第4話『七夕祭り-前編-』
写真撮影会が終わったので、俺達は会場に向かって四鷹駅を出発する。
七夕祭りの会場・金井公園の最寄り駅は武蔵金井駅。その駅は四鷹駅から下り方面に3つ先のところにある。
下り方面のホームに行くと、七夕祭りに行くのか浴衣や甚平姿の人がちらほらと見受けられる。俺達は先頭車両が止まる場所まで向かった。
ホームに行ってから3分ほどで、下り方面の快速列車が到着する。
乗車すると、先頭車両なのもあり、空席がいくつも見受けられた。その中でも3席連続で空いている席があったので、そこに一紗、杏奈、小泉さんが座り、俺とサクラ、羽柴は立つことに。
扉の上にあるモニターによると、四鷹駅から武蔵金井駅までは8分かかるとのこと。ただ、これまで行ったお祭りのことを話していたら、武蔵金井駅まではあっという間だった。
会場の金井公園は武蔵金井駅から徒歩で15分ほどのところにある。
ちょっと長い距離だけど……引き続きみんなと話して楽しいし、七夕祭りに行くのは3年ぶりなのもあって会場までの風景が懐かしいから、特に遠くは感じなかった。
「着いたね!」
金井公園の入口前に辿り着き、小泉さんは元気良くそう言った。
この場所からも、会場の中にある屋台やライトアップされている笹が見えている。あんなに大きな笹はこのお祭り以外では見ないから、より懐かしい気持ちになるな。また、今は笹に短冊があまり飾られていないけど、時間が経つにつれて、様々な色の短冊が飾られてカラフルに彩られていくのだ。今年はどんな感じになるのか楽しみだ。
「着いたね、青葉ちゃん! 今年も賑わってるね!」
「3年ぶりに来たけど、雰囲気は変わらないな。だから、懐かしいなって思う」
「俺も懐かしく思ったぜ、速水」
「変わらない風景だけど、大輝君達と来るのは初めてだから新鮮さも感じるわ」
「あたしも同じことを思いました、一紗先輩」
「杏奈さぁん……」
共感してもらえて嬉しかったのだろうか。一紗は甘い声で杏奈の名前を言い、デレデレとした様子で杏奈を抱きしめる。杏奈も結構嬉しそうで。出会った頃は一紗のことを警戒していたけど、今はすっかりと打ち解けたな。
俺のスマホでみんなのことを撮影してから、七夕祭りの会場の中に入った。
今は午後6時半過ぎだけど、既に結構多くの人がいて賑わっている。これまでもそうだった。ここ金井市の人達はもちろん、俺達のような近隣の地域に住んでいる人達にも根付いたお祭りなのだと実感する。
「いっぱい屋台があるね、ダイちゃん!」
「そうだな。いっぱいあるから、どこから行こうか迷っちゃうな」
「だねっ」
楽しそうに言うサクラ。
また、サクラと一緒に七夕祭りに来られるなんて。さっそく感動し始めている。4年ぶりにサクラと一緒に来ている七夕祭りを楽しみたい。
「あっ、あそこに焼きそばの屋台があるよ!」
声を弾ませてそう言うと、サクラは焼きそばの屋台に向かって指さした。サクラの目はキラキラと輝いている。
「焼きそばか。お祭りの定番でいいよな。それに、サクラは焼きそばが大好きだし」
「去年も焼きそばの屋台を見つけたら、文香は嬉しそうにしていたよ」
「そうだったのか。小さい頃から、サクラは焼きそばの屋台を見つけるとテンション上がっていたぞ」
「へえ、そうだったんだ」
ちょっとニヤけてサクラを見る小泉さん。
小泉さんと俺が昔話をしたからか、サクラの笑顔は照れくさそうなものに。そういった笑顔も可愛くてキュンとなる。
「焼きそばいいですね! あたしもお祭りで食べること結構ありますよ」
「定番だものね」
「腹減ってるし、最初はガッツリと焼きそばを食べたい気分だ」
「じゃあ、まずは焼きそばを食べようか!」
サクラがそう言うと、俺達5人は「そうしよう」と頷いた。
サクラは俺の手を引っ張り、みんなを先導して焼きそばの屋台の列に並ぶ。列には10人もいないので、すぐに買えるだろう。
