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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
続編-ゴールデンウィーク編-

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136/202

第35話『またね。』

 5月5日、火曜日。

 目を覚ますと……一瞬、ここはどこなのかという感覚になった。自宅でも寝る場所が少し違うだけで、初めて来たような感じになるとは。


「おはよう、大輝」


 囁くようにして、和奏姉さんがそう言ってきた。声がした方に視線を向けると、姉さんが優しい笑顔で俺を見ていた。俺と目が合うと、姉さんはニッコリと笑う。


「おはよう、和奏姉さん」

「おはよう。15分くらい前に起きてね。大輝とフミちゃんの可愛い寝顔を堪能したよ。ひさしぶりに見られて幸せ」


 その言葉が本当であると示すかのように、和奏姉さんは恍惚とした笑顔を見せる。思い返すと、これまでお泊まり会をしたとき、姉さんが先に起きていることが結構あったな。


「そっか。……今って何時だ?」

「今は……7時くらい」

「そうか。じゃあ、まだこうしていていいか。今日はバイトないし」

「そうだね」


 今日も明日もバイトがないので、サクラと一緒にゆっくりとした休日を過ごしたい。

 そんなサクラがどうしているのか見てみると……眠るときと一緒で、サクラは俺の左腕をしっかりと抱きしめており、脚も絡ませている。可愛い寝息を立てながら気持ち良さそうに寝ている。


「ダイちゃん……えへへっ」

「……フミちゃん、気持ち良さそうに寝ているね。一昨日も昨日も同じような寝相で寝ていたわ」

「昔ほどじゃないけど、一緒に寝ている人に絡みつくような寝相は変わらないよな」

「そうね。昔はあたしの胸に顔を埋めることもあったっけ。……フミちゃんはまだぐっすりと眠っているみたいだし、お姉ちゃんと2人で話そうか」


 そういう風に言うってことは、きっと話題はサクラ絡みだろう。


「前に、フミちゃんとは一緒のベッドで寝ているって話していたよね。それって毎日?」

「毎日じゃないけど、付き合い始めてからは一緒に寝ることが多いよ」

「そうなんだ。お風呂の方は?」

「寝ることほどじゃないけど、何度か一緒に入ってる。最初は和奏姉さんが帰省したときに、3人で入るための練習っていう名目だったんだけどな」

「ふふっ、なるほどね。2人とも……ちょっと恥ずかしそうにするときがあったけど、気持ち良くお風呂に入っていたね。きっと、練習の成果があったんだろうね」


 えらいえらい、と和奏姉さんは俺の頭を優しく撫でてくれる。

 もし、サクラとお風呂に入る回数が少なかったら、きっと緊張しっぱなしで、気持ち良さはあまり感じられなかったと思う。


「同棲している恋人らしいことをしているんだね。……どこまで進んだ?」

「えっ、と……キ、キスまでだけど。……って、どうしてそんなことを訊くんだよ。答えちゃったけどさ」

「大切な弟&幼馴染カップルだもん。2人の進展具合は気になるって」

「そういうものなのかね」


 もし、和奏姉さんが誰かと付き合い始めたら……進展具合はともかく、仲良く付き合えているかは気になるかな。


「フミちゃんとはキスまでか。……ただ、お風呂に入っているフミちゃんの姿を見たり、こんなにもくっついて寝ていたりしているし……その先のことはしたいって思うことはあるの?」


 和奏姉さんにそう問いかけられた瞬間、ドクンと心臓が鼓動する。心臓から全身へと熱が広がっていくのが分かる。


「……正直、思うことは何度もある。ただ、俺1人でするじゃなくて、サクラと2人ですることじゃないか。サクラの気持ちもあるだろう? だから、誘う勇気が出ないっていうか……」


 って、赤裸々に語ってしまっているけど、サクラは寝ているよな? サクラの方を見ると、「ダイちゃんとっても美味しい」と寝言を呟きながら、今もぐっすりと寝ている。そのことにほっとする。あと、サクラはどんな夢を見ているんだろう?


「なるほどね、大輝らしい。でも……気持ちを言葉にしないとできないこともあるよ。フミちゃんから言ってくる可能性もゼロではないと思うけど」

「だよな……」

「きっと、フミちゃんだったら大輝の想いに向き合ってくれると思うよ」

「……そうだといいな。ちなみに、どうしてそう思ったんだ?」

「帰省してからの2人の雰囲気を見たら何となく。それに、大輝のことを話すとき、フミちゃんはとっても楽しそうだし」

「……そうか」

「頑張れ、大輝。でも、フミちゃんのことは大切にしなきゃダメだよ」


 優しい声色でそう言うと、和奏姉さんは俺の頭を撫でる。そのことで伝わってくる温もりは昔と変わらず優しくていいなと思うのであった。




 帰る日なのもあって、今日は午前中から俺の部屋で3人一緒に過ごした。現在放送されている3人とも好きなアニメを観たりしながら。

 お昼ご飯は和奏姉さんがチャーハンと中華スープを作ってくれた。高校時代までも料理は上手だったけど、一人暮らしを始めてからさらに料理が上手になったんじゃないだろうか。そう思わせるほどに美味しかった。

