第14話『ブレない一紗』
お昼ご飯を食べ終わった俺達は、容器や包装、箸などを片付けて食休みをすることに。
「ふああっ……」
片付けが終わった直後、眠気が襲ってきた。お昼を食べたからかな。たまに吹く柔らかい風が気持ち良くて、眠気を強くさせる。
しっかりとあくびをしたからか、近くにいたサクラと一紗はクスッと笑う。
「あくびをする大輝君可愛いわ」
「そうだね。ダイちゃん、眠くなった?」
「ああ。お昼を食べたからかな。風も気持ちいいし」
「なるほどね。あとは午前中遊んだ疲れもあるのかも」
「それもありそうだな」
「……じゃあ、私が膝枕するから、ダイちゃんお昼寝する?」
サクラが優しい笑顔でそんな提案をしてくれる。
1学期のとき、風邪を引いて学校を休んだ日にサクラに膝枕をしてもらったけど、凄く気持ち良かったことを覚えている。なので、とても魅力的だ。ちなみに、あの日はサクラはメイド服を着ていたっけ。
「ああ。お願いしてもいいかな、サクラ」
「うんっ!」
サクラはニコッとした笑顔で返事してくれた。
その後、サクラはレジャーシートの上で正座をして、膝をポンポンと叩いて「どうぞ」と言ってくれる。
「失礼します」
俺はサクラの膝の上にそっと頭を乗せる。
以前、膝枕をしてもらったときはサクラはメイド服を着ていたけど、今は水着姿なので素肌。だから、以前よりも後頭部から柔らかさを感じて。気持ちいい。さらに眠気が襲ってきた。
今はサクラを見上げている形だ。ビキニのトップスに包まれた胸がなかなかの存在感を放っている。春の終わり頃にサクラの胸がDカップになったと分かって。ほぼ毎日、お風呂などでサクラの胸を見るけど、あの頃よりも大きくなっているかもしれない。
「どうかな、ダイちゃん」
サクラは俺を覗き込んできて、笑顔で問いかけてくれる。
「とても気持ちいいよ、サクラ」
「良かった」
サクラはニコッと笑いながらそう言ってくれる。気持ちいいし、サクラがとても可愛いからもう夢の中にいるんじゃないかと思ってしまう。
「大輝君、気持ち良さそうね。おやすみなさい」
「おやすみなさい、大輝先輩」
「速水、昼寝するのか。おやすみ」
「おやすみ、速水君」
「恋人の文香さんの膝枕で昼寝するなんていいですね! おやすみなさい!」
気付けば、全員から視線が集まっていた。そのことにちょっと気恥ずかしさも感じるけど、眠気が飛ぶことはない。
「ダイちゃん、おやすみ」
「ああ。おやすみ、サクラ。みんな」
笑顔のサクラに見守られながら、俺はゆっくりと目を瞑る。
サクラの膝枕が気持ちいいし、ビーチパラソルのおかげで日陰になっていて眩しくないから、目を瞑るとより一層眠気が襲ってくる。定期的にお腹のあたりに何かが触れている感触があるけど、サクラが優しく叩いてくれているのだろう。その感覚も気持ちがいい。
それから程なくして眠りに落ちていった。
「んっ……」
とても気持ちがいい中で俺は目を覚ました。
眠る前と同じように、笑顔のサクラが視界に入る。誰かと話しているのか、サクラは「ふふっ」と楽しそうに笑っていて。そんなサクラを見ているといい気分になる。
俺が起きたことに気付いたのか、サクラは視線をこちらに向けてくる。俺と目が合うとニコッと笑う。
「おはよう、ダイちゃん」
「おはよう、サクラ」
サクラに挨拶して、俺はゆっくりと体を起こす。その中でレジャーシートの中を見てみると……今は俺とサクラと杏奈しかいないのか。
「おはようございます、大輝先輩」
「おはよう、杏奈。よく寝たなぁ。何分くらい寝たんだろう?」
「30分くらいだよ」
「30分か」
昼寝としてはちょうどいい時間だな。
「小さめの声で杏奈ちゃんと話していたけど起こしちゃった?」
