エピローグ『至福のひととき』
「苺ゼリー美味しかったよ。ごちそうさま」
「良かったわ。私も大輝君にゼリーを食べさせてあげられて満足よ」
「食べてさせてくれてありがとう、一紗。お腹も膨れたから、ベビーカステラはあとでいただくよ」
「分かった、速水君。文香と一緒に食べてもいいから」
「ああ」
夜になったら、サクラと一緒にベビーカステラを食べようかな。
スポーツドリンクを飲み、一紗に苺ゼリーを食べさせてもらったから、さっき起きたときよりも元気になった。これなら、サクラ達と試験勉強を少しできるかも。
「ねえ、ダイちゃん。膝枕してあげようか?」
「膝枕?」
「うん。今までしたことなかったし。それに、この前……お酒の入ったチョコレートを食べて酔っ払った私を膝枕してくれたじゃない。だから、私も膝枕してみたくて」
「そういうことか」
連休が明けた頃、父さんがもらってきた酒入りチョコレートを食べた。そのときに、俺は初めてサクラを膝枕したのだ。何粒も食べて酔っ払ったサクラは、俺の膝の上で小一時間くらい眠っていたっけ。
「意外ね。幼馴染で恋人の文香さんが、大輝君に膝枕をした経験がないなんて」
「あたしも思った。今日みたいなときに膝枕したことがあったんじゃないかって」
「実は一度もないんだよね。……ダイちゃん、どうかな?」
「……してほしい。お言葉に甘えるよ」
俺がそう言うと、サクラは嬉しそうな笑みを浮かべて頷く。
「分かった。じゃあ、私にしてくれたときみたいに、ベッドで膝枕しようか」
「それがいいな」
「了解」
サクラは枕の側に腰を下ろす。俺を見て、右手で自分の膝をポンポンと叩く。そんなサクラの顔には優しい笑みが浮かんでいる。メイドさんらしい感じだ。
サクラに膝枕をしてもらうとどんな感じなんだろう? 和奏姉さんや一紗にはしてもらったことがあるけど、あのときとは違った感じなのかな。今のサクラはメイド服姿だし。そんなことを考えながら、ベッドの上で仰向けになり、サクラの膝の上に頭を乗せた。
「どうかな、ダイちゃん」
「……凄くいいよ。いつもの枕よりも柔らかくて、温かくて、いい匂いがする」
「匂いのことまで言われると何か恥ずかしい。でも、気に入ってもらえて良かった」
可愛らしい笑顔でそう言うと、サクラは俺の頭を優しく撫でてくれる。今まで乗せた枕の中で一番と言っていいだろう。今まで経験していなかったのを後悔するほど。至福のひとときだ。この時間と心地良さはプライスレス。
「膝枕してもらっている大輝君だけじゃなくて、膝枕している文香さんも素敵な笑顔になっているのがいいわね」
「微笑ましい光景だよね、一紗。もはや2人は恋人じゃなくて夫婦だ」
「ふふっ、それは言えているわね」
「夫婦って。照れちゃうよ。ただ、ダイちゃんを膝枕するのも気持ちいいし、これから数え切れないくらいにたくさん膝枕したいなぁ」
そう言うサクラの笑顔はとても優しくて。嬉しいことを言ってくれるなぁ。一紗と小泉さんがいなかったら涙を流していたところだ。
「ただ、ダイちゃんへの初膝枕を、メイド服姿ですることになるとは思わなかったよ」
「俺もだよ。しかも、一紗と小泉さんに見られているし。だから、一生忘れない初めての膝枕になったよ」
「私も」
「じゃあ、より思い出せるように、あたしが写真撮って2人に送ってあげるよ」
「それいいね。プリントしてアルバムに貼っておこうかな」
「そうすれば、何年経っても今日のことを鮮明に思い出せそうだ」
俺とサクラはこの体勢のまま小泉さんにスマホで撮り、LIMEで送ってもらった。俺を膝枕しているからか、写真に写るサクラはとても幸せそうだ。
それから少しの間、俺はサクラの膝枕を堪能するのであった。
起きたときよりも体調が良くなったので、俺もサクラの部屋に行き勉強会に参加した。といっても、俺はサクラが持って帰ってくれた課題をこなしたり、たまにサクラ達の質問に答えたりするくらいだけど。それでも充実感があった。
――ピンポーン。
