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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
特別編2-甘美なる看病編-

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141/202

プロローグ『初夏に罹った。』

特別編2-甘美なる看病編-




 5月14日、木曜日。

 ゴールデンウィークが明けてから1週間。5月も半ばになり、晴れていると暑く感じる日が増えてきた。

 来週の火曜日から中間試験が行なわれる。校則により、試験1日目の1週間前となる一昨日から部活動が原則禁止となっている。その日から、バイトのない放課後にはサクラや一紗、杏奈、羽柴、小泉さんと一緒に勉強会をしている。

 サクラ達のおかげで、五月病には罹らずに済んだ。しかし、


「ううっ……」


 目を覚ました瞬間、全身に悪寒が走り、妙な熱っぽさを感じる。頭も痛いし、喉もおかしくて。呼吸もしづらい。どうやら、風邪を引いてしまったようだ。今日は学校に行けないな。

 俺の隣にいるサクラは気持ち良さそうに寝ている。サクラの体調は大丈夫そうだ。それにしても、サクラの可愛い寝顔を見ていると癒やされるなぁ。


「けほっ、けほっ」


 まずい。サクラに向けて咳をしてしまった。

 今の咳で起きてしまったのか、サクラはゆっくりと目を開ける。サクラは俺と目が合うとやんわりと笑った。


「おはよう、ダイちゃん」

「……サクラ、おはよう。起こしちゃったかな。俺、咳をしたからさ」

「ううん、そんなことないよ。気持ち良く起きられたし」

「……それなら良かった」

「ふふっ。……何だか声に元気がないね。それに、普段よりも顔色が良くないし」


 心配そうな様子で俺を見つめてくるサクラ。一緒に住んでいるだけあって、普段とは違うとすぐに気づいたか。


「風邪を引いちまった。熱っぽいし……頭が痛いし……喉もおかしい。お腹は大丈夫」

「そうなんだ。昨日寝るまではいつも通りに見えたけど……」

「俺もさっき起きたら……体調を崩していたのに気づいたんだ。まあ、最近は中間試験のために、いつもより多く勉強していたし。バイトもしたからな。気づかない間に……疲れが溜まっていたのかもしれない」

「なるほどね。ごめんね、気づけなくて……」


 サクラは申し訳なさそうな様子に。今の言葉が本心からだと分かるほど。


「気にしないでくれ。それに……今の時期って昼は結構温かいけど、夜は肌寒くなる。サクラと一緒に寝ていなかったら、体調がもっと酷かったかもしれない」

「ダイちゃん……」

「……とりあえず、まずは体温を測らないと」

「そうだね。体温計取ってくるね!」

「ありがとう」


 俺がそう言うと、サクラはしっかりと首肯し、俺の部屋を出て行った。

 まさか、風邪を引いてしまうとは。中間試験目前のこの時期に体調を崩すのは痛い。ただ、今のところつまずいている教科が特にないのが幸いだ。

 それからすぐに、サクラが体温計を持ってきてくれた。さっそく測ってみると『38.4℃』と計測された。


「熱、結構あるね。今日は学校をお休みしてゆっくり休もうね」

「ああ。あと……今日は放課後にバイトのシフトが入っているんだ。店長に連絡しないと」

「そうだね。学校の方には私から言っておくから。あと、杏奈ちゃんにも伝えておくね」

「分かった。ありがとう。店長や百花さんもいるし、ホール担当のスタッフを頼ってくれって言っておいてほしい」

「分かったよ、ダイちゃん」


 俺がバイトを休むと連絡すれば、店長と百花さんがいつも以上に杏奈のことを気にかけてくれるだろう。ホール担当のスタッフも優しい人が多いから、きっと大丈夫だと思う。それに、バイトを始めて一ヶ月以上経って、仕事にも慣れてきたみたいだし。サクラが伝えてくれるけど、俺からもメッセージを送っておくか。