「いいや、そんなことないぞ。気持ち良く起きられたし」
「それなら良かった」
「良かったです。まあ、大輝先輩はぐっすり寝ている感じでしたけど」
ほっとした様子になるサクラと杏奈。
30分昼寝をしたから気分もスッキリしたし、体にある疲労感もない。これなら、この後もたくさん遊べそうだ。
「今はサクラと杏奈だけか。他のみんなは?」
「青葉ちゃんと羽柴君と二乃ちゃんは海に行ったよ。青葉ちゃんと羽柴君がクロール対決をするんだって。二乃ちゃんが審判役に立候補して」
「一紗先輩はあたし達とずっとお話ししていました。ただ、ちょっと前にお手洗いに行きました」
「そうか」
みんな思い思いの時間を過ごしているんだな。
あと、羽柴と小泉さんと二乃ちゃんで海に行ったのか。午前中は3人でビーチボールを使って遊んでいたし、それを通じて結構仲良くなったのかも。海を見ると……羽柴と小泉さんが泳いでいる姿が見える。そんな2人を楽しそうに見ている二乃ちゃんも。
「大輝先輩の寝顔、可愛かったですよ」
「そ、そうか」
「大輝先輩の寝顔を毎日見られる文香先輩が羨ましいです」
「一緒に住んでいる特権だね」
ふふっ、とサクラと杏奈は楽しそうに笑い合っている。俺は男だし、恋人や後輩からはかっこいいと言われた方が嬉しいんだけど……2人の笑顔を見ていると可愛いって言われることに悪い気はしない。
「一紗先輩も大輝先輩の寝顔が可愛いと言っていましたよ。興奮もしていましたね」
「いい匂いがするとも言っていたね。お腹を触ったり、ダイちゃんの寝顔の写真を何枚も撮ったりしてた」
「どれもこれも一紗らしいな……」
そういった光景が容易に想像できてしまうほどに。お手洗いから戻ってきたら、一紗は寝ている俺のことを興奮気味に話しそうな気がする。
「一紗先輩といえば……遅くありません?」
「確かにそうだね。ビーチの外れの方にレジャーシートを敷いたから、お手洗いも見える場所にあるし。お手洗いはそんなに混んでは……あれ?」
サクラはそう言い、目を見開く。
「どうした、サクラ」
「一紗ちゃんを見つけたんだけど、あれ……」
そう言って、サクラはある方向を指さした。
俺と杏奈はサクラが指さす方へ視線を向けると……金髪の男と黒髪の男を前にして立ち止まっている一紗の姿が見えた。あの様子からして、
「ナンパされているっぽいな、あれ」
「十中八九そうでしょうね。一紗先輩、美人ですしスタイル抜群ですから」
「そうだね。黒い水着もよく似合っているし。そんな一紗ちゃんが一人で歩いてたら……ナンパされるのも無理ないよね」
「ええ」
ここから見た感じだと、一紗は落ち着いているように見えるけど、相手は男2人だし怖がっている可能性がありそうだ。
「俺が一紗を連れ戻してくる。相手は男だし、もしナンパだったら、男の連れがいるって分かれば諦めるだろうし」
「それがいいですね」
「そうだね、杏奈ちゃん。……一紗ちゃんと一緒にここに戻ってきて。一紗ちゃんの彼氏のフリをしてもいいから。私が許可する」
「了解」
もしナンパなら、「一紗に彼氏がいる」って思わせた方がより諦めさせることができるだろうからな。それを考えて、サクラは彼氏のフリをしてもいいと言ったのだろう。
「じゃあ、行ってくる」
レジャーシートを出て、ビーチサンダルを履いて一紗のところへ向かう。あの男2人が一紗に何をするのか分からないので小走りで。
「一紗!」
大きめの声で一紗のことを呼ぶと、一紗は嬉しそうな笑みを浮かべて、俺に手を振ってくる。一紗の反応もあってか、一紗の前に立っていた2人の男達はこちらに振り向く。男の俺が来たからか、2人とも苦い表情だ。
俺は一紗のすぐ横に立って、男達と向かい合う形で立つ。
