前編
特別編-恍惚チョコレート編-
5月7日、木曜日。
盛りだくさんで思い出深い日々となったゴールデンウィークが明けた。
休みが長ければ長いほど、連休明けは気持ちが重くなりがちだ。
ただ、今年は曜日の関係もあって木曜日からのスタート。2日登校したら、再び2日休める。なので、今年のゴールデンウィーク明けは気持ちが沈んだり、気怠かったりすることはなかった。
俺が在籍している2年3組の教室に行っても、ぐったりとしているクラスメイトはほとんどいなかった。この様子なら、うちのクラスから五月病患者が出ることはなさそうだ。
個人的に、休みが明けた日の授業は長く感じることが多い。でも、今日はそんなことはなかった。木曜日だから気怠さがなかったり、席の位置関係から板書を取るときは自然と恋人のサクラの姿が見えたりするからかもしれない。もちろん、親友の羽柴や、一紗と小泉さんなどの友人がいるのも大きい。
何事もなく、今日の学校生活が終わった。放課後には後輩の杏奈と一緒に、マスバーガーのバイトに勤しんだ。
これが2年生になってからの日常。それが楽しいと思える俺はきっと幸せ者なのだろう。
「今日もお風呂が気持ち良かったね、ダイちゃん」
「そうだな、サクラ」
夕食を食べた後、俺はサクラと一緒に一番風呂に入った。サクラと恋人になってから日々を重ね、一緒に入浴するのが普通になってきた。
一緒に入り始めた頃はかなり緊張して、タオルを巻いたサクラを見るだけでも凄くドキドキした。ただ、何度も入浴して、キスよりも先のことをしたから、今はお互いに裸を見せ合うことに躊躇いはなくなった。ドキドキはするけどね。
「徹さんがもらってきたチョコレート……どんな感じか楽しみだね」
「ああ。海外のチョコレートって全然食べたことないし」
海外旅行に行ったことがないし、自分や家族がお土産でもらったチョコレートを食べたのも片手で数えるほどしかない。
父さんが勤めている会社の同僚が、連休中に海外へ家族旅行に行き、お土産にチョコレートを大量に購入したのだそうだ。2箱もらってきたので、1箱は両親が、もう1箱はサクラと俺が食べることになった。
「髪を乾かして、私がスキンケアもしたら一緒に食べようか」
「そうしよう。サクラ、髪を乾かしてあげるよ」
「ありがとう、ダイちゃん。お言葉に甘えさせてもらうね」
「ああ」
俺はドライヤーを使ってサクラの髪を乾かし始める。
ドライヤーの温かな風に乗って、サクラの髪からシャンプーの甘い匂いが香ってくる。たまにサクラの茶色い柔らかな髪が手に当たるのが気持ち良くて。幸せな気持ちになる。
「ダイちゃんって、海外旅行に行ったことってあったっけ?」
「ううん、一度もないよ。サクラは?」
「私も経験ないなぁ。パスポートすら持っていないし」
「俺も持ってない」
高校2年生の俺達にとっては、パスポートを取る機会なんて海外旅行へ行くことくらいだもんな。あとは海外留学くらいか。留学を勧められたことすらない。
「いつかはダイちゃんと一緒に海外旅行に行ってみたいなぁ」
「俺もサクラと海外に行ってみたいな。できれば、学生の間に一度は。サクラはどんなところに行ってみたい?」
「色々あるけど、飛行機にもあまり乗ったことがないからね。まずはそこまで時間のかからないグアムやサイパン、韓国あたりかな。あとはハワイ」
「おぉ、どこも良さそうだ。俺も一番長く飛行機に乗ったのが、沖縄までの2時間だからね。だから、グアムかハワイとかに行きたいかな」
それに、今挙げた場所にはピーチもあるし。外国のビーチで楽しそうにしている水着姿のサクラ……想像したらちょっと興奮してきた。国内のビーチでもサクラの水着姿は見られるとかツッコまれそうだけど、海外でも見てみたいじゃない。
「じゃあ、もし海外へ旅行することになったら、まずはグアムやハワイにしよっか」
「うん、そうしよう」
