第5話『夏休みの始まり』
7月18日、土曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっている。もう朝になっているんだな。サーッ、という音が聞こえるので、今は雨が降っているのか。
すぅ、すぅ、と可愛い寝息が聞こえるのでそちらに視線を向けると、サクラが俺の左腕を抱きしめながら気持ち良さそうに寝ている。
夏休み初日。目を覚ました直後から恋人の可愛い寝顔を見られるなんて。とても幸せだ。去年の夏休みには考えられなかったことだ。まあ、サクラのことが好きだから、仲直りしていたり、付き合ったりしていたら楽しく夏休みを過ごせているんだろうな……とは思っていたけど。去年の夏休みの頃の俺に今の状況を教えたら……あまりにも幸せすぎる状況だから信じてもらえないかもしれないな。
「ダイちゃぁん……」
甘い声で俺の名前を言うと、サクラは「えへへっ」と声に出して笑う。可愛いな。夢に俺が出てきているのかな。寝ている間も俺の名前を言ってもらえて凄く嬉しいな。そのことにも幸せを感じる。
今のサクラがとても可愛くて。キュンとなって。だから、サクラの頬にそっとキスをした。最近は唇を重ねるキスが多いけど、頬にするキスもいいなって思う。頬の柔らかい感触が心地いい。
キスをしてから少しして、
「んっ……」
可愛い声を漏らすと、サクラはゆっくりと目を開ける。俺と目が合うと、サクラはとろんとした笑顔を見せる。
「ダイちゃん。おはよう」
いつも以上に柔らかい声で朝の挨拶をしてくれた。
「おはよう、サクラ。……起こしちゃったかな。その……頬にキスをしたから」
「ううん、そんなことないよ。とても気持ち良く起きられたから」
「それなら良かった」
「……それにしても、寝ている私のほっぺにキスしていたんだね」
ニコニコしながらそう問いかけてくるサクラ。頬にキスをしたのが事実だから、何だかちょっと気恥ずかしい。
「ああ。寝ながら俺の名前を呟くサクラが凄く可愛かったから」
「そうだったんだ。じゃあ、きっとダイちゃんが夢に出ていたんだね。そういった夢を見て、現実ではダイちゃんがほっぺにキスしてくれたから、凄く気持ち良く起きられたんだろうね」
サクラはそう言うと、「えへへっ」と声に出して笑う。俺の恋人……本当に可愛すぎる。こんなに可愛いサクラと一緒に住んでいて、これから一緒に夏休みを過ごせると思うと、とっても嬉しい気持ちになる。
「ダイちゃん。今度は唇にキスして? おはようのキスしたいな」
そうおねだりすると、サクラはゆっくりと目を瞑る。おねだりしてキス待ちする姿も可愛いな。
「ああ、分かった」
俺はサクラにおはようのキスをした。
付き合い始めてからは、おはようのキスをすることが多い。ただ、夏休み初日なのもあって、今日のキスはちょっと特別感が感じられた。
午前9時過ぎ。
両親の作ってくれた和風の朝食をゆっくり食べた後、俺はサクラと一緒に涼しい自室でまったりとしている。クッションに隣同士に座って、アイスコーヒーを飲みながら。
「いよいよ夏休みがスタートしたね」
「そうだな。サクラと一緒に過ごして、恋人になって高2の夏休みを迎えられて嬉しいな」
「私もだよ。夢なんじゃないかって思えるくらいに嬉しいし、幸せだよ。それに、中2から高1まではわだかまりがあったから、夏休み中に会うことはあまりなかったし」
「そうだったな」
中2の始業式の日、俺がサクラのことで友達にからかわれて。その照れくささもあって、サクラのいる前でサクラを傷つけることを言ってしまった。それをきっかけに、今年の春休みまでサクラと距離ができていた。それもあり、中2から高1の夏休み中は、サクラと遊ぶことはなく、何度か会った程度だった。
「去年の夏休みには、まさか来年の夏休みはダイちゃんの家で一緒に住んでいて、ダイちゃんの恋人になれているとは思わなかったよ。もちろん、ダイちゃんと付き合えたら、せめても幼馴染や友達として仲直りできていたら楽しい夏休みを過ごせていただろうなとは思っていたけどね」
「そっか。俺も……起きて、サクラの寝顔を見ているときに同じことを思ったよ」
「そうだったんだね」
ふふっ、とサクラは楽しそうに笑う。去年の夏休みにはこんなに楽しそうな笑顔を俺に向けてくれることはなかったので、とても嬉しい気持ちになる。それと同時に、サクラと仲直りできて、恋人同士になれて良かったなって思う。
「あと、目覚めた直後からサクラを見られて幸せに思ったよ。サクラと一緒に夏休みを迎えられたんだって実感できてさ」
「そうなんだ。そう言ってもらえて嬉しいな」
ご機嫌な様子でそう言うと、サクラは俺にそっと寄りかかって、俺の右肩に頭を乗せてくる。今は夏だけど、部屋の中は涼しいし、サクラから感じる温もりがとても心地良く感じられる。甘い匂いや柔らかい感触も。
サクラは上目遣いで俺を見つめ、
「私もダイちゃんと一緒に夏休みを迎えられて幸せだよ。こうしてくっついていることもね」
可愛らしい笑顔でそう言ってくれた。今の言葉も笑顔も上目遣いもとても可愛いから凄くキュンとなる。
「サクラがそう言ってくれることも幸せだよ」
