第3話『球技大会の終わり』
全種目の全試合が終了した直後、開会式と同じくテレビ中継による閉会式が行なわれた。
各種目の第3位までは閉会式中に賞状をもらうので、俺は羽柴達と一緒に放送室の前の廊下でスタンバイ。男子ドッジボールは女子バスケットボールの次にもらうとのこと。各種目、3位、準優勝、優勝の順番で。
閉会式が始まり、式の内容がスピーカーから聞こえてくる。こういう形で式に触れるのは初めてなので新鮮だ。
俺達の前である女子バスケットボールで優勝したチームが賞状をもらう場面を見る。それによると、誰か代表1人が校長先生から賞状を受け取る形か。
誰が賞状を受け取るかすぐに相談し、対戦相手をいっぱいアウトにしたという理由で俺が受け取ることになった。
女子バスケットボールを優勝したチームが放送室から出て、男子ドッジボール3位である我ら2年3組チームが放送室の中に入る。放送委員の指示で、校長先生と向かい合う形で立ち、賞状を受け取る俺がみんなの一歩前に立った。
「男子ドッジボール3位。2年3組。おめでとう」
校長先生はそう言うと、両手で賞状を俺に差し出してくる。
「ありがとうございます」
俺はそう言って、校長先生から賞状を受け取って軽く頭を下げた。賞状をもらって嬉しい気持ちもあるけど、こういうのを受け取るのは中学の卒業式以来だから何だか懐かしい気持ちにもなった。
また、賞状を受け取った瞬間、パチパチと拍手が聞こえて。きっと、今頃、2年3組の教室ではサクラ達が、1年5組の教室では杏奈が拍手してくれていることだろう。
賞状を受け取った後は教室に戻るようにとのことだったので、俺達は教室に戻った。
「男子ドッジボールのみんなが戻ってきたね。3位おめでとう!」
教室に入ると、担任の流川先生が笑顔で祝福の言葉を言ってくれた。それもあって、教室にいるクラスメイトはみんな「おめでとう!」と言って、俺達に向かって拍手してくれる。放送室で賞状を受け取ったとき以上に嬉しい気持ちになる。
みんなに賞状を見せながら、俺は自分の席に座った。
「これが実際の賞状なんだ。凄いなぁ」
俺の前の席に座っているサクラはこちらに振り返り、賞状を見ながらそう言った。サクラの目はちょっと輝いていて。そんなサクラがとても可愛く思えた。
戻ってきてすぐに閉会式が終わった。そのため、俺達は体操着から制服へ着替えることに。男子は教室で、女子は本日限定の特設会場を含めた女子用の更衣室で着替える。
女子達と流川先生が全員教室から出て行った後、俺は着替えていく。
賞状は……どうするか。まだ机に置いておけばいいかな。服は椅子に置けばいいし。
「去年は1勝もできずに初戦敗退だったけど、今年は3位になるとは。ここまで上位に行けるとは思わなかったぜ」
気付けば、制服に着替え終わった羽柴が俺のところに来ていた。俺が賞状をどうするか迷っていたのもあるけど、それにしても着替えるのが早いな。
「俺もだ。去年は1勝もしなかったからな。今年は1回戦、2回戦、準々決勝、3位決定戦と4勝もしたし。準決勝では負けたけど、最後の3位決定戦で勝って終われたから凄くいい気分だ」
「そうだな」
俺達の会話が聞こえたのか、男子ドッジボールに一緒に参加した友人やクラスメイトの何人かが「そうだなぁ」と呟いていた。
「あと、3年相手に勝てたのも良かったよな」
「ああ。1回戦の相手が3年生だって知ったときは、今年も上級生かって思ったけど」
「だな。今年も初戦で負けちまうかも……とは思った。ただ、蓋を開ければ4勝して3位。1年間で大躍進だな、俺達」
「ははっ、そうだな、羽柴」
「来年も同じクラスになったら一緒にドッジボールに出ようぜ」
「そうだな」
来年も羽柴と同じクラスになれるといいな。もちろん、サクラと一紗と小泉さんとも。ただ、違うクラスになったとしても、女子バスケに杏奈が参加したときのように普通に応援すると思う。少なくとも対戦相手にならなければ。
「……そうだ。3位になって賞状をもらったから、その記念に男子ドッジボールのみんなで写真撮るか?」
羽柴が教室にいるみんなに向かってそんな提案をする。
3位になった記念に写真か。凄くいい提案だと思う。
「俺は賛成だ、羽柴」
