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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
本編-新年度編-

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88/202

第55話『当たったご褒美』

 午後0時半。

 劇場版『名探偵クリス』の上映が終了し、館内の照明が点灯する。その瞬間、周囲から「面白かった~」とか「もう一度観に来よう!」とか「来年も楽しみ!」といった好意的な感想が聞こえてくる。俺もとても楽しめたし、来年のクリスも劇場で観たいと思う。

 ちなみに、上映中はほとんどサクラからは手を重ねられ、一紗からは肩に頭を乗せられるか、手を重ねられるかのどちらかをされていた。照明が点いた今も、サクラと一紗は俺に手を重ねている。


「今年のクリスも名作だったわね。とても面白かったわ!」

「ああ。今年もスケールの大きい内容だったな。劇場版恒例の爆発もあったから満足してる」

「爆発しないと劇場版って感じがしなくなってきたよ、ダイちゃん。あと、今年も推理を披露するときのクリス君かっこよかったなぁ」

「かっこよかったですよね。キーパーソンになった青井(あおい)さんもかっこよかったですね。特に銃を撃つときは。映画も面白かったですけど、先輩方の様子をたまに見るのも楽しかったですよ。大輝先輩の隣に座って映画を観たかった気持ちもありますけど、じゃんけんに負けて結果オーライだったかなと」


 楽しげな笑顔で杏奈は俺達のことを見てくる。サクラは慌てた様子で手を離すけど、一紗はそのまま。

 冒頭にサクラが手を重ねてきた直後、杏奈がこちらを見ていたのは知っていた。それ以降も杏奈の視線を感じるときがあったけど、それは気のせいではなかったようだ。


「あら、杏奈さんは私達のことも見ていたの? 映画と大輝君に夢中で気づかなかったわ」

「そうだと思いました。一紗先輩、凄く幸せそうでしたもん。文香先輩とは何度か目が合いましたよね」

「そうだったね。目が合うどころか、私に手を重ねたり、体を寄り添わせたりしたときもあったよね。私がポップコーンを食べさせたり」

「文香先輩、いい匂いがしますし、あたし好みの温かさだったので。先輩に食べさせてもらったキャラメルポップコーンは格別でした。ごちそうさまでした!」

「いえいえ。ポップコーン、美味しかったよね」


 杏奈……上映中にサクラとそんなことをしていたのか。羨ましすぎる。女子同士だからできることだろう。ただ、そのこともあってか、サクラと杏奈の仲がさらに良くなったように思える。先輩後輩の垣根を越えて、友人関係を築けていそうだ。

 少し話していたこともあり、館内にはお客さんがほとんどいなくなっており、スタッフの方が掃除を始めていた。なので、俺達も館内から出て、フロントに戻る。


「今は……午後0時40分か。お昼ご飯を食べるにはいい時間だけど、みんなはどうだ? 特にポップコーンを買っていたサクラと一紗は」

「私はお腹が空いているわ」

「平日ほどじゃないけど、お腹は空いてる」

「あたしはお腹ペコペコです」

「そうか。じゃあ、お昼ご飯を食べに行こうか。駅の南口の近くにある一紗と杏奈がオススメする喫茶店へ」


 昨晩、グループトークでお昼ご飯のことについて話した。その中で、琴宿にオススメの喫茶店があると、一紗と杏奈が教えてくれたのだ。そのお店はサクラも知っており、一度行ってみたかったのだという。

 お手洗いを済ませ、売店で『名探偵クリス』のグッズを購入した後、俺達は一紗と杏奈のオススメする喫茶店へ向かい始める。

 映画館のあるビルを出ると、土曜日のお昼時なのもあってか、来たときよりもさらに多く人たちが行き交っていた。休日の今の時間帯は四鷹駅周辺も人が多いけど、それを凌駕している。

 人が多く、迷ったり、はぐれたりしてしまわないようにと一紗は俺、杏奈はサクラの手をそれぞれ掴んで目的地の喫茶店へと向かう。

 時々、喫茶店への方向を伝え、そちらに向かって手を引いてくれる一紗はしっかりしていて、頼もしい印象を抱く。それは杏奈についても同様だった。過去に琴宿で道に迷った経験もあるかな。


「着いたわよ」

「このお店です」


 一紗と杏奈がそう言い、俺達は立ち止まる。そこに見えたのはベージュ色の壁と、濃い茶色の柱が印象的な落ち着いた雰囲気の外観だ。お店の入口の上に飾られている看板には、明朝体で『きんじゅく喫茶』と描かれている。

 一紗と杏奈についていく形でお店の中に入る。外観だけでなく、中もなかなか落ち着いた感じだ。琴宿駅の近くにあるから、もっと高級感があったり、派手な感じだったりするのかと思っていたけど。


「いい感じの喫茶店だね」

「俺も思った。こういうお店は好みだ」


 四鷹にもありそうな感じの喫茶店で、個人的にはなじみやすいかな。


「2人にそう言ってもらえて良かったわ」

「ですね」


 一紗と杏奈はほっとした様子。

 店員さんにより、俺達は4人用のテーブル席へと案内される。その中で店内を見ると、お客さんは家族連れだったり、老夫婦だったり、俺達のように学生のグループだったり。老若男女のファンがいるお店のようだ。

