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サクラブストーリー  作者: 桜庭かなめ
続編-ゴールデンウィーク編-

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126/202

第25話『いってらっしゃい』

 5月3日、日曜日。

 目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。

 壁にかかっている時計を見てみると、今は……午前6時半過ぎか。昨日の夜はゲームやアニメで盛り上がって、日付が変わる頃まで起きていたんだけど、結構早く起きたな。


「まだ寝られるか……」


 小泉さんは女子テニス部の合宿に参加する。午前9時頃に四鷹高校の校門前で集合することになっている。合宿先までは貸切バスで行くらしい。その際、俺達が小泉さんを見送りに行くことになったのだ。

 見送りに行こうと言い出したのは和奏姉さん。姉さんは女子テニス部の顧問の先生から体育を3年間教わっていたとのこと。なので、ひさしぶりに先生に会って挨拶したいらしい。あと、四鷹高校の校舎の外観をすぐ近くで見たいのだとか。

 最初は見送りに行こうか迷ったけど、サクラも見送りに行くと言ったので俺も行くことに。和奏姉さんの命令で、小泉さんの荷物を持たされそうな気がするけど……もしそうなったら素直に持とう。


「あと1時間くらい寝ても大丈夫そうかな」


 5月になったけど、ふとんの温かさがとても気持ち良く感じられる。寝坊しないように気をつけないと。


『1、2、3……』


 部屋の外から女の子の声が聞こえてくる。この声は……小泉さんかな?

 声の主を確かめるために、部屋の扉を開けて外の様子を見る。すると、廊下で腕立て伏せをしている小泉さんの姿が。


「あっ、速水君。おはよう」

「おはよう、小泉さん。どうしたんだ? こんなところで腕立て伏せをして」

「朝の軽い運動だよ。平日は朝練で運動するけど、休日はランニングしたり、自分の部屋で腕立て伏せや腹筋をしたりするのが日課なんだ。文香と和奏先輩が寝ているから、廊下で腕立て伏せをしていたの」

「そうなんだ。偉いな」


 もし、俺に運動の習慣があったとしても、友達の家に泊まるときくらいはサボってしまいそうだ。


「もしよければ、俺の部屋で運動してもいいけど」

「……気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう。文香の許可なく、速水君の部屋に入るのは申し訳ないから。それに、ここでも十分にできるし」

「そうか。……何かごめん」


 俺がそう言うと、小泉さんは微笑みながら首を横に振った。


「気にしないで。……あと、さっきの誘い文句……一紗だったら変な意味で勘違いしそう」

「……しそうな気がする」


 うっとりとした表情になって「大輝君がそう言うなら。……大輝君と一緒に運動したいからベッドがいいかも」とか言って、俺の手を引いて一緒に部屋に入りそう。今晩は一紗と杏奈が泊まるし気をつけないと。


「そういえば、体調はどうだ? 昨日の夜にハヤシライスを3杯食ったからさ」

「そのハヤシライスのおかげで、いつもよりもいい朝を迎えられたよ。昨日の夜の時間も楽しかったし。まだハヤシライスが残っているから、朝食に食べても大丈夫なくらい。合宿も頑張れそう」

「……さすがは小泉さんだ」


 今の言葉をサクラが聞いたら、とても喜びそうだ。ここに泊まったことが今日からの合宿の活力になったらいいな。


「文香って本当に速水君のことが好きで、ここでの同棲を楽しんでいるんだなって分かったよ。お風呂に入っているときや、寝る前に色々と話したんだけど、速水君絡みになると、文香はとても可愛い笑顔になるんだ」

「そうなのか」


 サクラのとても可愛い笑顔はたくさん知っている。どの笑顔でサクラは俺のことを離したんだろう。そんな想像ができるのが楽しくて嬉しい。


「あと、文香ほどじゃないけど、和奏先輩も速水君のことを話すと楽しそうだったな。仲のいいお姉さんなのは確実だと思うけど、ブラコンの域に入っている気がする。明後日……いや、もう明日か。速水君と文香と一緒にお風呂に入るんだって楽しみにしていたし」