「もちろん、国内の旅行も一緒に行きたいと思ってるよ」
「そうだね」
旅行に行くには結構なお金がかかる。特に海外旅行は。旅行の資金を今から少しずつ貯めていくか。そのためにバイトのシフトを増やすか、本やCD、グッズなどの購入を厳選するようにしようかな。
旅行の話をしたからか、サクラの髪が乾くまではあっという間だった。
サクラがスキンケアをする側で、俺は自分の髪をドライヤーで乾かしていく。温かなドライヤーの風がとても気持ちいい。5月になっても夜になれば肌寒い日が多いから、温もりが心地よく思える。
「……よし、これでいいかな。サクラ、部屋からチョコレートを持ってくるよ」
「うん、分かった」
俺は自分の部屋に行き、勉強机に置いていたチョコレートの箱と自分のスマホを手に取る。箱はそれなりに大きいし、持つと重量も感じる。結構な数のチョコが箱の中に入っていそう。あと、茶色を基調とした箱のデザインが上品なので、なかなか高そうな気がする。
部屋に戻ってくると、サクラがベッドに寄り掛かりながらゆったりとしていた。どうやら、スキンケアは終わったようだ。
「サクラ、持ってきたよ」
「ありがとう、ダイちゃん。じゃあ、食べてみよっか」
「そうだね」
俺はサクラの近くに置いてあるクッションに腰を下ろす。ビニールの包装を開封し、フタと箱に付いているセロハンテープを剥がした。
箱をテーブルに置き、ゆっくりとフタを開けると、中には赤色の銀紙に包まれたチョコレートが入っていた。全部で……15粒か。重量があるのも納得だ。その光景が良かったのか、サクラは「おおっ……」と可愛らしい声を上げている。
「こういう箱に入っているチョコが銀紙に包まれていると、何だか高級な感じがしない?」
「分かる気がする。品質維持のためだとは思うけど、一手間かかっている感じがするよな」
「そうだね!」
とってもいい笑顔で言うサクラ。サクラはチョコレートが大好きだし、海外からのお土産という珍しいもの。それに加えて高級そうな感じなので、おそらくサクラのテンションは右肩上がりなのだろう。
「全部で15粒あるからサクラが8粒、俺が7粒でいいかな。サクラ、チョコ好きだし」
「その提案受け入れます。ありがとう」
「いえいえ。じゃあ、とりあえず1粒食べてみようか」
「そうだね。どんな感じのチョコなんだろう。楽しみだなぁ」
ワクワクとした様子でそう言うと、サクラは箱からチョコを一粒手に取った。
俺も箱からチョコレートを一粒手に取る。赤い銀紙を開いていくと、中には丸いチョコレートが。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
俺はチョコレートを口の中に入れて、ゆっくり噛む。
「……うん?」
噛んだら液体が出てきたぞ。しかも、その液体には苦味があって。ただ、チョコレートが甘めなので、液体の苦味がちょうどよく感じる。
チョコを飲み込んですぐに喉元がちょっと熱くなってきた。そして、口の中に広がり、鼻にツーンと抜けていく独特の匂い。
「このチョコ……お酒が入っているんだな」
「そうだねぇ」
サクラの好みに合うのか、満面の笑みでそう言う。普段よりも柔らかな笑顔を浮かべ、頬がほんのりと赤くなっている。チョコに入っているお酒の影響だろうか。
そういえば、酒入りチョコをサクラと一緒に食べるのはこれが初めてだな。アルコールが入るとサクラはどんな風になるんだろう? ちなみに、俺は酒入りチョコを何粒か食べただけでは、今みたいに喉が少し熱くなる程度。
「本当にこのチョコ美味しいね~!」
「そうだな、サク……ラ」
サクラの目の前には、開封済みの赤い銀紙が3つ置かれている。この短時間でも3粒も食べたのか。よほど気に入ったんだな。
サクラの方を見てみると、サクラはうっとりとした様子で俺のことを見て、振り子のように体を左右にゆっくり動かしていたのであった。