 午後になると、和奏姉さんは帰る準備をし始める。そんな姉さんの姿を見ていると、姉さんもそろそろ帰ってしまうんだなと寂しい気持ちに。春休みの帰省よりも1泊多いし、あのときは帰る日に俺はバイトしていた。なので、前回よりも寂しさが強い。サクラも笑顔は見せているものの、普段に比べると明るさは程遠かった。

 午後4時過ぎ。

 和奏姉さんは一人暮らししている千葉の家に帰る。父さんは「体調管理に気をつけて」と言って姉さんの頭を撫で、母さんは「楽しかったよ。いってらっしゃい」と言って姉さんを抱きしめていた。

 俺とサクラは和奏姉さんを四鷹駅の改札口前まで見送ることに。

 駅までは俺が和奏姉さんのバッグを持つ。昨日の買い物で色々と買ったのか、来たときよりも重くなっている。これ……ちゃんと家まで持って帰れるよね?

 和奏姉さんはサクラと手を繋いで、楽しくおしゃべりしている。姉さんが小学生の間はこういう光景を見るのは当たり前だった。でも、今は滅多に見られない光景になって、懐かしいと思うようになってしまった。だから、微笑ましさと同時に寂しさも胸に抱いた。


「あっという間に駅に着いちゃったね」

「そうですね。話していたらあっという間です」


 俺はあまり会話に参加しなかったけど、普段よりも早く四鷹駅に着いた気がする。

 祝日なのもあって、いつもの火曜日に比べると四鷹駅の構内には人が多くいる。平日のときよりも私服姿の人が多いかな。


「はいよ、和奏姉さん」

「ありがとう、大輝。助かったよ」


 俺がバッグを渡すと、和奏姉さんは右肩に掛ける。特に重たそうには見えない。結構重いと思ったんだけど。俺の体力がないだけなのかな。


「大輝とフミちゃんは恋人同士になったし、青葉ちゃんと一紗ちゃん、杏奈ちゃんが泊まりに来てくれたから、今回の帰省は今までで一番楽しかったよ」

「良かったです。私もとても楽しかったです! みんなで一緒に過ごして、昔のお泊まり会気分も味わえましたし。思い出がたくさんできました。ダイちゃんはどうだった?」

「俺も楽しかったよ。サクラと仲直りしてから初めての帰省だったから、懐かしいって思うことも多かった」

「2人がそう言ってくれて良かったよ。……じゃあ、あたしはそろそろ帰ろうかな」

「気をつけて帰ってください、和奏ちゃん」

「気をつけて帰れよ。……ちなみに、次はいつ帰省する予定なんだ?」

「夏休みかな。去年と同じく8月中に数日くらい帰りたいと思ってる。まさか、フミちゃんじゃなくて大輝に予定を訊かれるとはね。そんなにお姉ちゃんのことが恋しいかぁ?」


 ニヤニヤしながら、和奏姉さんは俺の頭を激しめに撫でてくる。恋しいと思っているのは姉さんの方だろうが。この自覚なきブラコンめ。


「姉さんと一緒に暮らしている期間の方が圧倒的に長いからな。寂しくないって言ったら嘘になるよ」

「大輝……」

「……父さんも言っていたけど、体調には気をつけろよ」

「分かったよ。じゃあ、またね」


 和奏姉さんは明るい笑みを浮かべ、俺とサクラの頭をポンポンと叩いて、改札口に向かって歩いていく。


「和奏ちゃん、またね!」

「またね、和奏姉さん」


 サクラと俺が別れの挨拶を言う。

 すると、和奏姉さんはその場で立ち止まり、俺達の方に振り返る。姉さんは爽やかな笑みを浮かべて、


「せっかく一緒に住んでいるんだから、2人でラブラブな時間をたくさん過ごしなさいよ! またね!」


 大きめの声でそう言い、手を振って改札口を通っていった。まったく、最後の最後に何を言ってくれたんだか。こっちを見てくる人もいるから恥ずかしいなぁ。サクラも同じなのか、頬が赤くなっているし。もしかして、今朝の会話があったから、今のように言ったのだろうか。

 和奏姉さんが都心方面のホームに向かうエスカレーターを降りるまで、俺達は見守り続けた。


「和奏ちゃん、行っちゃったね」

「ああ。……俺達も帰るか」

「そうだね」


 サクラは俺の左手を恋人繋ぎで握ってくる。サクラの手の温もりが、和奏姉さんが帰ったことの寂しさを紛らわせてくれる。

 俺達は自宅に向かってゆっくりと歩き始めるのであった。

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