第33話『3人でひさしぶりに-前編-』
『お疲れ様!』
午後4時過ぎ。
バイトが終わり、俺は杏奈と一緒に従業員用の出入口から外に出る。すると、出入口の近くにいたサクラ、一紗、和奏姉さんが声を揃えて労いの言葉をかけてくれたのだ。
「ありがとう。みんなのおかげで今も元気だよ」
「あたしも今日はあまり疲れていないですね。3人が来てくれて嬉しかったです。ありがとうございます!」
「いえいえ。バイトを頑張った大輝と杏奈ちゃんに、3人でチョコクッキーを買ってきました!」
和奏姉さんは持っているトートバッグから小さな紙袋を2つ取り出し、杏奈と俺に渡してくれた。紙袋に描かれている文字を見ると……オリオの中に入っている洋菓子専門店か。
このタイミングでもらったから、3人からバイトのボーナスをもらった気分だ。
「嬉しいな。みんなありがとう」
「ありがとうございますっ! これ、オリオの中にある洋菓子店ですよね! 小さい頃から、お母さんがたまにここのクッキーを買ってくれて。凄く好きなので嬉しいです! 家に帰ったら美味しくいただきますね!」
杏奈は目を輝かせ、チョコクッキーの入った紙袋を見ている。本当に嬉しいんだな。杏奈の反応もあって、サクラ達も嬉しそうな笑顔を見せている。
「帰る前にこんなサプライズがあるなんて。お泊まり会がよりいい思い出になりました!」
「杏奈さんの笑顔を見て、私もよりいい思い出になりそうだわ。……みなさんのおかげで、楽しい2日間になりました。お姉様とも仲良くなれて嬉しいです」
「あたしもです。ありがとうございました」
一紗と杏奈はお礼を言うと、俺達に向かって軽く頭を下げる。
「あたしこそありがとう。2人が泊まりに来てくれたおかげで、とても楽しい帰省になっているよ! また帰省したときには会いたいし、大輝やフミちゃんと一緒にあたしの家に遊びにも来てね」
『はい!』
一紗と杏奈の返事の声が重なったのか、互いの顔を見て笑い合う。
「俺も楽しかった。ありがとう」
「私も楽しかったよ! 杏奈ちゃんや一紗ちゃんの家にも泊まってみたいな」
サクラのその言葉に一紗と杏奈は「いいね!」と好感触。
男の俺はさすがにお泊まりはできないけど、サクラと一緒に一紗の家に一度行ってみたいかな。杏奈の家には行ったことがあるけど、一紗の家はまだ一度もないから。
「それじゃ、私は帰りますね」
「あたしも帰ります。……って、一紗先輩。荷物はどこに?」
「四鷹駅のコインロッカーに入れてあるわ」
「なるほどです。では、駅まで一緒に行きましょうか」
「ええ!」
一紗は杏奈の手を握る。
一紗と杏奈を四鷹駅の南口まで見送った後、俺はサクラと和奏姉さんと一緒に自宅へ帰る。昔のように、3人で手を繋ぎながら。
「さあ、3人で一緒にお風呂に入るよ!」
夕食後。
和奏姉さん発案の「3人での入浴タイム」がいよいよやってきた。姉さんはとてもワクワクした様子だ。サクラも楽しそうな笑顔で。付き合い始めてから何度も俺と一緒に入ったからだろうか。
3人で1階の洗面所に入り服を脱いでいく。一糸纏わぬサクラの姿を昨日見たけど、サクラはまだ恥ずかしそうにしていた。なので、サクラとは背を向けた体勢にする。
「おっ、フミちゃんの胸……一昨日に比べてちょっと大きくなったんじゃない?」
「えっ、本当ですか!」
「大輝にマッサージしてもらったおかげじゃない?」
「そ、そうですかね? あと、バストアップには鶏肉がいいと聞きましたので、昨日の夜ご飯に鶏肉をたくさん食べたんです。それも良かったのかな……」
「なるほどね」
「ひゃあっ。きゅ、急に触らないでください」
「ふふっ、ごめんね。柔らかさは変わらないね」
俺がいるのを忘れているんじゃないかと言いたくなるようなガールズトークを背後でしているな。そのせいで俺は今の時点でドキドキし始めている。
あと、思い返すと……サクラは昨日の晩ご飯のとき、鍋に入っていた鶏肉をたくさん食べていたな。それは胸を大きくするためだったのか。
「……よし、これでOK。俺はもう浴室に入れるけど、2人はどうだ?」
「私もフミちゃんも大丈夫だよ」
「じゃあ、浴室に入りましょうか」
2人の方に振り返ると、サクラはタオルで前を隠しており、和奏姉さんは全く隠さず。
3人で一緒に浴室に入る。こうして3人一緒に入るのは何年ぶりだろう? 少なくとも7、8年くらいは経っているんじゃないだろうか。
「昔とは違って、3人で浴室にいるとちょっと狭く感じるね」
「もう高校生と大学生ですし、ダイちゃんは特に体が大きくなりましたからね。でも、無理っていうほどではないですね」
「そうだな。このまま3人でいても大丈夫そうだ」
「そうだね。……じゃあ、まずは髪を洗おうか。昔みたいに3人で」
「そうですね!」
どうやら、今日の入浴のコンセプトは「昔みたいに」のようだ。
どのような形で洗うのか相談の結果、まずはサクラと和奏姉さんの髪を洗い、その後に俺の髪を洗うことになった。