俺が最初に賛成する。それが嬉しかったのか、羽柴は爽やかな笑顔で「おう」と言った。
その後も続々と賛同の意を示し、最終的には男子ドッジボールに出場した全員が賛成する結果になった。
全員が着替え終わった後、羽柴のスマホで写真を撮ることに。
また、羽柴は『男子ドッジボール3位!』と黒板に書いた。こう書けば、写真を見返したときに何の写真か分かりやすくなりそうか。
賞状は閉会式のときに受け取った俺が持つことになり、俺を中心に黒板の前で男子ドッジボールのメンバーが集まった。
「じゃあ、撮るぞー」
羽柴の友達の男子生徒がそう言い、羽柴のスマホで撮影した。その写真はLIMEというSNSアプリを通じて羽柴から送ってもらった。……とてもいい写真だ。
それから数分ほどして、制服姿になった女子生徒達が戻ってきた。今日は朝からずっと体操着やジャージ姿だったので、みんなの制服姿がちょっと懐かしい。
女子達が戻ってきてから数分ほどで、
『誰か、教室の扉を開けてくれる?』
廊下から流川先生のそんな声が聞こえてきた。教室前方の扉に近い席に座っている女子生徒が扉を開けると、先生は両手でカゴを2つ持った状態で入ってきた。その際、扉を開けた女子生徒に「ありがとうー」とお礼を言った。
「みんなお待たせー。……よいしょー!」
流川先生が教室に入ってきて、持っているカゴを教卓に置いた。あのカゴに入っているのって……もしかして。
「みんな、制服に着替えて戻ってきたね。……今日はみんな球技大会お疲れ様。男子ドッジボールのみんなは3位おめでとう! 去年、私のクラスだった人達は覚えていると思うけど、球技大会を頑張ったみんなに飲み物のご褒美です!」
流川先生は可愛い笑顔でそう言った。
飲み物のご褒美という言葉もあり、何人かの生徒は「やったー!」と喜びの声を上げる。そのうちの2人は羽柴と小泉さんだ。
やっぱり、カゴに入っているのは飲み物か。流川先生はイベントがあると、終わったときにご褒美や差し入れとして飲み物をくれるのだ。
「やったねっ、ダイちゃん」
サクラはこちらに振り返り、笑顔でそう言ってくる。ああ、と俺が返事すると、サクラはニコッと笑いかけてきて。可愛いなぁ。
「飲み物のインナップはストレートティー、ミルクティー、レモンティー、ミルクコーヒーだよ」
紅茶とミルクコーヒーか。紅茶も好きだけど、コーヒーはもっと好きだからミルクコーヒーにしようかな。
「エアコンがかかっている職員室に置いておいたから、ほんのりと冷たくなっていると思うわ。みんな、カゴから好きな飲み物を1つずつ取っていってね。1つずつだよ。飲み物は今飲んでも帰ってから飲んでもいいよ」
『はーい!』
元気良く返事すると、3分の2ほどのクラスメイトが席から立ち上がって、カゴが置いてある教卓に向かう。俺もサクラと一緒に教卓へ。
「ダイちゃんは何にするの?」
「俺はミルクコーヒーにするよ。サクラは?」
「私はレモンティー。紅茶もコーヒーも好きだけど、今日はレモンティーの気分」
「そっか」
サクラは紅茶もコーヒーも好きだし、紅茶は色々なフレーバーのものを飲むから何を選ぶか予想しづらかったけど、レモンティーを選んだか。
俺と違うものを選んだし、あとで一口交換する展開になるかもしれないな。
飲み物が入っているカゴを見ると……4種類ともまだ残っていた。あと、どれも小さめのペットボトルなんだな。俺はミルクコーヒー、サクラはレモンティーをカゴから取って席に戻った。
教室を見渡すと、羽柴と一紗と小泉さんも飲み物を取っていた。羽柴はミルクコーヒー、一紗はミルクティー、小泉さんはストレートティーか。
今飲んでもいいと言っていたから、さっそくミルクコーヒーを飲むか。
ペットボトルの蓋を開けて、ミルクコーヒーを一口飲む。このコーヒーは今までに何度も飲んだことがある。ミルクや砂糖の甘味もそれなりにあるけど、苦味もしっかりしていて美味しいんだよな。今日も美味しい。あと、今日は5試合もしたからこの甘味がとても良く感じる。それと、流川先生が言っていた通り、ほんのりと冷たくなっている。
「コーヒー美味しいな」
「レモンティーも美味しいよ」
「良かったな」
「ダイちゃんもね」