屋台の中にいるおじさんが鉄板で焼きそばを作っているため、ここまで焼きそばの美味しそうな匂いが香ってくる。それもあってか、サクラは食べる前からニコニコだ。昔も焼きそばの屋台に来ると、サクラは今みたいな笑顔になっていたっけ。本当に可愛いよ。
並び始めてから数分ほどで俺達の番になり、みんな無事に焼きそばを買うことができた。
他の人の邪魔にならないように、屋台の並びから抜けて、休憩スペースとなっている広場へ向かう。
「じゃあ、さっそく食べようか! いただきます!」
『いただきます』
サクラの号令で、俺達は焼きそばを食べ始める。
プラスチックのパックの蓋を開けると、熱々の湯気と共に焼きそばのソースの匂いが香ってきて。そのことで食欲がそそられる。
割り箸で一口分取り、何度か息を吹きかけて、勢い良くすすった。
「……美味っ」
ソースの味付けもちょうどいいし、具の豚肉とキャベツの火加減も絶妙だ。紅ショウガの酸味もいいな。あと、熱々の鉄板で炒めたからか、麺の一部が焦げていてパリパリになっているのもまたいい。家で作る焼きそばとはちょっと違った感じなのがいいな。
「う~ん、美味しいっ!」
サクラはとても幸せそうな様子で焼きそばを食べている。そんなサクラを見ていると、口の中に焼きそばは残っていないのに味わいが広がった気がした。
「良かったな、サクラ。本当にこの焼きそば美味しいよな」
「うんっ!」
満面の笑みで返事をして、サクラはしっかりと頷く。美味しいものを食べられたときの笑顔は小さい頃と変わらないな。その笑顔を七夕祭りでまた見られたことが嬉しい。
「あぁ、焼きそば美味しい! 箸が進むよ!」
「本当に美味しいわ。食欲が増してくるわよね、青葉さん」
「うんっ!」
「一紗先輩も青葉先輩もいっぱい食べますもんね。でも、この焼きそばは本当に美味しいですから、あたしもペロリと食べられそうです」
「美味いよな、小鳥遊。甘いもの目当てで来たけど、定番の焼きそばは外せないな」
みんなもこの焼きそばをお気に召したようだ。そのことにサクラはとても嬉しそうにしていた。
「ねえ、ダイちゃん。屋台での焼きそばってどうしてこんなに美味しいんだろうね? 入っている具も豚肉とキャベツでシンプルなのに」
「きっと、熱々の鉄板で炒めているからじゃないか? 麺がパリッとなっている部分もあるし。屋台の焼きそばも美味しいよな」
「そうだね! ……ダイちゃん。一口食べさせてあげるよ」
そう言うと、サクラは箸で一口分の焼きそばを掴み、何度か息を吹きかけた後、俺の口元まで持ってきてくれる。
一紗や杏奈達以外にも人がいるからちょっと恥ずかしいけど、楽しそうにしているサクラを目の前にしたら断れない。
「分かった。あーん」
「あ~ん」
俺はサクラに焼きそばを食べさせてもらう。
サクラが息を吹きかけてくれたおかげで、焼きそばがちょうどいい温度になっている。そのおかげでもあるのかな。さっき、自分で食べたときよりも焼きそばの味わいが口いっぱいに広がって。
「凄く美味しいよ、サクラ」
「良かった! 小さい頃はお祭りでこうして一口食べさせたよね」
「そうだったな」
小さい頃だったから、人前でも躊躇いもなくサクラと一口交換したな。同じものでも、サクラからもらったものは凄く美味しかったことを覚えている。
「じゃあ、俺からも」
「うんっ」
俺はパックから一口分の焼きそばを掴み取り、何度か息を吹きかける。それをサクラの口元まで持っていく。
「はい、サクラ。あーん」
「あ~ん」
俺はサクラに焼きそばを食べさせる。
俺が食べさせたのもあってか、モグモグ食べている姿が凄く可愛くて。こういう姿も小さい頃から変わらないな。
「凄く美味しいよ、ダイちゃん。食べてさせてくれてありがとう!」
「いえいえ」
「……2人の一口交換を見ていたら、焼きそばの熱が復活した気がしたわ」
