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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
特別編3-文学姫の自宅編-

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149/202

第3話『麻生家の子守歌』

 俺達はそれぞれのペースで自分の試験勉強に取り組んでいく。

 俺は数学ⅡとB。学校から副教材として買わされた問題集を使い、試験範囲の問題を解く。数学Ⅱの方は、担当の先生が「試験は問題集からも出題する」と言っていたので、午前中に自宅で出題範囲の半分くらい問題を解いていた。なので、数Ⅱの残りの問題から取り組んでいく。ただし、


「ダイちゃん。今度は化学基礎で分からないところがあるの。質問していいかな?」

「いいよ。どんな内容だ?」


「速水。数Ⅱでまた詰まっちまった。助けてくれ~」

「いいぞ。今度はどの問題で詰まった?」


 隣に座るサクラや、斜め前に座る羽柴中心に教えることが多い。こうすることで理解も深まるし、みんなに教えるのが嫌だとは全く思わない。


「あの、杏奈さん。理科で教えてほしいところがあるのですが……」

「いいよ。どんなことかな?」

「この問題なんですけど……」

「……ああ、花の作りか。まずは……」


 杏奈は頼りになると一紗が事前に伝えていたのだろうか。二乃ちゃんは理科や数学について、隣に座っている杏奈に質問することが多い。

 杏奈は二乃ちゃんからの質問についてしっかりと教えている。普段と違い、お姉さんな雰囲気があって新鮮だ。今の杏奈を見ていると、いつかバイトで新人が入ったとき、指導係になって仕事をちゃんと教えていくのだろうと思った。いつも真面目にバイトしているから。

 杏奈のことを色々と考えていたら目頭が熱くなってきた。これが先輩になるってことなのかな。……今は自分の勉強に集中しよう。タルトを食べるまでに数Ⅱは終わらせたい。

 サクラや羽柴達に勉強を教えながら、俺は数Ⅱの試験範囲の問題を解いていった。


「よし、これで数Ⅱの方は終わり……あっ」

 ――ドンッ。


 急に疲れが襲ってきた。だから、クラッときて両手をテーブルについてしまう。全身が疲労感に包まれているが、特に目に疲れを感じる。いつもなら、このくらいじゃ疲れなんてあまり感じないんだけどな。あと、ちょっと熱っぽさもあって。

 スマホで時刻を確認すると、今は3時25分か。ということは、1時間以上勉強したことになるか。


「大丈夫、ダイちゃん?」

「勉強を始めたときと比べて、ちょっと顔色が悪くなっているぞ、速水」


 声を掛けるサクラと羽柴はもちろんのこと、一紗達も心配そうな様子で俺を見てくる。


「急に疲れが来ただけさ」

「それならいいけど。ダイちゃんは一昨日、風邪を引いて学校を休んだし、今日のお昼ご飯の後も病院から処方された薬を飲んでいたもんね」


 そう、木曜日に俺は体調を崩して学校を休んだのだ。今は病み上がりの状態。病院では3日分の薬をもらったから、今日の昼食の後にも服用した。


「薬を飲んだり、サクラ達が看病してくれたりしたおかげで、昨日の朝には普段と変わりないところまで治ったんだけどな。まだ、本調子じゃないのかも」

「処方された薬を飲みきっていない段階だしね、ダイちゃん」

「すまねえ、速水。そんな中で何度も質問しちまって」

「私もごめん」

「気にするな。俺にとっては、教えるのもいい勉強になっているよ。それに、勉強をしているときは疲れを全然感じなかったから」

「……そっか。ダイちゃん、長めに休憩して」

「じゃあ、私のベッドで寝るといいわ!」


 元気のいい声でそう提案すると、一紗は自分のベッドをパンパンと叩いた。この様子からして、俺の体調を気遣っているだけでなく、俺にベッドで横になってほしい願望もありそうだ。


「ありがとう、一紗。ただ、気持ちは有り難いけど、恋人や姉以外の女性のベッドで横になるのはいいのかどうか……」


 そう言って、サクラの方をチラッと見る。

 すると、サクラは「はあっ」と小さくため息をつく。そして、真剣な様子で俺のことを見つめてくる。


「一紗ちゃんがいいって言ってくれているし、ダイちゃんが病み上がりなのは分かってる。羽柴君の言う通り、勉強を始めたときよりも顔色が悪いし。だから、一紗ちゃんのベッドで寝ても、私は全く嫌だと思わないよ」

「サクラ……」

「ダイちゃんのその考え方は、恋人として嬉しいけどね。ただ、今は普通とは違う状況なんだから。友達のご厚意に甘えなさい」


 普段よりも低い声色で、サクラはそう言ってくれる。その言葉は俺の心を温めてくれて。体調がちょっと良くなった気がした。

 今は俺の体調がちょっと悪いし、ベッドで寝ていいと言ったのは友人の一紗。それなら、俺が一紗のベッドで寝ていいとサクラは柔軟に考えているんだ。俺もサクラの柔軟さを見習いたい。