「……そうか」


 お風呂に入ったときにでも言ったのだろうか。まあ、俺が小さいならともかく、高校生の弟と一緒に入浴するのが楽しみだって言ったら、ブラコンだと思っても不思議はない。


「ご、ごめんね。お姉さんのことを勝手にブラコン呼ばわりして」

「いいんだよ。俺もブラコンだと思っているから。でもね、不思議なことに本人にその自覚は全くないんだ。小さい頃は俺と一緒にお風呂に入るのが普通だったし、その延長に思っていそうだよ」

「な、なるほどね。……今の話を聞いて、相当なブラコンな気がしてきたよ」


 あははっ、と小泉さんは苦笑い。

 今の小泉さんと同じような言葉を、以前に杏奈から言われた気がする。


「話を戻そうか。1年の頃から、文香はいい笑顔を見せてくれるよ。それでも、速水君のことが好きなんだって言われたときは驚いたなぁ。幼馴染だって知っていたし、普段の速水君を見るときの表情とかで薄々感づいてはいたけどさ。一緒に登校することはあっても、教室とかで話すことはそんなになかったから」

「……3年前のことがあったからな。高校に入学した頃には、登下校したり、軽く会話したりするくらいの関係には戻れてた」

「なるほどね」


 すると、小泉さんは真剣な様子になって俺のことを見つめる。


「文香の親友として言わせて。これからも文香のことを大切にして、幸せにしてよ。恋人になることで強くいられるようになる部分もあれば、より傷つきやすくなる部分もあると思うから」

「ああ。3年前のことが俺にとっていい教訓になってる。サクラを守って、幸せにしていくよ」

「……頼んだよ」


 小泉さんは優しい笑みを浮かべ、俺に握りしめた右手を差し出す。何だか運動部っぽい約束の仕方だ。

 俺も右手を握りしめ、小泉さんの右手にそっと触れるのであった。



 午前8時45分。

 小泉さんは女子テニス部の合宿へ行くために。俺とサクラ、和奏姉さんはそんな小泉さんを見送るために、四鷹高校に向かって出発した。

 朝起きたときの予想通り、和奏姉さんの提案で、俺が小泉さんのボストンバッグを集合場所まで運ぶことに。当初はラケットケースも持つ予定だったけど、小泉さんがどちらも持たせるのは申し訳ないと言い、ラケットケースは小泉さんが持っている。


「徒歩数分なだけあって、出発してすぐに校舎が見えるんだね」

「ああ。今の教室がある第1教室棟は6階まであるからな。3月までサクラが住んでいたマンションのベランダからも見えたよな」

「うん。家が6階にあったからね」

「……そういえば、前に遊びに行ったときにベランダから見たな。近いのは魅力的だよね。電車通学も慣れたし、電車に乗っているのは数分くらいだから、自分の家からでも遠く感じないけど」

「青葉ちゃんの言うこと分かる。近いのはいいよね。あたしの通う大学、実家からも通えなくはない距離だけど、結構な時間電車に乗るからね。高校までは徒歩通学だったから、大学の近くにあるアパートに一人暮らしを始めたんだ。おかげで、寝坊はしても遅刻はしたことないよ!」