「あたしもそんな感じがします、一紗先輩」
すぐ近くから、一紗と杏奈が俺達のことを見ながらそんなことを言った。一口交換する姿は2人によく見られているけど、そんなコメントされると何だかちょっと恥ずかしい。
また、一紗と杏奈の後ろでは小泉さんと羽柴が勢い良く食べていた。
焼きそばが美味しいこと、一つ目の屋台なのでお腹が空いていたこともあり、俺はもちろんサクラ達も焼きそばを難なく完食できた。
焼きそばを食べて食欲のギアが入ったのか、一紗と小泉さんが「次も食べ物系の屋台に行こう!」と言ってきた。俺達4人はそれを快諾して、屋台のあるエリアに戻る。
食べ物系の屋台か。たこ焼きや焼き鳥といった料理系から、綿あめやかき氷といったスイーツ系まで様々な屋台がある。いい匂いもしてくるから、興味がそそられる。あと、見た目と反して大食らいの一紗と小泉さんなら、このお祭りにある食べ物系屋台を制覇できそうだ。
「みんな。チョコバナナなんてどうかしら」
一紗がそう言い、チョコバナナの屋台に向かって指さす。
「チョコバナナいいじゃないか!」
真っ先に反応したのは羽柴。甘い物好きなのもあり、羽柴の目が輝いている。
「あたしもいいと思う! 焼きそばを食べたから、甘い物を食べたい気分だったし!」
「いいですね、チョコバナナ!」
「私もチョコバナナ好きだから食べたい!」
「チョコバナナ美味いもんな。じゃあ、チョコバナナを買って食べるか」
「ええ!」
一紗はとても嬉しそうに返事した。みんなが賛成したからかな。それとも、チョコバナナが大好きなのかな。これまで、一紗はチョコ系のスイーツを美味しく食べていたことがあったし。
それから、俺達はチョコバナナの屋台に行き、チョコバナナを購入した。
焼きそばのときと同じように、周りの人の邪魔にならないようにちょっと広いスペースまで向かって食べることに。
「……うん。チョコバナナ美味しいな」
「美味しいね、ダイちゃん。チョコとバナナってどっちも定番の食べ物だけど、チョコバナナってお祭りの屋台くらいでしか見ないよね」
「言われてみればそうだな」
チョコバナナの専門店はもちろん、チョコバナナを売っているお店って見たことがないな。屋台で売られているものっていうイメージがある。小さい頃から食べていたので、個人的には定番の屋台スイーツだ。
「チョコバナナ美味えっ!」
「嬉しそうだね。さすがは羽柴君。美味しいよね」
「美味しいですよね。焼きそばを食べた後なのでいい口直しになります」
羽柴……甘いもの目当てにお祭りに来たから、かなり喜んでいるな。小泉さんと杏奈もチョコバナナを美味しそうに食べている。
そういえば、一紗は……と思い、周りを見ていると、一紗は俺のすぐ近くで俺のことを見つめながらチョコバナナを咥えていた。頬を赤くしながら。
「一紗は……どうだ?」
「……んっ」
可愛らしい声を漏らすと、一紗はチョコバナナを口から離した。一紗の持つチョコバナナは丸ごと残っている。ただ、咥えていたのもあってか、先っぽの部分はチョコが溶けており、バナナが姿を現していた。
「大輝君を見ながらチョコバナナを咥えたらドキドキしてきちゃって。ただ、咥えているから、チョコが溶け出してきて。それが美味しいからペロペロ舐めていたわ。このバナナ、太くて立派だから舐めやすいし。バナナの味も感じられて美味しいわ」
「そ、そうか。それは良かったな」
変わったチョコバナナの楽しみ方だな。まさか、それがしたくてチョコバナナはどうかと言ったのだろうか。
あと、一紗はどうして、俺を見ながらチョコバナナを咥えるとドキドキするのかな? 一紗のことだし、頬を赤くしているから9割以上の確率で厭らしい理由な気がする。深くは考えないでおこう。そうしよう。
それからも、みんなでチョコバナナを楽しんだ。ちなみに、その間はずっと一紗は俺のことを見ていた。




