プロローグ『三者面談週間』
特別編5-再会と出会いと三者面談編-
6月9日、火曜日。
6月が始まってから一週間以上。最近は、今日のように、どんよりと曇っていても暑いと感じる日が増えてきた。
また、朝に観た週間予報によると、明日以降はずっと雨予報。早ければ、明日にも四鷹市のある関東地方も梅雨入りするという。季節は着実に進んでいるのだと実感する。
「お待たせしました。チーズバーガーセットになります」
「ありがとうございます」
「ごゆっくり」
放課後。
俺はマスバーガーでのバイトに従事している。
ただし、放課後といっても、今は午後2時過ぎ。
どうして、こんなに早い時間からバイトしているのか。
今週は全校で三者面談が実施されており、面談期間中は午前中で学校が終わるからだ。面談のない日は、今日のように昼からシフトを入れている日もある。ちなみに、俺は明後日に面談を受ける予定になっている。
また、サクラは明日面談を受ける予定だ。それに伴い、明日は母親の美紀さんがひさしぶりに四鷹市に来ることになっている。そのため、
「ひさしぶりにお母さんに会えるっ」
と、サクラは何日も前から楽しそうにしていて。通話やメッセージで定期的にやり取りしているけど、直接会うのは春休みに名古屋へ引っ越していったとき以来。美紀さんとの仲はいいし、サクラが楽しみにしているのも納得だ。
美紀さんは俺の家で一泊して、明後日の夕方まで滞在するとのこと。だから、サクラと美紀さんにはひさしぶりの親子の時間をたっぷりと楽しんでほしい。
「お客様。こちらのカウンターにどうぞ」
それからも、俺は接客中心に仕事していく。
今日は午後1時半から7時半までシフトに入っている。平日としては長いシフトだけど、昨日も同じ時間のシフトをこなしたし、休日には6時間くらいのシフトを入れるのは結構あるから大丈夫だろう。今日は杏奈が三者面談でシフトに入っていないから、時間の進みが普段より遅めだけど。
そういえば、こうしてずっと一人でバイトするのはいつ以来だろう? 4月に杏奈がバイトを始めてから、指導係なのもあって一緒にバイトしてきたし。たまに、杏奈の方が先にバイトを上がることはあったけど。新年度が始まった頃が最後かも。
そんな杏奈も、バイトを始めて2ヶ月ほど経ったので、担当しているホールの仕事にもだいぶ慣れてきた様子だ。先日、俺が風邪でバイトを休んだときも、店長などのサポートを受けながらもちゃんと仕事をこなしたそうだし。俺の指導係が終わる日はそう遠くないのかも。……何だかちょっと寂しくなってきた。和奏姉さんが一人暮らしを始めたとき、父さんが寂しそうにしていたけど、今のような感じだったのかな。
「大輝先輩。お疲れ様です」
「おっ、杏奈か。ありが……おっ?」
杏奈の声が聞こえたのでそちらに振り向く。すると、カウンターの前に制服姿の杏奈が。また、杏奈の隣にはロングスカートに半袖のブラウス姿の女性が立っている。顔の雰囲気は杏奈と似ているけど、落ち着きも感じられる。金髪のセミロングで、背は杏奈よりも少し高め。
杏奈のきょうだいは確か大学1年のお兄さんだけだったはず。それに、今日は杏奈の三者面談だ。ということは――。
「杏奈。もしかして、隣に立っているそちらの女性は……お母さんかな?」
「そうです。母の香苗です」
やっぱり、杏奈のお母さんか。杏奈がバイトを始めてから2ヶ月くらい経つし、杏奈の家に一度行ったことがあるけど、お母さんと会うのはこれが初めてだな。
今はお客さんがあまり来ていないし、挨拶してちょっと話しても大丈夫か。
「お母さんですか。初めまして。速水大輝といいます」
「初めまして、小鳥遊香苗です。ここでのバイトや学校で、娘がいつもお世話になっております」
「こちらこそお世話になっております」
俺は香苗さんに軽く頭を下げる。見た目だけじゃなくて声も可愛らしい。杏奈のお母さんというよりは、少し歳の離れたお姉さんって感じだ。
「速水君から見て、杏奈はちゃんとバイトができているかな?」