鏡の方からサクラ、和奏姉さん、俺の順番に並ぶ。和奏姉さんがサクラの髪を、俺が姉さんの髪を洗い始める。昔とは違うシャンプーの匂いだけど、懐かしさは十分に感じられる。
「姉さん、こういう感じで洗っていけばいいか?」
「うん。気持ちいいよ。フミちゃんも今みたいな感じで洗って大丈夫?」
「はい。とても気持ちがいいので、このままお願いします」
「了解。フミちゃん、小さい頃とは違って髪が長くなったから洗い甲斐があるよ」
「ふふっ、洗い甲斐って。初めて聞きますね。ダイちゃんは聞いたことある?」
「洗い甲斐はないかも。年末の大掃除で父さんや母さんが、掃除のし甲斐があるって言ったのは聞いたことあるけど。……和奏姉さんの髪はとても長いから、かなりの洗い甲斐があるな」
「ふふっ、ちゃんと洗ってくれたまえ、我が弟よ」
どうして偉そうに言うんだか。洗ってあげるけど。
ただ、和奏姉さんの髪はとても洗い甲斐があると思う。これほどの長髪を毎日洗って、綺麗に手入れしている姉さんは凄い。姉さんほど長くはないけどサクラも。
昔のように和奏姉さんの髪で何か遊ぼうかな……と思ったけど、長すぎるので逆に思いつかない。せいぜい、とぐろを巻くような感じで。そんなことをしたら、あとで姉さんに何をされるのかが怖いので止めておこう。
「あぁ、大輝に髪を洗ってもらいながら、フミちゃんの髪を洗う日がまた来るなんて。嬉しいし、懐かしいよ。これも2人が仲直りして、恋人になってくれたおかげね」
「ふふっ。浴室でダイちゃんと和奏ちゃんの声が聞こえると、私も懐かしい気分になりますよ。ダイちゃんの声は昔と違って低くなりましたが」
「声変わりし始めたのは……小6か中1くらいだったか。その頃はお泊まり会をまだやっていたけど、3人で風呂には入らなくなっていたもんな」
しかも、中2の春からの3年間はサクラと俺の間にわだかまりがあり、お泊まり会すらしなくなっていた。一緒に風呂に入るなんてことは夢のまた夢の状況で。こうして、昔のような時間を過ごせることを嬉しく思う。
「フミちゃん。シャワーでシャンプーの泡を落とすね」
「お願いします」
「その後に和奏姉さんの方もやるよ」
「うん、お願いね」
そして、サクラ、和奏姉さんの順番で髪についたシャンプーの泡を洗い流す。これも昔のようで懐かしい。
泡を洗い流し終わった後、俺はタオルで和奏姉さんの髪を拭き、ヘアクリップで髪をまとめた。
「こんな感じでいいか、姉さん」
「うん、ありがとね。フミちゃんの髪も終わったから次は大輝の髪の番だね」
「分かった」
俺はサクラと入れ替わるようにして、バスチェアに座る。
小さい頃の記憶があるからか、背後にサクラと和奏姉さんがいると何だか不安になってくる。2人とも、最近はちょっかいを出さないけどさ。
「大輝。昔みたいにちょっかいは出さないから安心して」
「……俺の心が分かるのか」
「身がちょっと縮こまっていたからね」
「そうか。……じゃあ、よろしくお願いします」
「はいはーい」
和奏姉さんは快活に返事をすると、シャワーを使って髪を濡らしていく。お湯が温かくて気持ちがいい。
髪を濡らした後、サクラが俺の髪を洗い始める。
「こんな感じで洗えばいいかな?」
「ああ。気持ちいいよ」
今日はバイトしていたからか、段々と眠くなってくる。
ただ、そんなことを考えていると、頭に違和感のある感触が。鏡を見てみると、和奏姉さんも俺の髪を洗っているのだ。
「小さい頃はフミちゃんと2人で大輝の髪を洗っていたよね」
「そうでしたね」
「それで、2人で大輝の髪で遊んだっけ。筆を作ったよね」
「ええ。この前、ダイちゃんの髪をひさしぶりに洗ったときにそれを思い出して、ダイちゃんの髪で筆を作りましたよ。なかなか綺麗にできたよね」
「ああ」
「そうなんだ。じゃあ、あたしも筆を作ろうっと」
和奏姉さんは楽しげな様子で、泡の付いた俺の髪で筆を作っていく。
筆作りのメインは和奏姉さんだけど、たまにサクラが手を加えて綺麗に成形する。鏡越しにそんな2人を見ていると、本当に小さい頃に戻った気分だ。
「じゃーん! できたよ、大輝」
「……綺麗にできたな」
鏡には、見事に筆の形となった俺の髪が映っていた。
「そう言ってくれて良かった。ひさしぶりに作ったけど、我ながらよくできたと思う。カチンコチンに凍らせてそのままにしたい気分」
「……学校やバイト先で笑いものにされそうだ」
一紗や萩原店長くらいは「それもいいんじゃないか」と言ってくれそうだけど。
「それは言えてるかもね、大輝」
「後ろの人が黒板見えづらくなりそう」
さっそく、サクラと和奏姉さんに笑いものにされてしまった。浴室なので2人の笑い声がよく響く。……ちょっと耳が痛くなってきたのですが。
「そんなことしたら俺の髪がおかしくなる。下手したら、ハゲに向かって一直線かもしれない。早く泡を落としてくれないか」
『はーい』
息の合った2人の返事は小さい子供のような可愛らしさがある。
それからすぐ、シャワーで俺の髪についたシャンプーの泡を洗い流し始める。目を瞑る直前、俺の髪はお湯で筆の形があっさりと崩れていった。