ふふっ、とサクラは声に出して笑う。サクラはレモンティーを飲むと……美味しいというだけあって、サクラは可愛い笑顔になって。一緒に住んでいるから美味しいものを飲んだり、食べたりしたときに今みたいな笑顔になるんだよな。この笑顔はたくさんあるサクラの好きなところの一つだ。
「ダイちゃん、レモンティー一口飲む?」
「ああ、いいぞ。じゃあ、お礼にミルクコーヒーを一口どうぞ」
「ありがとう」
サクラはニコッと笑ってお礼を言った。やっぱり、サクラと一口交換することになったか。
サクラとペットボトルを交換して、レモンティーを一口いただく。
ミルクコーヒーを飲んだ後だからなのか。それとも、サクラが口を付けたからなのか。このレモンティーはこれまでに飲んだことがあるけど、これまでよりも甘さが強く感じられた。
「ミルクコーヒーも美味しいね」
「美味いよな。レモンティーも美味しいよ。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそありがとね」
そう言って、お互いにペットボトルを返した。
教室の中を見ると……飲み物を飲んでいる人がほとんどだな。羽柴も一紗も小泉さんも飲んでいる。流川先生が飲んでいいと言ったし、蓋のできるペットボトルだから飲もうという人が多いのかも。
「全員、飲み物を取ったみたいだね。じゃあ、終礼をやるね。飲んでていいよ。改めて、今日は球技大会お疲れ様でした。今日は一日の日程だったけど、普段と違って教室にいる時間は短かったので、今日の掃除はなしで」
おっ、今日の掃除はなしか。今週が掃除当番のサクラと小泉さんは嬉しいだろうな。そう思っていると、「ふふっ」とサクラの小さな笑い声が聞こえた。嬉しいみたいだ。
「明日はまた午前中のみの日程だよ。明後日は終業式になるから、1学期の授業は明日が最後になるわ。最後までしっかりと授業を受けましょう。それでは、終礼を終わります。委員長、号令をお願いします」
その後、クラス委員の女子生徒の号令で挨拶が行なわれ、放課後となった。
教室の掃除もないし、今日はこの後バイトのシフトにも入っていない。だから、ミルクコーヒーを飲みながらここでゆっくりしようかな。そう思いながら、俺は席に座ったままコーヒーを一口飲んだ。
「ダイちゃん。もう帰る? それともここにいる?」
「ちょっとここでゆっくりしようかな。バイトないし、教室の掃除もないから」
「そっかっ。じゃあ、私もゆっくりする」
「ああ。一緒にゆっくりしよう」
「あたし達も混ぜてよ」
小泉さんがそう言うのでそちらを見ると……小泉さんと羽柴と一紗が飲み物を持ってこちらにやってきた。
「ああ、いいぞ」
「一緒にゆっくりしよう」
「ありがとう。文香、速水君、今日はお疲れ様」
そう言うと、小泉さんは自分が持つストレートティーのペットボトルを、サクラのペットボトルと俺のペットボトルに軽く当ててくる。球技大会の労いを込めた乾杯って意味なのかな。
5人でお互いに「お疲れ様」と今日の球技大会を労い、持っているペットボトルを軽く当てた。その後に飲むミルクコーヒーはそれまでよりも味わい深く感じられた。
「文香、一紗。紅茶を一口ずつ交換しない?」
「いいわよ、青葉さん」
「私はいいけど……このレモンティー、ダイちゃんが口を付けているの。一紗ちゃんと青葉ちゃんはそれでいい?」
「むしろ嬉しいわ!」
興奮気味にそう言う一紗。そんな一紗に俺達4人は声に出して笑う。
「一紗らしいね。速水君なら別にかまわないよ」
「分かった。じゃあ、一口交換しようか」
それから、サクラと一紗と小泉さんでお互いの紅茶を一口交換する。
どの紅茶も美味しいのか、3人ともいい笑顔で紅茶を飲んでいる。ただ、一紗がレモンティーを飲んだときは、
「あぁ、美味しいわぁ。大輝君が口を付けたから凄く美味しい……」
と幸せそうにしていた。俺にサクラという恋人がいてもこういう反応ができるところが一紗らしいというか。
「ミルクコーヒー美味いぜ。いつもより美味く感じるのは、ドッジボールでたくさん体を動かして、3位になったからかな」
「きっとそうだろうな、羽柴。3位になったことについて、改めて乾杯するか」
「そうだな! かんぱーい!」
「乾杯!」
羽柴の持っているボトルに軽く当てて、俺はミルクコーヒーを飲む。親友と喜びの乾杯をしたからより美味しく感じるよ。