「分かったよ、サクラ。一紗、ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」


 俺がそう答えると、サクラと一紗は優しい笑顔を向けてくれる。

 クッションからゆっくり立ち上がって、俺は一紗のベッドへと向かう。その際、羽柴が俺の体を後ろから支えてくれる。そのおかげで歩くのも楽だ。

 一紗も立ち上がり、ベッドの掛け布団をめくってくれる。


「さあ、大輝君、どうぞ。私のベッドはセミダブルだから、大輝君でもゆったりできると思うわ」

「そうか。失礼します」


 俺は一紗のベッドに入り、仰向けの状態になる。ベッドが広くてふかふかだから、こうしていると体が楽だな。一紗のご厚意に甘えて正解だ。

 一紗はとっても嬉しそうな様子で、布団を俺の胸に当たりまで掛けてくれる。そのことで一紗の甘い匂いがほんのり香ってきて。


「どう? 大輝君?」

「……体が凄く楽だよ。気持ちいい」

「そう! あぁ、大輝君が私のベッドで横になる日が来るなんて。今日のことは絶対に忘れないわ……」


 一紗はうっとりとした笑顔で俺のことを見つめている。興奮のあまり、俺に何かしてきそうだけど、サクラ達がいるのできっと大丈夫だろう。


「じゃあ、少しの間、俺は寝るよ」

「うん。おやすみ、ダイちゃん。なるべく静かに勉強するね」


 サクラがそう言うと、羽柴達も「おやすみ」と言ってくれる。これまで勉強会くらいの声のボリュームなら、ぐっすり眠れると思う。


「大輝君。すぐに眠りに入れるように、お母さんオリジナルの子守歌を歌ってあげるわ。小さい頃、この歌を聞くとすぐに眠れたの」

「それはいい考えだね、お姉ちゃん。でも、大輝さんは男の子だよ」

「そうね……『お坊ちゃん』にしましょう」

「それがいいね」


 今の一紗と二乃ちゃんの会話からして、オリジナルの歌詞には『お嬢さん』とか『お嬢ちゃん』という言葉が入っているのかな。

 純子さんオリジナルの子守歌か。どんな内容の子守歌だろう。楽しみだな。それに、前にカラオケに行って一紗の歌声が美声なのは分かっているし。

 一紗は俺の近くに座って、俺のお腹の辺りを優しく叩いてくれる。純子さんが寝かしつけるとき、こういう風にしていたのだろうか。


「大輝君。今から子守歌を歌うわね」

「ああ」


 俺はゆっくり目を瞑る。ベッドも気持ちいいから、子守歌を聴いたらすぐに眠れそうな気がする。


「眠れよ眠れ お坊ちゃん」


 一紗の歌声は変わらず綺麗だ。メロディーも子供に馴染みやすい感じで。

 そういえば、小さい頃は両親と和奏姉さんがこうして子守歌を歌ってくれたっけ。


「可愛い可愛い お坊ちゃん」


 優しい声色に優しい歌詞。これならすぐに眠れそうだ。


「寝ないと あなたは 地獄行き」

「ちょっと待って。本当に一紗はこの子守歌を聴いてすぐに眠れたのか?」


 地獄行き、っていう殺伐とした言葉が耳に入ったから、驚いて目が覚めちゃったよ。そしてツッコんじゃったよ。純子さんの言葉選びのセンスが凄い。早く寝かしつけるために、地獄行きなんていう言葉を使ったのかな。

 あと、一紗の横にはサクラと杏奈、二乃ちゃんがいる。俺の寝顔を見たかったのかな? 二乃ちゃんは笑顔だけど、サクラと杏奈はちょっと驚いた様子。きっと、2人は俺と同じような心境なのだろう。

 一紗は優しい笑みを見せ、俺の目を見ながらゆっくりと頷く。


「よく眠れたわよ。最初は『地獄行きなんて嫌だなぁ。早く寝ないと……』ってちょっと怖かったけど。すぐに慣れたわ」

「あたしも同じ感じ。お母さんの歌声も綺麗だからかな。それにしても、この歌を聞くと眠くなるよぉ」


 ふああっ、と二乃ちゃんはあくびする。一紗の歌声なのに眠くなるとは。条件反射というやつだろうか。きっと、これまでにたくさん、この子守歌を聞きながら眠ったのだろう。


「一紗と二乃ちゃんには結構効果があるって分かったよ」


 地獄行きという言葉を入れても、娘達を寝かしつけられる子守歌を作れる純子さんは凄い。……いや、本当に凄いのはこの子守歌にちょっとしか怖さを感じず、すぐに慣れてスヤスヤ眠れるようになった娘達の方かもしれない。


「地獄行きとは歌っているけど、なかなか眠れないからって大輝君に何かするつもりはないから。安心して眠ってね」


 そう言われるとちょっと不安だけど。側にサクラ達もいるし大丈夫だろう。

 俺が再び目を瞑ると、一紗は再び純子さんオリジナルの子守歌を歌ってくれる。短い歌なので何度も。うっすらと目を開けてみると、一紗は温かい笑みを浮かべながら歌っている。

 最初の方は「地獄行き」の言葉で、早く寝なければという思いがあった。でも、一紗の優しくて美しい歌声のおかげで、心地良い感覚に包まれていく。

 そういえば、二乃ちゃんが純子さんの歌声も綺麗だと言っていたな。きっと、一紗と二乃ちゃんも同じような感覚になったのだろう。

 何度も聴くと……こういう子守歌もありかも。そんなことを思いながら眠りにつくのであった。

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