課題が全て終わった頃、家のインターホンが鳴る。壁に掛かっている時計を見ると、今は午後6時20分か。杏奈や羽柴が家に来た可能性が高そうだ。
「私が出るね」
サクラはゆっくりと立ち上がり、扉の近くにあるモニターのところまで行く。
「はい。……あっ、杏奈ちゃんに羽柴君」
『こんばんは、文香先輩。大輝先輩のお見舞いに来ました』
『こんばんは。速水の具合はどうだ?』
「結構良くなったよ。一緒に勉強会してる。すぐに行くね」
「ちょっと待って。サクラ……今もメイド服を着ているけどいいのか?」
「コスプレの話は昼休みにしたからね。ナース服がないって分かったのは放課後だけど、2人に見られてもいいよ。行ってくるね」
「ああ。いってらっしゃい」
サクラは俺達3人に手を振ると部屋を出て行った。
来客を出迎えるとはまさにメイドさんだ。一紗も小泉さんも同じことを思ったようで、彼女達が戻ってくるまではその話で盛り上がる。
「さあ、どうぞ」
そんなサクラの声が聞こえ部屋の扉が開くと、制服姿の杏奈と羽柴が入ってきた。杏奈はジャケットを着ているけどボタンは全開。羽柴はワイシャツ姿で、袖を肘の近くまで捲っている。俺と目が合うと杏奈は軽く頭を下げ、羽柴は右手を軽く挙げた。
「杏奈、羽柴、こんばんは。バイトお疲れ様」
「ありがとう。具合が良くなったみたいだな」
「顔色良くなっていますね。安心しました」
「2人にも心配かけたな、ごめん。特に杏奈は。俺がいない中では初めてのバイトだったけど、どうだった?」
「最初は不安もありました。ただ、店長さんや百花さん達が側にいましたので、何とかお仕事できました」
「それは良かった。よく頑張ったね。次のシフトからは俺も復帰できると思う」
「はいっ!」
杏奈は持ち前の明るい笑顔で返事してくれる。
杏奈がバイトを始めてから、指導係として俺がずっと側についていた。だから、自分がいなくても仕事をこなせたと聞いて嬉しく思うと同時に、ちょっと寂しくも感じる。
「それにしても、メイド服を着た桜井が出迎えたのには驚いたな」
「驚きましたよね。ナース服を借りるって話でしたし」
事前にコスプレするのを知っていても、違うコスチュームで出てきたら驚くか。そのときの2人を見るために、俺も一緒に出迎えれば良かったな。
「でも、まさにメイドさんって感じでしたよね」
「ああ。似合っているし、速水も嬉しかったんじゃないか?」
「嬉しかったよ。凄く可愛いもん。ただ、まさかメイド服姿になるとは思わないから、起きてすぐの頃は夢かと思ったよ」
「あははっ!」
笑いのツボが刺激されたのか、羽柴は大きな声で笑っている。そこまで笑わなくていいじゃないかと思ったけど、彼の爽やかな笑顔を見るとそれを言う気が失せた。
「家でメイド服を着るってことは普通ないですもんね。本当に似合っていますよ、文香先輩! 写真を撮りたいくらいです!」
「私がたくさん撮ったからLIMEで送ってあげるわ!」
「あたしも撮ったよ。杏奈ちゃんに送っていいかな、文香」
「もちろん」
「ありがとうございますっ!」
杏奈はとても嬉しそうだ。それほど、サクラのメイド服姿が気に入ったんだな。杏奈の反応が嬉しいのか、サクラは杏奈の頭を撫でていた。
学校を欠席したから、学校やバイト先でいつも会っている人達と会えるのがとても嬉しい。家だけど、日常を味わえている気がして。
「みんな、お見舞いに来てくれてありがとう」
感謝の気持ちを伝えると、サクラ達はみんな俺に温かい笑顔を向けてくれる。今朝、病院に行くまでの間、寂しくなるわけだ。こんな優しい人達といつも一緒に過ごしているのだから。
みんなの笑顔を見て、強い温もりが全身に広がっていく。でも、この温もりなら……きっと大丈夫だろう。
特別編2-甘美なる看病編- おわり
これにてこの特別編は終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。
次のエピソードからは特別編3-文学姫の自宅編-になります。このエピソードから2日後の話になります。