「改めておめでとう、ダイちゃん、羽柴君」
「おめでとう、大輝君、羽柴君」
「2人ともおめでとう!」
「ありがとう。嬉しいよ」
「ありがとな!」
これでドッジボールのことでおめでとうって言われるのは何回目だろうか。ただ、祝福の言葉は何度言われても嬉しい気持ちになるな。
――プルルッ。
机に置いているスマホが鳴る。
鳴ったのは俺のスマホだけでなく、サクラ達のスマホも鳴っているようだ。グループトークにメッセージでも届いたのかな。
さっそくスマホを確認すると、杏奈からメッセージが送信されたと通知が。その通知をタップすると、杏奈、俺、サクラ、一紗、小泉さん、羽柴がメンバーのグループトークが開かれ、
『今日は球技大会お疲れ様でした! バスケを応援してくれてありがとうございました! あと、大輝先輩と羽柴先輩はドッジボール3位おめでとうございます! 今日は友達と帰るのでメッセージを送りました』
というメッセージが送られてきた。文字でもおめでとうと言われるのは嬉しいものだ。同じ気持ちなのか、羽柴は柔和な笑顔になっていた。
俺達5人は杏奈に向けて『お疲れ様』とメッセージを送る。また、羽柴と小泉さんは流川先生がご褒美でくれた飲み物が美味しいとも。すると、
『飲み物羨ましいです! いいなー。愛実先生っていい先生ですね。うちのクラスの担任は『お疲れ様』と言っただけですから』
と、杏奈からメッセージが。まあ、杏奈の担任が普通で、飲み物をプレゼントしてくれる流川先生がいい先生なんだと思う。
「確かに、愛実先生っていい先生だよね」
「そうだね、文香。イベントが終わると飲み物をプレゼントしてくれるもんね」
「そうだったな、小泉」
「とても有り難いことだよな」
「去年は愛実先生のクラスではなかったから、愛実先生がとてもいい先生だと思ったわ」
後輩の言葉で担任の流川先生の良さを再認識できたな。
当の本人である流川先生を見てみると……先生はストレートティーを飲みながら女子達と談笑している。
「今日はお友達と帰るみたいだから、明日、杏奈ちゃんに飲み物を買ってあげようかな。杏奈ちゃんはバスケを頑張っていたし、私達の応援もしてくれたから」
「それいいな、サクラ。杏奈の応援も力になって、ドッジボールで3位になれたし」
「速水の言う通りだな」
「いいわね。杏奈さんの応援もあってドッジボールを頑張れたし」
「そうだね、一紗。あと、杏奈ちゃんと一緒に男子のドッジボールを応援するのも楽しかったな。……みんなで杏奈ちゃんに飲み物を奢ろうか」
小泉さんがそう言うと、俺達4人はそれに対して首肯した。
杏奈はバスケを頑張っていたし、時間さえ合えばうちのクラスのドッジボールを元気良く応援してくれたもんな。杏奈への労いと感謝を込めて飲み物を奢るのはいいと思う。
俺達は杏奈に対して、明日の放課後に飲み物を1本奢るとメッセージを送る。するとすぐに、
『ありがとうございますっ! では、明日の放課後に学校の自販機で奢ってください』
と、杏奈から返信が届いた。杏奈の嬉しそうな笑顔が目に浮かぶよ。
それからも少しの間、5人で今日の球技大会のことをについて談笑する。
去年は球技大会が終わったら、サクラや小泉さんに「お疲れ」と一声掛けて、羽柴とか男友達と少し駄弁って帰った記憶がある。だから、サクラ達ともこうして楽しく喋ることができることに嬉しい気持ちになる。
また、流川先生が男子ドッジボール3位の賞状を受け取りに俺達のところにやってきた。額縁に入れて教室に飾るのだという。そのときにみんなで飲み物のお礼を言うと、先生は柔らかい笑顔で「いえいえ」と言った。
今年の球技大会は去年よりもかなり楽しくて、充実したイベントになった。
また、約束通り、翌日の放課後にみんなで杏奈に飲み物を奢った。
杏奈はペットボトルのビーチティーを選んだ。買ってすぐに一口飲み、いつもの可愛い笑顔で、
「美味しいですっ! みなさん、ありがとうございます!」
と言ってくれて。そんな杏奈を見ると何だか嬉しい気持ちになった。サクラ達も嬉しそうにしていて。もしかしたら、流川先生が、イベントが終わると俺達に飲み物をプレゼントしてくれる理由の一つはこれなのかもしれない。