「ふふっ。ダイちゃんと恋人になったし、一緒に住んでいるから、今までで一番楽しい夏休みになりそうだよ」
「俺もそんな気がするよ。一緒に楽しい夏休みを過ごそうな」
「うんっ」
可愛く返事をすると、サクラは笑顔で首肯してくれた。中2から高1までの夏休みは一緒に遊ぶこともなかったから、こうして嬉しそうに快諾してくれるのは嬉しい。
「一緒に遊んだり、デートしたり、課題をしたり。今度の海水浴みたいにみんなで遊んだりもして、楽しい夏休みにしようね」
「そうだな」
来年は受験があるから、きっと受験勉強中心の夏休みになると思う。だから、高2の今年の夏休みはサクラとデートしたり、みんなと遊んだりするなどして思いっきり楽しみたい。
「あと……付き合っているから、イチャイチャもしようね」
「……ああ」
イチャイチャもしようって言われると凄くドキッとする。それに、今のサクラは膝丈ほどのスカートにフレンチスリーブのブラウスという露出度がやや高めの服装をしているのもあり、ドキドキが強くなっていく。
一緒に住んでいるし、夏休み中はサクラといっぱいイチャイチャできればと思う。そんな気持ちを胸に抱きつつ、俺はサクラにキスをする。
サクラの頭や腕などから伝わる温もりもいいけど、サクラの唇から伝わる温もりは特別に心地いい。唇の柔らかさも一緒に感じられるからだろうか。
数秒ほどして俺から唇を離すと、目の前には頬をほんのりと赤くしたサクラがいて。俺と目が合うとサクラはニコッと笑う。
「イチャイチャもしようと言われたから、さっそくキスしてみた」
「ふふっ、そっか。キスしてもらえて幸せだよ」
「良かった」
そう言い、サクラの頭をポンポンと優しく叩く。気持ち良かったのか、サクラの笑顔はやんわりとしたものになって。サクラからも「ちゅっ」とキスしてくれた。
何だか、夏休み1日目の午前中の今の時点で、中2から高1までの夏休みよりも楽しいなって思える。それだけ、サクラのことが大好きで、サクラの存在が俺にとってかなり大きいのだろう。
「さてと、これから何をしようか? 昔は夏休みが始まった頃はダイちゃんや和奏ちゃんと一緒に課題をしていたよね」
「そうだったな。夏休みが始まったから遊びたい気持ちが強かったけど、和奏姉さんが『早いうちに宿題を終わらせれば、終わった後に思いっきり遊べるよ!』って言うから、7月中には課題が結構終わった年が多かったよな」
「うん、そうだったね。絵日記とか花の観察日記とか毎日やらなきゃいけない課題以外は7月中に結構終わってたよね」
「ああ。あと、今年みたいに、7月の下旬から8月の上旬頃にどこか遊びに行ったり、桜井家のみんなと一緒に旅行に行ったりする予定があると、それを楽しみに初日から課題を頑張ろうって年もあったな」
「あったあった」
楽しみなイベントがあると、課題をやるのを凄く頑張れた記憶がある。
「ダイちゃんと和奏ちゃんのおかげで、ダイちゃんと距離があった時期の夏休みも、始まった直後から課題をコツコツやれたよ」
「俺も同じだった。まあ、去年はバイトをしていたから、バイトのある日はあまりやらなかったけど。それでも、お盆の時期までには終わらせてた」
「そうだったんだ」
和奏姉さんのおかげで、夏休みの課題は始まった直後から取り組む姿勢が身についたと思っている。もし、姉さんがいなかったら、夏休みの後半になって焦りながら課題をやるタイプになっていたかもしれない。
「じゃあ、これから一緒に課題をする?」
「ああ、するか。課題を早く終わらせれば、サクラと一緒に色々なことを思いっきり楽しめるだろうし。今度の海水浴も」
「そうだね!」
サクラはとても明るい笑顔でそう言った。その笑顔は昔のサクラを彷彿とさせるちょっと幼さも感じられる笑顔で。こういった笑顔も可愛い。
「何の教科からやろうか?」
「そうだね……数学Bかな。1学期は平均以上の成績だったけど、難しいなって感じる内容もいくつかあったから。最初にそういう科目の課題が終われば、その後が楽そうな気がして」
「それは言えてるな。分かった。じゃあ、まずは数Bからやるか」
「うんっ!」
その後、教科書とノートと筆記用具を用意して、数学Bの夏休みの課題をやり始める。ちなみに、数Bの課題は1学期の内容についての総復習プリントだ。
プリントをざっと見た感じ、基本的な内容の問題が多いけど、応用問題もちょくちょくある。量も結構あるので、この課題をやれば1学期の内容はしっかりと身につくだろう。
課題を進めていると、
「ダイちゃん。この問題が分からないんだけど、教えてくれるかな?」
「いいぞ。どれどれ……」
応用問題を中心にサクラが質問してくることが何回かあって。途中式と答えを教えると、
「そういうことなんだね。理解できたよ。教えてくれてありがとう!」
と、笑顔でお礼を言ってくれて。
昔は一緒に課題をやっていると、サクラに質問されて、教えると笑顔でお礼を言ってくれることが何度もあったっけ。だから、懐かしい気持ちになった。
途中、お昼には両親を作ってくれたお昼ご飯を食べたり、休憩で2人とも好きな深夜アニメを観たりしながら課題を進め、夏休み初日の今日中に数学Bの課題を終わらせられた。