「とてもよくできていると思います。接客中心に仕事を覚えてきましたし。それに、とても可愛い笑顔で接客していますから。同じ時期の自分に比べたら、本当によく仕事ができていると思います」
「そうなのね。今の話を聞いて安心したわ。杏奈からも楽しくバイトできていると聞いていたけど」
「そうですか。俺も杏奈がバイトを始めてから、より楽しくバイトすることができていますよ」
「……何だか照れますね」
そう言って照れ笑いをする杏奈。そんな杏奈の頭を香苗さんは笑顔で撫でていて。今の2人を見ると、笑顔の可愛らしさは母親譲りなのかなと思った。
「これからも杏奈のことをよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ」
「こちらこそよろしくお願いします」
そう挨拶をした瞬間、さっき抱いていた寂しい想いが和らいだ。あとどのくらいなのかは分からないけど、これからも杏奈の指導係として杏奈に色々教えたり、見守ったりしていこう。指導係が終わっても杏奈と一緒に仕事していこう。
「あと、以前、杏奈が話したそうだけど、中学の頃に杏奈が元気を取り戻すきっかけを与えてくれてありがとう」
香苗さんは穏やかな笑みを浮かべて、俺にお礼を言ってきた。
香苗さんが言う「中学の頃」とは1年前のことだろう。親友に裏切られる形で失恋した直後の頃、杏奈はこのお店で俺に接客されたことで元気を取り戻し始めたという。また、数回ほど接客されたとき、俺に恋していると自覚したのだそうだ。
「いえいえ。俺は店員として接客しただけですから。でも、それが杏奈の元気に繋がったようで嬉しいです」
「……杏奈の言うように、本当に優しくて誠実な人ね。それにイケメンだし。杏奈が好きになるのも納得だわ」
「そう言ってくれて嬉しいよ、お母さん」
「ふふっ。速水君と付き合っている桜井さんはとても幸せ者ね。その桜井さんとお母様と明日会うのが楽しみだよ」
可愛らしい笑みを浮かべてそう言う香苗さん。
明日、美紀さんが名古屋から四鷹にやってくる。杏奈と香苗さんは美紀さんと一度も会ったことがないため、明日の午後に俺の家に来ることになっているのだ。また、同様の理由で一紗と一紗の母親の純子さんも。
「そうですか。文香と美紀さんも楽しみにしていると言っていました。そういえば、杏奈と香苗さんは三者面談からの帰りですか?」
「そうですよ、先輩」
「速水君がシフトに入っていると杏奈から聞いたのでご挨拶しようと」
「そうでしたか。杏奈は高校に入ってから初めての三者面談だったけど、どうだった?」
「平和な面談でした。先輩方や友達のおかげもあって、中間試験が結構できたからでしょうか。バイト続けるのも問題なしと先生から言われました」
「それは良かった」
四鷹高校では定期試験や成績で赤点の教科がたくさんあると、バイトや部活といった課外活動を禁止されるから。去年、友人の知り合いがそんな理由で、入っていた部活動の参加を一定期間停止される処分を喰らったらしい。
俺も……中間試験では全教科80点以上を取れたから、三者面談で「バイト禁止!」と担任の流川先生から言われてしまうことはないだろう。
「杏奈。香苗さん。三者面談お疲れ様でした」
「ありがとうございます、先輩」
「ありがとう。……若くてかっこいい男の子から下の名前で呼ばれると、ちょっとドキッとしちゃう」
「もう、お母さんったら。……いつまでもここで話してはいけないですね。せっかく来たんだし何か注文しようよ、お母さん」
「そうね」
その後、杏奈はチョコパイとアイスティー、香苗さんはチーズケーキにアイスコーヒーを注文。2人はカウンターから見えるテーブル席でいただくことに。
杏奈と香苗さんは、自分の注文したものをいただきながら楽しそうに喋っている。チョコパイとチーズケーキを一口交換もしていて。何と微笑ましい。とても可愛い親子だ。知らない人が見たら2人を姉妹だと思うんじゃないだろうか。たまに、杏奈がこちらを向いて手を振ることもあって。
小一時間ほど小鳥遊親子に癒やされたのもあり、今日のバイトの時間はあっという間に過ぎていった。