 映画の座席ではじゃんけんに負けたからという理由で、杏奈が俺の隣に座ることに。サクラと一紗は俺とテーブルに向かい合う形で座る。

 メニュー表が2つあるので、隣に座っている杏奈と一緒に、メニューを見る。

 昨晩のグループトークやここに来るときの間、一紗と杏奈が言っていたように、ここのお店は料理メニューが豊富だ。パスタ系にパン系、オムライス、ハンバーグなど色々あって。これなら、この時間に家族連れのお客さんがいるのも納得かも。

 俺はナポリタン、サクラはオムライス、一紗はカルボナーラ大盛り、杏奈はハムサンドを注文。喫茶店だからなのかは定かではないが、飲み物を選べ、おかわりが一度無料になる。俺と杏奈はアイスコーヒー、サクラと一紗はアイスティーにした。


「ここ、料理のメニューが豊富だよな。2人って、琴宿に来るとここで食事をすることが多いのか?」

「私は結構多いわね。料理は美味しいし、お店の雰囲気も好きだし。性格で、気に入ったお店があったら、同じところに何度も行くことが多いの」

「あたしは色々なお店に行きますけど、ここは何度も来たことがありますね。一紗先輩の言う通り、料理が美味しいですからね。あと、値段もそんなに高くないですし」

「美味しさはもちろんだけど、値段も重要だよな」

「そうだね。2人が美味しいって言うなら、私が頼んだオムライスも期待できそう」


 サクラはとても楽しみな様子。俺も2人のおかげでナポリタンが楽しみになってきた。あと、既に食事をしているお客さんがいるから、いい匂いもしてきて。腹が減ってきたな。

 それからすぐに、飲み物が先に運ばれてきた。それを機に、俺達の話題はさっき観た『名探偵クリス』の話題へと変わる。


「そういえば、上映前に誰が犯人か予想をしたじゃないですか。文香先輩の予想が見事に当たりましたね!」

「当たったね」


 サクラは微笑みながらアイスティーを飲む。

 入場する前にパンフレットを見て、4人それぞれ違う人を犯人だと予想していた。その結果、サクラが予想した人が犯人だったのだ。


「完全に勘だったけどね。まさか当たるとは思わなかったよ」

「そう言う割には、クリス君が犯人の名前を言ったとき、文香先輩は嬉しそうに『よしっ!』って言って、左手をぎゅっと握りしめていたじゃないですか。可愛かったですよ」


 そのときのサクラを真似しているのか、杏奈は嬉しそうな様子で「よしっ!」と言って、左手を握りしめている。そのことにサクラはほんのりと頬を赤くし、一紗は「ふふっ」と上品に笑っている。

 実は俺も、クリス君が『犯人はあなただ』と言った直後、サクラの「よしっ!」という声が聞こえていた。その際にサクラを見ると、杏奈がやっているように左手をしっかりと握りしめており、嬉しそうな表情を浮かべていた。杏奈の言う通り、あのときのサクラは可愛かったな。そして、懐かしかった。


「ううっ、何だか恥ずかしい……」

「こういうことで喜べるのはいいことだと思うぞ。そういえば、昔はサクラが犯人を当てたら、帰りに自販機でジュース買ってあげたり、オリオのゲームコーナーでぬいぐるみを取ってあげたりしたよな。100円で一発だけど」

「そ、そんなこともあったね! ダイちゃんが当てたときはコンビニでお菓子を1つ買ってあげたよね」

「あたしも、友達と行ったときは、犯人当てで小さな賭け事をしましたね。全員外れちゃうときもありましたけど」

「そうだったのね。じゃあ、犯人を当てた文香さんに何かご褒美をあげない?」

「いいですね!」

「今日はひさしぶりの映画だったからな。俺もいいよ」

「……文香さん。どんなご褒美がいい?」

「えっ? そ、そうだね。急に言われるとなぁ……」


 う~ん、とサクラは腕を組みながら考える。急にご褒美をあげるって言われると迷っちゃうよな。

 サクラも高校2年生になったし、ご褒美を与えるのは3人。昔とは違うご褒美がほしいと言う可能性が高そうだ。

 いいご褒美が思いついたのか、サクラは明るい笑みを浮かべる。


「みんなの注文したメニューを一口食べさせてほしいな。それぞれ違うし、どんな味なのか気になるから」

「ふふっ、可愛いご褒美を希望するのね。分かったわ」

「ですね。いいですよ、文香先輩」

「俺もいいぞ」

「ありがとう。楽しみだな」


 そう言って、ワクワクとした様子になるサクラ。そんなサクラを見ていると、昔のサクラを見ているようだ。

 俺達の注文した料理が届いたので、昼食の時間が始まる。

 俺の注文したナポリタンは、具がソーセージにピーマン、たまねぎ、マッシュルームという王道のもの。それらの具を絡ませるように巻き取り、一口食べる。


「……美味いなぁ」


 トマトケチャップの甘酸っぱさがたまらない。入っている具が定番なのもあって、初めて食べたのに心が安らぐ。

 サクラ達が注文した料理も口に合ったようで、それぞれ美味しそうに食べている。

 少し食べたところで、俺と一紗、杏奈はサクラに犯人当てのご褒美として、自分の注文した料理を一口ずつ食べさせた。ピーマンがまだちょっと苦手だからか、俺がナポリタンを食べさせるときは、


「ピーマンを避けてね」


 と言ってきたけど。俺のナポリタンを含めサクラは美味しそうに食べてくれた。

 料理が美味しいのはもちろんのこと、サクラのご褒美イベントがあったり、映画の話をしたりして楽しい昼食の時間になった。

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