 えっへん、と和奏姉さんはなかなか大きな胸を張る。遅刻しないのは偉いことだけど、寝坊はしているのでドヤ顔で言えることじゃないだろう。

 そんなことを話していると、あっという間に四鷹高校の正門が見えてきた。

 女子テニス部の生徒だろうか。正門周辺には小泉さんと同じように、四鷹高校のジャージ姿の女子生徒の姿が。


「あっ、青葉だ! あーおばー!」


 小泉さんに気づいたようで、何人かの女子がこちらに向いて手を振ってきた。それに対して小泉さんも元気よく手を振る。やはり、女子テニス部の部員のようだ。

 正門前に到着すると、近くに駐まっているリムジンバスが見える。ああいうのを見ると、小学校や中学校での遠足とかを思い出す。


「青葉。どうしてそっちから来たの? 駅とは違わない?」

「こちらの3人の家に泊めさせてもらっていたんだ。速水君、バッグを運んでもらってありがとね」

「いえいえ」


 ボストンバッグを小泉さんに手渡すと、小泉さんはリムジンバスへ行きトランクにバッグとラケットケースを入れる。

 ジャージ姿や体操着姿、トレーニングウェア姿の女子はいるけど、俺やサクラ、和奏姉さんみたいに私服姿の人はいない。どうやら、見送りに来たのは俺達だけのようだ。小学生ならともかく、高校生の合宿だからなぁ。私服姿の人間が珍しいのか、チラチラと俺達を見てくる女子テニス部の人が何人もいる。中には俺達を見ながらコソコソと話す生徒も。


「これまで、帰省したときにあの第1教室棟の校舎は見るけど、こうして校門まで来るのは卒業したとき以来だよ。やっぱりいいね~、母校。懐かしいよ」


 和奏姉さんは優しい笑顔になって、四鷹高校の校舎を見ている。

 俺も卒業した中学校の前まで行ったら、今の姉さんのような気持ちになるのだろうか。卒業以来、一度も行っていないし。中学生活の3分の2はサクラと距離があったので、サクラと一緒に中学校の前まで行ったら、色々な想いがこみ上げてきそうだ。


「あっ、佐藤先生だ。挨拶してくるね」


 そう言うと、和奏姉さんは金髪で高身長の女性のところへ向かっていく。校内で何度か姿を見たことがある。あの人が女子テニス部の顧問なのか。

 和奏姉さんが話しかけると、佐藤先生はぱあっと明るい笑顔になり、姉さんと握手を交わしている。授業での関係だったらしいけど、3年連続だからか仲がいいみたいだ。姉さんは体育の成績も良かったし。


「お世話になった先生との再会か。いいね、ダイちゃん」

「そうだな」

「私達にとっては愛実先生がそうなるのかな」

「だろうな」


 愛実先生というのは、俺達が1年生からクラス担任である流川愛実(るかわまなみ)先生のこと。優しい雰囲気の先生だ。地理歴史を教えており、和奏姉さんも在学中は流川先生の授業を受けたことがある。

 小泉さんと一緒に来たこともあって、俺達は小泉さんと仲がいいテニス部員と話したりする。その部員の話だと、小泉さんの影響で俺とサクラのことを知っている部員は多いらしい。だから、俺達を見てくる部員が何人もいたのか。

 俺達がここに来てから10分ほどで、佐藤先生による点呼が行われ、部員は続々とリムジンバスに乗っていく。


「あたしも行きますね。昨日は楽しかったです。文香、ハヤシライス美味しかったよ」

「美味しそうにたくさん食べてくれて嬉しかったよ。合宿頑張ってね。いってらっしゃい」

「うん!」

「頑張ってね、青葉ちゃん。今年も8月中に帰ってくるつもりだから」

「分かりました。そのときはまた会いましょうね」

「小泉さん、いってらっしゃい。ケガには気をつけて」

「ありがとう。いってきます!」


 小泉さんは俺達に手を振ってリムジンバスに乗っていく。

 やがて、校門前にいた生徒全員と佐藤先生がリムジンバスへ。

 そして、発車しようとしたときに、後方の窓から小泉さん達が俺達に手を振ってきた。きっとそうするのは、俺達が小泉さんと一緒にここに来たことや、和奏姉さんが佐藤先生と仲良く話していたからなのだろう。

 俺達が手を振った瞬間に、リムジンバスはゆっくりと走り出す。

 小泉さん。女子テニス部のみなさん。いってらっしゃい。小泉さんには言ったけど、ケガにはどうか気をつけて。

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