトイレットペーパーを購入している人々からすれば手に入らなくなるのは困るだろう。
「そうかと言って、トイレットペーパーの生産量を減らすわけにはまいりませんので……」
「では、この『ティッシュ』を『王家専用品』に指定するのはいかが? 『ティッシュ』を調べ、販売をしても問題がないか判断するには時間がかかりますから、売れない理由を『生産力』ではなく『王家の意向』に置き換えてしまえば良いのよ。陛下もこの件について反対はしないでしょう」
それに、と王妃様が微笑む。
「わたくし、この『ティッシュ』がとても気に入りました」
理由はそれで十分だという様子に、さすが王妃様、と思う。
先ほど引っ張り出したティッシュに王妃様が頬擦りをする。
「後ほど陛下がこちらにいらっしゃるので、話をしましょう」
「かしこまりました」
その後はお菓子や紅茶を楽しみながら、王妃様と時間を過ごした。
王妃様は恋愛話がお好きらしく、わたしとガイウスの今までについてを聞きたがり、別に隠すようなことでもなかったので話したらとても喜ばれた。
まるで恋に憧れる少女のような表情で王妃様がうっとりとしている。
「夫婦になってから恋人のように過ごすというのも素敵ですね。政略結婚では相性は後回しになってしまいますから、嫡男が生まれたら、互いに好きに過ごすという夫婦も珍しくありませんもの」
嫡男や次男が生まれた後は、それぞれに恋人を作って夫婦仲が冷え切っている家もある。
出来る限り円満な夫婦関係を築く家も、もちろんあるので、貴族全てがそうというわけではないが、政略結婚によって恋を諦める者も多い。
平民よりも裕福な代わりに自由な恋愛は叶わない。
だが政略結婚は貴族としての務めの一つだ。
「陛下と王妃様も大変、仲睦まじいと聞き及んでおります。わたし達も両陛下のように互いを尊重し、愛し合える夫婦となり、いつまでも共に過ごしたいですわ」
「その気持ちを忘れなければ、きっと大丈夫ですよ」
ニコリと微笑む王妃様に一瞬、お母様の姿が重なって見えた。
……そういえば、お母様と王妃様は年齢が近いのよね。
現在の王家には王太子殿下と双子の第二王子殿下、第三王子殿下がいるが、王女はいない。
もしも王女が生まれていたなら、王妃様は娘とこういった話も出来たのだろう。
……王妃様はまさしく『国の母』ですわ。
優しく、温かく、人々を見守る母親……などといったら不敬かもしれないが。
そんなことを考えていると部屋の扉が叩かれ、王妃様の侍女が対応し、すぐに侍女が下がる。
入室してこられた陛下にわたしは立ち上がり、礼を執る。
陛下がそれに軽く片手を上げて応えてくださった。
「あなたも『ティッシュ』をご覧になりましたか?」
「うむ、トイレットペーパーを見た時も衝撃を感じたが、今回の『ティッシュ』も驚くべきものである」
「こちらを王家専用品に指定したいのですが、よろしいでしょうか?」
「それについては余もそうするべきと考えていた」
王妃様と陛下が顔を見合わせ、頷き合う。
陛下の後ろにいたガイウスがこちらに近づいてくる。
抱き寄せられて、挨拶代わりというふうに額に口付けられた。
……ガイウスは意外と甘えたがりなのよね。こうして抱き着いてくるのは大きな猫みたいで可愛らしいけど……。
「ガイウス、両陛下の御前なのですから……」
「離れていた分の補給をしているだけだ。最近は長時間離れていると、君のことが気になって、会いたくて仕方がなくなる」
「……もしかして、護衛の方が頻繁に交代するのは報告に戻っているのかしら?」
見上げると、ガイウスが露骨に視線を泳がせる。
「怒ったりしませんわ。でも護衛の方々が行き来するのは大変なので、仕事が終わったら、あなたのところに顔を見せに行きますわね。直に顔を合わせるほうがわたしは嬉しいですもの」
ガイウスが嬉しそうにこちらに視線を戻す。
「ああ、そうしてくれると俺も嬉しい」
ギュッと抱き締められ、触れ合っているところからガイウスの喜びが伝わってくるような気がした。
ふふっ、という小さな笑い声に二人で我に返ると、微笑ましげにこちらを見る王妃様と愉快そうに笑う陛下がいた。
「バッシュ男爵は愛妻家だな」
「お褒めいただき光栄ですが、陛下にはまだ遠く及びません」