「あの。ナンパしているなら止めてもらえますか。この子……俺の彼女なんで」
「……うふふっ」
一紗はとっても嬉しそうな様子で笑い、俺の左腕を抱きしめてくる。おそらく、今の一言で、俺が彼氏のフリをして来てくれたのだと分かったのだろう。一紗のことだから、サクラがそうしていいと許可していることも。
あと、ビキニ姿で抱きしめられているので、俺の左腕には一紗の大きな胸が押しつけられている。水着越しでもとっても柔らかいのが分かる。ちょっとドキドキする。
「ちょうどいいタイミングで来てくれたわね、大輝君。さっき言った男性とはこの方のことです」
「滅茶苦茶嬉しそうだし、マジの話か……」
「みたいだな。美人だし胸デカいから狙ってたのに……」
男達はげんなりとした様子だ。
「……一紗。この人達に何を言ったんだ?」
「ナンパされて、2人とも胸をチラチラ見ていたから、『私の体を好きにしていい男性は一人だけで、その人と一緒に遊びに来ている。その人のことが大好き』って言ったのよ」
「そ、そうなのか」
「ええ。……で、その私の体を好きにしていい唯一の男性がこちらの彼です」
一紗は男達に向かって堂々とした様子でそう言った。きっと、『私の体を好きにしていい男性は一人だけで、その人と一緒に遊びに来ている。その人のことが大好き』ということも、今のように動じることなくしっかりと言ったんだろうな。さすがは一紗だ。
「ああ、分かったよ。ちくしょー」
「今日のこのビーチでは一番の女だと思ったのに……」
男達はさらにげんなりとした様子に。まあ、一紗はかなりの美人だし、抜群のプロポーションの持ち主。だから、このビーチで一番の女性だと思うのも納得ではあるかな。もちろん、俺にとって一番の女性はサクラだけど。
「今後、隙を狙って、彼女に何かしようとしないでくださいね」
「やらねえよ」
「男連れだって分かったからな。すまなかったな」
男達はそう言い残して、俺達の元から立ち去っていった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。
「何事もなくて良かったな。まあ、俺が来たときから、あの男達はげんなりした様子だったけど」
「一緒に遊んで気持ちいいことをしないかって誘われたとき、さっきの言葉を堂々と言えたのも良かったのかも。私の体を好きにしていい男性は大輝君だけだって決めているし、大輝君のことが大好きなのは本当だから」
「一紗はブレないな。さすがです」
一紗半端ないって、もう。
「ふふっ。……大輝君が来てくれて、私のことを彼女だって言ってくれたから、物凄く嬉しくなっちゃって。カップルのフリをするために腕をぎゅっと抱きしめたの!」
一紗は言葉通りの物凄く嬉しそうな表情でそう言い、俺のことをじっと見つめてくる。頬を中心にほんのりと顔が赤くなっているのもあってとても可愛い。
「そうだったのか。まあ、カップルのフリをするのはサクラが許可しているから安心してくれ」
「やはりそうだったのね。分かったわ。助けに来てくれた大輝君がかっこよかったし、『俺の彼女なんで』って言ってくれたからキュンキュンしてるわ。ますます好きになったわ」
「そうか」
「じゃあ、このまま腕を組んでカップルのフリをしながらレジャーシートに戻りましょうか。あの男達以外にも私をナンパする人がいるかもしれないし。腕を組む姿を見れば諦めるでしょう」
「そうだな」
ここで離れたら、ワンチャンあるんじゃないかと考える人もいそうだし。まあ、男の俺と一緒に歩いているだけで諦める人が大半だろうけど。
一紗に左腕を抱きしめられたまま、俺達はレジャーシートに戻り始める。その中で、一紗は俺の左腕を抱きしめる強さを強くした。