「そうだ。玉子粥を作っておくね。お薬を飲むとき、何かお腹に入れておいた方がいいし。それに、春休みに風邪を引いたとき、ダイちゃんの玉子粥を食べたら元気出たから」

「……ありがとう、サクラ」

「うんっ。じゃあ、ダイちゃんはゆっくりしていてね」


 俺に優しくそう言うと、サクラは「よしっ!」と気合いを入れて部屋を後にした。

 そういえば、サクラが風邪を引いたときにも行った四鷹鈴木クリニックは開いているだろうか。木曜日に休診している病院は多いし。

 スマホはテーブルに置いてあるので、ベッドから降りることに。ゆっくり起き上がると、体が重く感じる。ただ、だるさはそこまで酷くないので、一人で病院には行けそうだ。

 スマホで四鷹鈴木クリニックを調べると……木曜日は午前中だけ診察を行なっているのか。良かった。開院の午前9時になったら行こう。

 サクラの温もりと残り香を感じながらベッドでゴロゴロしたり、萩原店長と杏奈にバイトを休むことを連絡したり、一紗達からのメッセージに返信したりして、開院までの時間を過ごした。寂しい気持ちを抱えながら。



 午前9時過ぎ。

 俺は近所にある四鷹鈴木クリニックに向かう。健康であれば歩いて数分ほどで行けるけど、体調を崩しているから10分近くかかった。

 クリニックの中に入ると、待合室には既に数人ほどいる。老夫婦に若い男性、母親と幼稚園か保育園の女の子の親子連れと様々である。

 受付を済ませて、俺はまだ誰も座っていないソファーに座る。ふかふかだし、背もたれもあるから体が楽だ。

 そういえば、夏風邪は馬鹿が引くって言うけど、初夏の今頃に風邪を引く俺は馬鹿なのだろうか。季節は春だし馬鹿にはならないのだろうか。いや、こんなことを考えている時点で俺は馬鹿なのかも。


「おかーさん。あたし、ちゅーしゃされちゃうのかな。だったらいやだ……」

「大丈夫。注射されないよ。風邪で病院に来たときに、注射されたことはなかったもん」

「……うん」


 そう言って、不安そうにお母さんに寄り添う女の子。お母さんは優しげな笑みを浮かべながら、娘の頭を撫でている。微笑ましい光景だ。

 そういえば、サクラは注射嫌いだから、小さい頃にインフルエンザの予防接種を受けに行ったとき……母親の美紀さんにしがみついていたな。和奏姉さんの腕をぎゅっと抱きしめているときもあったっけ。

 母親といえば……この前の日曜日は母の日だった。サクラと一緒に住んでいるし、付き合っているから、2人で母さんと美紀さんにプレゼントを贈った。母さんには好きな洋菓子店のクッキーの詰め合わせ。お風呂好きの美紀さんにはバスソルト。あと、和奏姉さんは自分がバイトしている喫茶店のコーヒー豆を宅配で送ってきたな。

 母さんは父さんと一緒にコーヒーとクッキーを楽しみ、美紀さんは夫の哲也おじさんと一緒に気持ちよさそうに入浴している写真をLIMEで送ってきた。どちらの両親もラブラブだと認識した母の日になった。


「速水大輝さん。どうぞ」

「……はい」


 母の日のことを思い返していたら、いつの前にか自分の順番になったのか。

 パンツルックの制服を着た女性看護師さんと目が合うと、看護師さんはニッコリと笑った。あの制服、サクラが着たら似合いそうだ。きっと可愛いと思う。ナース服姿のサクラを見てみたいな。そんなことを考えながら診察室に入った。

 デスクの近くの椅子には、院長の鈴木先生がいた。小さい頃から、おばちゃん先生の優しい笑顔を見ると安心する。


「今回は大輝君だね~」

「……風邪を引きました。よろしくお願いします」


 今の症状を伝えると、鈴木先生は聴診器を当て、喉の状態を見た。

 診察の結果、鈴木先生からは風邪だと診断され「薬を出しておくね~。ゆっくり休むんだよ~」と言ってくれた。単なる風邪だと分かって、薬も処方してもらえて安心した。

 受付で代金を支払い、処方された薬をもらって帰宅。

 薬は食後に飲むことになっているので、今朝、サクラが作ってくれた玉子粥を食べる。お米と玉子の優しい甘味が病気の体に染み渡る。玉子粥を通じてサクラの優しさを感じている気がした。ちょっと元気になる。春休みに風邪を引いたサクラに玉子粥を食べさせたとき、サクラもこういう感じだったのかな。

 美味しいので、お茶碗一杯分の玉子粥を難なく食べることができた。

 処方された薬を飲み、寝間着に着替えると、急に眠気が襲ってくる。体調が悪いし早く寝よう。

 ベッドに入り、目を閉じる。すると、程なくして体がふわふわとした感覚に包まれる。温かくて気持ちいいなと思いながら眠りに落ちていった。

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