「ははは! 面白い謙遜の仕方をするものよ!」
陛下が弾けるような笑い声を上げ、王妃様の横に腰掛けた。
促されてわたし達もソファーに座る。
それからも和やかな雰囲気で両陛下とお話をすることが出来た。
一国の王と王妃であらせられるのに、お二方は気さくで、お心が広い。
「バッシュ男爵とも話したが『ティッシュ』は王家専用品に指定しよう。調査を行う間のこともだが、その後、もし販売を許可出来なかった場合も王家専用品だからという言い訳が立つ」
「お気遣い、感謝申し上げます」
陛下の言葉にガイウスが頭を下げたので、わたしもそれに倣う。
「良い。トイレットペーパーは独占出来なかったのでな、今度の『ティッシュ』はそうさせてもらっただけだ」
と冗談交じりに笑う陛下に王妃様もおかしそうに笑った。
それにガイウスもわたしも、笑みが浮かぶ。
「ところで、この『ティッシュ』はどれほど納められる?」
「まずは月に百ほどでいかがでしょうか? 足りなければお持ちいたします」
「そうだな、あまり数が多いと管理し切れぬこともある。納品はいつ頃になりそうだ?」
もしかして、陛下もかなりティッシュを気に入ったのだろうか。
「ご都合がよろしければ、明日にでも」
「おお、そうかそうか。さすがバッシュ男爵よ」
上機嫌な様子の陛下の横で、王妃様も頷いた。
そうして、陛下が手を上げると使用人達が全員下がる。
扉が閉まり、足音が遠退いてから陛下が口を開いた。
「スキルについて詮索するのは無礼だと分かっているが……夫人よ、スキルのレベルは上がったか?」
「はい、現在は『レベル2』となりました。恐らく、もうすぐ『3』に上がるのではと予想しております。両陛下にはスキルについて明かしておりますので、どうぞ、お気軽にお訊きください」
「はははっ、夫人の寛大さに感謝せねばならぬな」
それから改めて、わたしのスキルについて大まかにだが両陛下に説明した。
基本は紙で作られたものを生み出す──召喚も生み出すのも似たようなものだろう──スキルで、トイレットペーパーやティッシュがそうであること。生み出すものに応じて恐らく消費魔力量が変わること。今はまだ『レベル2』だが、レベルが上がれば生み出せるものの種類も増えるだろうこと。
「レベルは経験値を得ることによって上がりますが、トイレットペーパーやティッシュを生み出すことでわたしはその経験値が得られるので、生産し続けるだけでレベルが上がりますわ」
「なるほど。レベルの上限は一般的なスキルと同じく『10』で間違いないか?」
「はい、このスキルも『レベル10』が上限のようです」
「レベルが上がるごとに新たな品が一つ増えたとしても、残り八つか……」
……多分、もっと沢山の種類が出せるとは思うけれど……。
スキル画面の『???』の数は明らかに八つ以上あるものの、一体何が出せるようになるのか分からないし、わたし個人としても『これはまずい』と思うものがあれば秘匿しておきたい。
思案していた陛下が顔を上げる。
「夫人のスキルに頼っているということは、夫人の死後はトイレットペーパーなどは途絶えてしまうだろう。国としても、一個人としてもそれは惜しい。……それに他の紙製品を出すとしても、夫人に負担がかかりすぎる」
「それらの件につきましては私共もどうすべきか悩んでおります」
ガイウスが言い、陛下が頷いた。
「研究所の準備は進めているが、何か良い案がないか考えておこう」
「こちらでも何か進展がありましたら、ご連絡いたします」
「うむ」
そういうわけで、後日、トイレットペーパーやティッシュなどのわたしが生み出す紙製品について研究をする部署が王城内に新設されたそうだ。
……トイレットペーパーだけでも作れるようになるといいのだけれど。
それだけでもわたしはかなり楽になるし、最悪、トイレットペーパーの生産方法だけでも受け継ぐことが出来ればなんとかなるのだが。
そうして、王城に『ティッシュ』を納品してから一週間後には、王族のみが使用出来る『ティッシュ』の話題が貴族達の間で広まったのだった。
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