「大輝君が彼氏のフリをして助けに来てくれて、こうして大輝君の腕を抱きしめてビーチを歩けるなんて幸せだわ」
「一紗らしいな。そう思ってもらえて嬉しいよ」
「ふふっ。海水浴のいい思い出がまた一つ増えたわ!」
一紗はとても幸せそうな笑顔でそう言ってくれた。至近距離で可愛い笑顔を向けられているし、今も腕を抱きしめられているからキュンとなる。
あと、この幸せそうな今の一紗を見ていたら、ナンパをしようと思っていた人達はみんな諦めるんじゃないだろうか。
「私のところに来てくれたときの大輝君はかっこよかったけど、文香さんに膝枕してもらって寝ているときの大輝君は可愛かったわ。お腹を触ったし、スマホで大輝君の可愛い寝顔を何枚も撮ったし、大輝君のいい匂いを堪能したわ。まあ、匂いは今でも堪能しているけどね。興奮するわぁ」
はあっ、はあっ、と一紗は息をちょっと乱している。知らない人が見たら、彼氏の腕を抱きしめてドキドキしているように見えているだろうな。あと、一紗の温かな吐息が体にかかってくすぐったい。
「サクラと杏奈が言ってた通りだな」
「あら、2人から聞いていたのね。普段は見られない大輝君を見られて幸せだったわ」
「……そうか」
俺の寝姿を思い出しているのか、とても幸せそうな笑顔を見せている。
レジャーシートからは、サクラと杏奈が笑顔で俺達に向けて手を振っている。なので、俺達も手を振りながらレジャーシートに戻った。
「ただいま。一紗を連れて帰ってきた」
「ただいま! 大輝君の恋人っぽく振る舞って帰ってきたわ! 幸せだった……」
「一紗先輩ニッコニコでしたもんね。2人ともおかえりなさい」
「2人ともおかえり。ダイちゃん、よく連れて帰ってきたね」
杏奈とサクラは笑顔でそう言ってくれた。ここは海水浴場だけど、笑顔で「おかえり」と言ってもらえるのはいいものだ。
俺と一紗はレジャーシートの中に入る。その際に一紗は俺の左腕への抱擁を解いた。直接肌に触れていたのもあり、一紗が離れても左腕には彼女の温もりが残っている。その感覚が心地いい。
俺はサクラの隣に座り、一紗は杏奈の隣に座った。その際、サクラは俺に身を寄せて、右腕を抱きしめてくる。さっきまで一紗が左腕を抱きしめていたからだろうか。もしそうだとしたらとても可愛い。
「杏奈ちゃんと見ていたけど、ダイちゃんが一紗ちゃんのところに行ったら、男の人達はあっさり引いた感じだったね」
「大好きな男の人と来ているからって断ったからね。その直後に大輝君が『俺の彼女なんで』って彼氏のフリをして来てくれたから、男達もあっさり諦めたって感じね」
「なるほどね」
「恋人のフリをするのは正解でしたね」
「ええ。あと、私の体を好きにしていいのは大好きな男性だけとも言ったし。その男性が大輝君だとも紹介したわ」
「そこまでできるのはさすがですね。一紗先輩らしいとも思えますが」
「そうだね、杏奈ちゃん」
杏奈とサクラは朗らかに笑いながらそう言う。2人の言葉に俺は頷く。
「ただ、大輝君が来てくれなければ、あの男達もあそこまであっさりと諦めなかったと思うわ。大輝君、ありがとう」
一紗はニッコリとした笑顔で俺にお礼を言ってくれた。その笑顔がとても可愛くてドキッとする。
「いえいえ。一紗のためになって良かったよ」
「ええ。……今回のことで、文香さんの彼氏はとても素敵な人だと改めて思ったわ」
「ふふっ。自慢の彼氏です」
サクラは可愛らしい笑顔でそう言い、俺の右腕を抱きしめる力を強くした。自慢の彼氏だとサクラが言ってくれることが嬉しい。気付けば頬が緩んでいた。
それから少しの間、海で遊んでいる羽柴と小泉さんと二乃ちゃんを見ながら4人で談笑した。




